意思のない死兵
王国と帝国は戦争をしていた。 これは事実だろうが、実感をしていた兵は少なかったと思われる。 相手の兵士は催眠にかかっていて、見知らぬ兵器でゴリ押ししかできない。 対策さえできれば怖い物ではなく、対応が後手後手に回っていても確実に勝利を積み重ねていた。 もう負けることなんて無いと思っていたのだろう……
だからこそ……突然起こった想定外は王国軍を恐怖のどん底に陥れた。
「おいおい、また帝国軍が突っ込んでくるぜ。 向こうのトップはアホなんだろうな」
「ははははは、言ってやんなよ!! もう後には引けないんだろうぜ!!」
帝国軍を甘く見ていた兵士たちは気づかなかった。 今回はいつもの兵器が見えないことに、隊列を組んでくるはずの帝国軍がバラバラに突撃してきていることに。
「ほれほれ避けてみろよ 【ファイアボール】 よっしゃクリーンヒットォ!! ははは、いつもより弱くなってんじゃ……ね……おい!! なんで止まんねぇんだよ!! やめろ!! ごべっ………」
数秒前まで余裕の様子を見せていた男は、人間が出せないほどの速度で近づかれ、首を捻じ切られた。
「え…? あ……なんで?……骨まで見えてる状態なんだぞ!? 体が壊れ始めてるだろ!?痛みが無いのかよ!! たっ、助けっ………」
よく聞くだろう。 人間の脳は肉体を操る時に無意識にリミッターをかけていると。 仮にすべてのリミッターを外してしまうと肉体の方がもたないと。 しかし催眠にかかった状態で暴走した兵士たちには関係ないのだろう。 自分の死すらも関係なく相手を殺しつくすまで止まらない、文字通りの“死兵“を作り出す魔法は、これより本領を発揮する。 催眠の魔法が禁忌の一つと呼ばれるようになるほどに。
「ライン様……悪い予想が当たりましたね」
執務室で報告を聞いたラインは倒れるようにして座っている椅子に背をあずけた。
「あいつらが失敗した…いや…想定外の方だろうな。 おそらく帝国軍に催眠をかけた張本人は死んでいるだろう」
「どうしてそう思うんです?」
「実際に戦場を見ていないからあくまで想像だが、アランさん達のような英雄以外でこんなことがしたいなら命と引き換えぐらいじゃなければ割に合わん」
「なるほど……。」
「はぁぁーーー、やっぱキツイな…人の命を扱う立場ってのは」
今は親バカな国王も昔はこんな気持ちだったのだろうかと考えながら、手で顔を覆ったラインだった。
「前回以上に警戒しろ!! 戦車とやらがない代わりに、一人一人の力が上昇している!! 最悪の場合でも死なないように耐久しろ!! この戦場にはアランさんが来るからな!!」
占領なんてことはしない代わりに、見つけた人間に襲い掛かってくる帝国の兵士たちの進軍速度は恐ろしいもので、早くも最前線からは離れていたジャック達、学園の生徒がいる戦場にも帝国軍が現れた。
「こっわ。 ここからでも物理的に目が血走ってるのが分かるんだけど」
「まあなんとかなるでしょ。 アランさんも来るらしいし」
「お前らなぁ…そんな甘く見てると死ぬぞ? ツクル先生に嫌ほど思い知らされただろ? 慢心してる時が一番弱くなるって」
「あはははは、なぁに言ってんだお前!! こんな勝ち目しかない戦いに負けるなんてあるわけがないだろ!! あっはっは!! ……それじゃあ俺は後ろで見てるから。」
「「「おいおいおいおい!!」」」
戦場でも楽しそうな生徒たちだった。
「さてさて、それでは全員!! ご武運を!!」
『ご武運を!!』
生徒会長の号令と共に生徒たちも気を入れなおし、同時に前の方から戦闘が始まった。
ドガッ ボフッ ドゴッ ドシュゥン バギッ
銃声や爆発音が飛び交っていた前の戦場とは大違いに、異世界っぽい戦争が行われていた。 王国の陣営からは魔法が飛び、帝国はそれすらもものともせずに接近してくる。 近づかれてからは魔法部隊を下げつつ、出来るだけ時間を稼ぐように戦闘を行っていた。
「おっしゃアランさん来たぞぉぉぉぉ!!」
「疲れてるやつは優先的に下がってろぉぉぉぉ!! 勝てる戦場で死ぬんじゃねぇぞお前らぁ!!」
とめどなく現れる帝国軍に流石に疲れてきたのか、負傷者が増えてきた所に、王都から全力の移動で到着したアランが戦場に復帰した。
「道空けろぉぉぉぉ!! 巻き込まれるぞぉぉぉぉ!!!!」
その言葉によって空いた一つの道を駆け抜け、本気の青白い装備を纏ったアランはハンマーを振り下ろした。
「ぬおぉぉぉぉらぁぁぁぁ!!!!」
ドッガァァァァァァン!!!! ゴゴゴゴゴゴゴ.........
地面に振り下ろされたハンマーは、帝国軍のいる方に振動波を伝播させ、半数以上を戦闘不能にさせた。
「『………。』……嘘ォ」
今までは催眠にかかっている敵を出来るだけ殺さないように立ち回っていたアランが本気になったのだ。 その本気は、一発の攻撃で戦場が静まり返るほどであった。




