Thirty Step
楽しんでください!
「いいから殺れ。」
私は黙って拳銃を受け取った。これで三十人目だろうか。家に帰り、壁を見る。三十人目だ。
深い眠りにつくのには、コツがある。まず最初に、深く眠るという決意をする。そして、目を瞑る。これでたいていは深く眠れる。十一月二十二日の少し肌寒い夜。
牛乳をこぼしてしまった子供が、ひどく叱られる。どうやら母親はいないらしい。出かけているのだろう。
「なぜ毎日毎日牛乳をこぼすんだ。いつもいっているだろ?飲むときは口を運ぶんじゃなくて、コップを持ち上げるんだ。」
子供は不思議そうな顔で、父親の顔を見る。決行日は一週間後だ。時間は九時三十分。
父親が何の仕事をしているのか知らされていないが、この際そんなことは、どうでもいい。あいつを殺して報酬をもらいさっさとこの街を出る。
私に家族はいない。母親は、私を生んだ時に天国に行った。親父は、アル中で施設入りだ。親戚の家で生きてきた。今はもう、立派に大きくなって、一人暮らしをしている。
仕事については、一人につき、約二万ドルもらえる。それをもう二十九人やってきた。単純計算でも五十八万ドルだ。今回は例外で三十万ドルもらえることになっている。使う場所もなく三分の二以上は貯金しているため、そこそこの金は持っている。今回、三十人目をもって契約終了となる。一番印象に残っているのは七人目の彼だ。彼は確か精肉店で働いていた。彼は死ぬ直前にこう言った。
「私が死んだら私の肉を捌いて売り場に並べてほしい。」と。どうやら家庭が貧しいらしく、少しでもお金が必要だったらしい。しかし捌き方を教えてもらえなかったため、そのままにしておいた。
月曜日。朝から急激に冷え込んだ。毛布だけでやり過ごそうとしていたが、耐えきれなくなり羽毛布団を押し入れから引っ張り出してきた。熱々のコーヒーを飲みながら考える。報酬は何に使おうか。三十万ドル。こんな大金、手にすることなど無いだろう。とりあえず欲しいものを書き出してみた。
・バスケットボールとゴール
・新しい携帯
・カメラ
書いていて思ったのは、三十万ドルあれば何でも買えるということだけだった。だからと言って何か高い買い物をするつもりもなかった。大金を使って怪しまれたくないし、そもそもそこまで物欲がなかった。生活賃にでもまわすか。十八で一人暮らしを始めた。つまりその時から今の仕事をしている。私の話をするのはこれくらいにしよう。それよりターゲットの話だ。ターゲットはゲイリー・ローマン。三十四歳。血液型はA型。一人の息子と妻がいる。もちろんターゲットの観察をするのは掟だ。しっかり観察して予定通りに実行する。しくじったら私の人生は終わりだ。今までだって、失敗したことなどない。今回だってうまくやって見せる。
火曜日。今日も寒い。十一月ももう終盤だ。そろそろ雪が降ってもおかしくない気温になってきた。今日もローマン一家を観察する。今日はどうやら牛乳をこぼさなかったらしい。父親と母親は嬉しそうに見ていた。今日は偵察を切り上げ、家に帰った。しばらくゆっくり過ごしていなかったから、映画でも観ることにした。これがまた、たまらなく面白いのだ。映画みたいな人生を送れたらどんなに素敵だろう。そう思った。
四本目を見たところで日が暮れた。レコードに手を伸ばし、お気に入りの曲を流す。酒を飲むのは任務が終わってからと決めている。食事を済ませ、一時間風呂に入る。
「過去の自分が今の自分を設計している。つまり今の自分が未来の自分を設計していく。」
この言葉は母親が残した言葉だという。父親から送られてきた手紙に書いてあった。まるで今の私の生活を覗かれているような気持になった。しかし、この任務を断れば私に未来はなかった。
水曜日。今日、ローマン一家は朝からお出かけのようだ。釣り竿を持っている。どうやら釣りに行くらしい。私も今日は人に会う予定がある。古くからの友人だ。
薄めのコートを羽織った。
