その わけ
ヒコイチが前に見たことのある掛け軸とはちがい、その細くながい画のどこにもなんの名も印もみあたらないが、その筆のあとといい、のせられた色といい、きっと名のある画家か版画家の作だろう。
女はすらりとした立ち姿だが、首と腰がなよりとしてなんだかそのかたちが色っぽいが、足もとに金魚のはいった桶があることで、ただの美人画にはなっていない。
眉の薄い切れ長の目なのに、顔の印象は丸く優しい。
髪を緩くゆいあげ、白い首筋が黒い着物のぬいた襟からかたむいてのび、左手には小さな網をもち、右手はその胸元で、そろえた指先を上にして、 ―― こちらをみて微笑んでいる。
――― あ、ん?
ふいに、なんだかこの絵をみたことがあるような感覚にとらわれ、ぞくりとまた、首元が寒くなる。
「 このオフジが金魚が好きなものでねエ、それでわたしも金魚を集めだしたんですわ 」
「ああ・・・」そうか。
すると、ここに描かれた女は亡くなっていて、金魚はその女の思い出のようなものか。
「そりゃあ・・」
ご愁傷さまで、とつづけようとすれば、「この頃では、まだたりないようでねエ」と困ったようにむこうにならぶ瓶をみやった。
―― なんでエ、生きてるのか・・・
きゅうに、生臭いものをみせられたこころもちになる。
ここにくるまでに窓の格子のあいだからのぞいていた目のどれかひとつが、その『オフジ』なのかもしれない。
「・・・その、オフジさんが金魚を見ンのがすきで、旦那が代わりにこんなに集めちまった、ってことなんですかい?」
せっかくここまで来たのだから、そのわけをきいておこうと考えた。