どうやら猫になれた
ちりん、と。軒につるした風鈴が涼しげにたてる音をふりあおぎ、ヒコイチは襟をさらにゆるめて団扇で窓のほうをはらった。
あぐらをかいた膝先にさしこむ夏の陽は、つよく痛い。
陽にあてようと窓にかけおいた布団の影では、黒く毛並みのいい猫が前足をそろえるようにこちらをむいているが、逃げようともしない。
その猫が、口をひらいた。
『 ―― ってなことで、ヒコよお、おめえ、ちょいと見にいかねえか?』
黒猫の口からこぼれたのは、男の年寄の声だった。
「・・・・あのなあ・・おれがなんで、そんなもんを、」
驚きもせず、あきれた声を返すヒコイチは、その黒い猫をにらむ。
この、かわいくもない年寄のだみ声をだす猫は、前は、こんな猫らしい猫ではなかった。
春先にあった《しんじられねえできごと》の中に含まれる一つなのだが、知り合いのじじいが死んで、こともあろうに ―― 成仏せずに、猫の毛皮を着こんだ。
そう、あのときのあれは、あきらかに『着て』いた。
初めて見た猫の目は、ガラスみたいな目玉で、何も見てはいなかった。
おまけに、どうやらじじいは《はいり》きらなかったようで、猫の小さな口からは、本来の死人の口が、土気色してのぞいていたのだ。
――― 思い出しても、きしょくわりィ
それからたびたび、この黒猫が自分の周りをうろついているのはわかっていた。
なにしろ近くにいると、ぞわりと寒気におそわれる。
おまけにあの《できごと》にあってから、ヒコイチの近くではなんだか寒気がするようなできごとが、よく起こる。