記憶喪失
「当たり所が悪かったのじゃ。 仮に心臓であれば問題なかったじゃろうが、記憶を司る部分が破壊されたことで、一時的に記憶喪失になっとるの」
『なるほど……』
主人公とアランで戦争を終わらせ、王都まで戻ってきた一行は、ジャックの診察結果をニコルから聞いていた。
「それって回復魔法でなんとかなったりしないのか?」
目の前で助けられなかった負い目があるのか、顔色が悪いヴェントがそう聞くが…
「無理じゃの。 回復魔法はあくまで術者の理解の及ぶ範囲を回復する魔法じゃ。 記憶なんてものは本人の主観のみで構成されているもので、他人が回復できるものではない」
きっぱりと無理だと言い切られた。 それでも記憶を戻す方法自体は無くはないようで…
「記憶を取り戻す手段は主に二通りじゃ。 このまま記憶が戻るのをゆっくり待つ。 もしくは、これまでの記憶の追体験じゃの。 どちらも記憶が戻ってくる保証はないが、可能性の話だと後者の方が高いの」
「わたしがつれていくよ」
他が何かを言う前に、医務室からサンが出てきた。
「ジャックの様子は…?」
「がくえんのしょとうぶにはいってからのきおくがないって」
詳しく聞くと、魔法学園の初等部の試験に合格し、これから楽しみにしていたころの記憶で止まっているらしい。 母親と学園のこれからについて話しているのが最後の記憶らしい。
「連れてゆくのは良いが、戦争も終わることでおそらく学園も始まるのじゃが? それに金銭的な問題もあるじゃろ」
「うぐっ」
「……と言いたいところじゃが、ツクル。 お主がついて行ってやれ。 多少はツクルのせいでもあるし、ついでにやれることもあるじゃろ?」
一瞬だけ目線を交差させ、主人公はニコルの言いたいことが理解できた。
「まあいいだろ。 保護者的な立場も必要だろうしな」
≪ついでに各地にダンジョンを設置してこいということでしょうね≫
「俺も一緒について行っていいか?」
念のためサンに確認を取るが、サンの方も自分一人では無理と察したらしく、コクリと頷いた。
「それじゃあヴェントでいいか。 俺の代わりに式典の参加を頼んだぞ!! はいこれ。 この装備全部お前にやるからよろしくな」
これからやるであろう式典はヴェントに任せ、主人公はサンと共にジャックがいる医務室へと入っていった。
「…………え?」
「良かったじゃん。 羨ましいな~その装備」
「頑張ってね!!」
「ん。」
「え゛?」
仲間からも見捨てられたヴェントであった。 その後も死んだ目で式典に出ることになった不運なヴェントは、隣にいたアランや、感謝状を渡すラインからも可哀そうなものを見る目で見つめられるのであった。
「失礼するよジャック君」
医務室へと入った主人公は、意外と冷静なジャックに驚くこととなった。
「今の自分の状態が分かるのか?」
「記憶喪失?っていうみたいだね。 実感は湧かないけどね」
ベッドに寝転んでいたジャックは起き上がり、主人公の方を向くと……
「え!? お父さん!?」
「は? お父さん?」
「せんせいおとうさん!?」
お父さん!? 医務室には困惑する空気が流れていた。
「……ごめんなさい人違い。 お父さんの髪の色は金髪だった」
「……び、びっくりした。 つくるせんせいがおとうさんなわけないよね」
「いや、びっくりしたはこっちのセリフなんだが?」
そんなこんなで時間がかかりながらも、本題へと入っていった。
「………それでだ。 君の記憶が戻るように、君自身の昔の行動を追体験するってことに落ち着いたんだが…」
「なるほど、それで眠っている記憶を刺激するんだね」
「そうだなって……サン? なんかこいつ頭良くね? 実は記憶無くしてないとかある?」
「……そんなことはないとおもうけど」
「何をコソコソ話してるの?」
「「い、いや なんでもないよ!!」」
部屋の隅でコソコソ話していたら咎められた。 伊達に初等部に合格していないということだろうか。 子供ジャック君の頭は良いと、メモメモ。
話も付き、それじゃあ早速出発しようかという話になってから、ジャックから一つだけやりたいことがあると言われ、病院の隣にあった公園まで3人で出てきた。
「それで? 何がやりたいんだ?」
「その前に一つだけ聞くね? 記憶をなくす前の僕って魔法の放出苦手じゃなかった?」
「そうだな。 その代わりに自分及び相手の魔法を纏うってことを教えたんだが、それがどうかしたか?」
それを聞いて子供ジャックは納得したような顔をして言った。
「てことはそうだね。 一度死にかけたからかな? お父さんが僕にかけた枷、というか呪いが外れた理由は」
「「ひょえっ」」
子供ジャックが人差し指を天に向け、スッと下に降ろすと、近くにあった木に落雷が落ちた。 雲すらない快晴の天気から。
「まあ一応確認はできたし、記憶を戻す旅だっけ? 行こうか」
「お、おう」
「い、いこうね」
子供のような無邪気な笑顔が、その時だけは魔王の微笑みの様に見えた2人だった。




