7
再び異世界に戻ってきた俺は、目を疑った。
フードを被った男がパチンと指をならすと、闘志をむき出しにしていた相手の様子が変わり、急に怯えはじめた。
頭を抱えてうずくまっているのは、戦士のように強そうな男だった。勇敢そうな見た目とは程遠い姿が鮮烈に目に焼きつく。
「あの少年の戦いをよく見ておくんじゃ」
おっさんがどういう意図でそれを言ったのかはわからないが、言われるまでもなく目が離せなかった。
「怯えかたが普通じゃない。いったいなにが……あいつは、なにか魔法をつかったのか?」
「うむ、あれは、闇魔法で黄泉という技じゃな、古い魔法じゃ」
「闇魔法!? 光魔法と同じ自由魔法ってメラさんが言ってたやつか」
「そうじゃ、あの少年は相手の五感、つまり視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、全てを奪ったんじゃ」
「なっ!? そんなことできるのか?」
「それが闇魔法じゃ。光魔法は人々に幸福と恵みをもたらす。安心、希望、勇気。
そういう意味では与えることに特化した魔法と言えるじゃろ……。しかし、闇魔法は光とは対照的に全てを奪う。与えているとすれば、絶望や恐怖、今あの対戦相手は闇のなかじゃろうな」
自分がされたらと想像して、背筋が凍りついた。見てるだけでも恐怖を感じる。
フードの男ががっかりした様子で話しはじめる。
「なぜ弱いの? 君は魔法士を目指しているんじゃないのか? といっても聴こえないか…… もういいや」
ため息をつき、なにかをぼそぼそと唱えると相手の足元の影が浮かびあがり、首締めて宙に持ち上げる。
「うがっ、あ、……たすけて……」
男の体は浮かび上がり、足をばたつかせている。顔は青ざめ、目からは涙がこぼれている。
「おい! 止めなくていいのかよ? あのままだと死ぬぞ?」
「うむ、そうじゃな…… 」
おっさんも職員もだれも動こうとしない。止めるタイミングを逃しているように見えた。中には恐怖に顔をひきつらせている職員もいる。
「くそっ、なんでだれも助けねぇんだよ……」
気づくと俺は、フードの男を止めようと声が出ていた。
「おい!! やめろよ!」
フードの男が俺に気付き、視線を向けた。本当に光のない青く冷たい目だった。ゼファルドの時とは違った、底知れない恐怖が本能に伝わる。
「やめる? なんで?」
「なんでって、お前、そいつを殺すのか? これはただの対抗戦だろ?」
「そんなこと関係ないよ。弱いやつは遅かれ早かれ死ぬことになる。それが今回だっただけだよ」
影に首をしめられ宙に浮いている男が、体を痙攣させ、泡を吹きはじめている。
「くそっ……」
目をつぶり、拳に光を纏わせる。
フードの男は一瞬目を見開き、光魔法に興味をもつ。
「おお、それが光魔法か。さっき君の光魔法見せてもらったよ。君は僕と同じようにまだまだ強くなるね」
「そんなことどうだっていい。いいからやめろっていってんだよ!」
走りだそうとすると、炎がフードの男にふりかかり首を絞めていた影が消える。
これは……、メラさんの魔法だ……。ほっと胸を撫で下ろす。
フードの男はジロリとメラさんを睨み付ける。
「もう、勝負はついている。殺すことは許さん」
「へぇー。じゃあ、教官が僕と戦ってください」
「なに?」
「それで勝ったら、僕はあなたの言う通りにしますよ」
「貴様………」
メラさんがみるみる炎に包まれていく。本気で怒っている。
フードの男の足元が黒くそまっていく。
「そこまでじゃ………」
強い光が影と炎を消した。
「おじいさま……」
「メラ、お主は教官じゃろ。生徒相手にむきになってどうする」
「も、申し訳ありません」
メラさんはばつが悪そうに顔を背ける。
「お主もじゃ、じゃがお主はなかなかの素材じゃな。確かにこの先もっと強くなるじゃろ。じゃが、今のままじゃいつか限界がくる」
「限界? 」
「そうじゃ。魔法は本来、弱き者を救うためにある。今のお主のように魔法を使っていると、いずれ魔法はお主を飲み込み、いうことをきかなくなるぞ」
「僕は救っているんだよ。弱いまま生きていたって悲惨な運命をたどるだけだ。だから僕がここで終わらせてあげるんだよ」
「お主がそう考えるのは、ハーラルの事があるからではないか?」
ハーラルと聞いたとたん、フードの男の顔つきがかわった。
「おい、それ以上そいつの話をするな……」
再びフードの男の足元が黒く染まっていく。今にも攻撃をしかけてきそうだ。
「あやつは、強く、今のお主のように弱くなかったぞ……」
「僕が…… 弱い?」
「そうじゃ…… 今のお主はハーラルどころか、ワシの隣にいるこやつにも及ばんぞ」
嫌な矛先が自分に向くのがわかる。
へぇー、とフードの男の視線が俺に向いた。
「おっさん? その隣って俺しかいないんだけど?」
「お主以外にだれがおる?」
「………」
蛇に睨まれたカエルとはまさに今の俺のことだろう。フードの男に睨まれ、体が動かない。
「そうか…… やっぱりきみ強いんだね……」
足元の黒い影は渦をまいて、竜巻のようになっている。
「ちょ、ちょっとまてよ」
攻撃を覚悟したが、意外にも黒い竜巻はすぐに消えた。
「まぁ、いいや。君のことは僕も興味あるし、対戦は楽しみにとっておくよ」
フードの男はふっと鼻で笑い、元の位置に戻っていった。
「た、助かった………」
おっさんは、何事もなかったかのように口笛をふいている。
俺はとぼけているおっさんに「あとで、話がある」とだけ告げた。
「次は誰だ! 早く前に出ろ」
メラさんは苛立った様子で、生徒を睨み付けた。フードの男にたいする威嚇も少なからず感じられる。
「わ、わたし、いきます!」と声がした。見ると、恐竜のぬいぐるみがふわふわと女の子の背中を見守っていた。
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