暴走
≪ミウさんの嫌な予感とはこれでしたか≫
「………(連れてこなくて正解だったな)」
主人公がポカンと呆けた目で美羽の母親こと巡美を見ている間に、隣で動き出す人物がいた。
「貴様ァ!! お父様を催眠にかけ、戦争を強制させたくせに自分はのうのうとしているなんてっ!! 恥を知れっ!!!!」
黒タイツが止める間もなく殴りかかったラファエルの拳は惜しくも目の前で守衛に止められ、その場に押さえつけられた。
「【お父様? ……あぁ、あなた生きていたの? せっかく前線に送ってあげたのに】」
「ぐっ…クソッ!!」
目の前まで迫られたのにも関わらず悠々としている様子から、仮に拳が当たったとしても問題が無いように対策はしているのだなと予想できた。
「【はぁ、それにこんな子を連れてくるなんて…ロクイツタ商会だったかしら? ふざけたものね。 とはいえ取り扱っている物が良いのよね…。 そうね、あなたの商会貰ってあげましょうか】」
その言葉と共に纏っていた雰囲気が怪しさを増し、主人公たちはまるで霧の中にでも居るかのような錯覚に陥った。 おそらく常に発動していた催眠の効力を強めたのだろうが、まさかここまで影響が出るなんてと驚く主人公とニコルがいた。
「うぐぁ……あ、頭が……」
その効果は絶大で、主人公たちには効果を発揮してはいないものの、対催眠の魔道具を持っていたはずの黒タイツは頭を押さえて地面に倒れこむ。
「ニコル」
「分かっておるのじゃ。 【ヒール】【レジスト】」
「……た、助かりました」
流石に連れてきてくれた人物をみすみす催眠にかけされられるわけにもいかないので、ニコルが直ぐに解除するが、それは巡美に危機感を抱かせるものだった。
「【な!? 私の催眠が解除された!? どういうことよ神様!! 私の催眠は一度かけたら解けないんじゃなかったの!?】」
想定外の事態に後ずさる巡美の横に、なんの前触れもなく一つの影が現れる。
「バカだなぁ君は。 当たり前じゃないか? どんなに催眠の能力が強くても地力が違ったら解除されるに決まってるじゃないか」
誰にも知覚されずに現れたその影に警戒心を抱いたのか、主人公はその場から動くことが出来なかった。 動いておけばよかったと後悔することになるのは未来の話で、この時の主人公は知る由もなかった。
「【何言ってんのよ!! それなら最初からもっと強い力をよこしなさいよ!! 解除されるのが分かってるなら催眠なんていらなかったわよ!!】」
そんな巡美のヒステリックな態度にも、影は冷静に答える。
「そんなに強い力が欲しいのかい?」
「【は? 当たり前じゃない!!】」
「しょうがないなぁ」
その影から伸びた手は巡美の頭に添えられ、触れた部分が光ったかと思うと、巡美の様子が変化した。
「【……あはは、ははは、ははははははは!!!! これよこれ!! 最初からこの力を渡しなさいよ!! このなんでも出来そうな全能感!! 今の私な゛ら゛ナンでモ゛て゛キ゛……ア゛レ゛?】」
「ククッ、やっぱりバカだねぇ君。 過ぎたる力は身を滅ぼすってね」
「【ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛】」
辛うじて人の形は保ってはいるものの、ほとんど原型を留めていないその姿におぞましさを感じたのか、復讐をしようとしていたラファエルすらも目を背ける。
それと同時に、催眠をかけられた人たちにも変化が及んでいた。
「ぐぁっ!? 力が増してっ!? か…かはっ…」
まずはラファエルを取り押さえていた守衛からだった。 今までは目の変化以外に外見上は変わったところはなかったが、力が暴走しだしたのからなのか全身の筋肉が張り、血管も浮き出て、全身からボコボコと嫌な音が鳴り出した。
「…まずいのじゃ!! ツクル!!」
「分かってるよっ!!」
守衛の傍まで急接近した主人公は、ニコルの方に向かって二人を器用に投げ飛ばす。
「【治れ!!!!】」
ニコルの力を込めたその言葉と共に、守衛の肉体の暴走は止まり、全身から闇のようなものがブシュゥゥゥゥと音を立てて出てきた。 ラファエルの方も気絶しただけで、命に別状はなさそうだった。
「すまないが巡美さん!! そういう運命だったと思って諦めてくれ!!」
ザンッッッ!!!!
それと同時に巡美に近付いた主人公が、巡美の首と胴体を切り離した。 首と胴体が離れ、死んだ扱いにでもなったからか、巡美だったものの肉体は崩壊を始め、塵となって消えていった。
「あらら、死んじゃったか。 まあ悪役なんてそんなものだよね~」
「おまっ、お前のせいだろうが!!」
影のあまりの態度に主人公を怒るが、そんなこと気にも留めていないようで…
「いやいや、殺したのは君だよね? というか急がなくていいの? 君が殺すの遅かったから、危ないんじゃない? 戦場にいるお仲間さん達」
その言葉を聞き、嘘だと言って欲しかったのかニコルの方を見ると、ニコルはその首をコクリと頷かせた。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
テレポートという考えすら浮かばなかったのか、主人公は城の壁を破壊しながら戦場まで走っていった。
「そういえば君は行かなくていいのかい?」
主人公が去っていった後、その場に残ったニコルに向かって影は問いかける。
「その前にやることがあるのでな」
「ん~? 何をやるっていうんだ…い……ゴポッ な゛…ん゛て゛ ガハッ」
影に向かって放たれたニコルの貫手は、実体をもっていないかのように思えた影の心臓を貫いた。
「神だから死なぬとでも思ったかの? すまぬが、お主を残すとツクルに悪影響しか出ぬのでな」
巡美と同様に塵となって消えるまで、主人公たちが見たことも無いような冷たい目で影を見下ろし続けるニコルがいた。