「久しぶりだな、ロバート。もう何年ぶりだろうか。」私は肩にさげた鞄を下ろしながら言った。
「四年ぶりだ。引っ越してから全然会わなくなったからな。」
「へぇもうそんなに経つのか。最近は順調なのか?」
彼は俳優をやっている。ハリウッド映画にも出演したほどの実力を持っている。
「あぁ、順調だとも。今度ドラマが決まったんだ。ターナーは最近どんな仕事してるんだ?」
「最近は依頼があったら動く系の仕事をしてる。」
「まるほど、探偵とかか?」
「まぁそんなところさ。」
具体的に言うことは、できなかった。殺し屋をしている。心の中でそうつぶやいた。
「けっこう給料もらえるのか?」
「だいたい一件で二万ドルくらいだ。多いときはもう少しあったりも。」
「いい仕事見つけたんだな。学生の頃はみんな心配してたよ。」
少し昔の話をする。
成績はまるでよくない。授業もさぼってばかりのだめな学生だった。友達はロバートだけだった。おまけに彼女すらもいない。しかし、周りと決定的に違ったのは頭の回転の良さだ。だからロバートは探偵だと思ったのだろう。進路を決める時期になった。私は進路希望調査を白紙で提出した。やりたいことがなかったからだ。そしてそのまま、進学も就職もせずに卒業した。することもなく毎日家で映画を観たり、インターネットを見る生活をしていた。
ある日、こんなことを検索した。「探偵 給料」 けっこうお金がもらえることが分かった。私はやってみようと応募した。
テストをすべて終わらせた後、実際の仕事内容を聞かされた。探偵というのは表の顔で、本当の仕事は殺し屋だった。しかし報酬がよかったから引き受けることにした。三十人目でやめるという契約付で雇ってもらうことになった。
そして今に至るというわけだ。この三十人目をもって私は、晴れて卒業だ。
木曜日。今日は友人の葬式に行く。昨日の夜、何者かに殺されたようだ。ピストルで撃たれた痕跡があったらしい。学生時代に好きだった女の子だ。仲良くなるところまでは進んだのだが、結局想いを伝えることができないままだった。
その葬式にはロバートも来ていた。
「来てたのか。ほんとに気の毒だよ…。お前が彼女のことを好きなのは知ってたから。」
「知ってたのか。結局気持ち伝えられないまま死んじまったよ。実はお前も彼女のこと好きだったんだろ?俺には言わなかったけど。」
「なんだ、バレてたのか笑でも多分ロバートの方がお似合いだと思って何も言わなかった。彼女、すごくいい人だった。」
「俺、実はさ彼女と一回だけデートしたことがあってさ。彼女、お前の話ししてたよ。将来会うときは一番、立派な人になってるはずだってね。」
「そっか、彼女そんなことを。立派になれなかったよ。」
そう。人に胸張って言える仕事じゃない。
金曜日、ローマン一家は今日もお出かけらしい。が、しかし、ゲイリーだけは家に残るらしい。私は家で何をするのか気になり、こっそり窓からのぞいていた。一台の赤い車が来た。どうやら愛人の車らしい。部屋ではゲイリーと愛人がイチャついていた。見ていて見苦しいくらいだ。今日はこの辺で帰ろうとした時だ。奥さんと息子が帰ってきたのだ。私は急いで窓をたたいた。
「あんた誰だ。」
ゲイリーは眉間にしわを寄せた。
「急げ。息子と奥さんが帰ってきたぞ。」
ゲイリーは慌てて彼女を自分の部屋に連れて行った。私は、ターゲットと接触してしまったため、ボスに報告しなければいけない。路地裏にある薄汚れたバーのオーナーに言う。
「コード103だ。」
オーナーは黙ってうなずく。コード103とはターゲットと接触してしまったときにボスに知らせる暗号のようなものだ。オーナーは、奥の部屋から戻ってくると小さな紙を渡してきた。
計画通り、殺れ。
そう書いてあった。その場で紙を燃やし私は家に帰った。
土曜日。前日だ。接触してしまったときは、中止にするのが決まりだったが今回はなぜか実行するらしい。弾は二発。
私は前日になると必ず部屋の掃除をする。これと言って理由はないのだがなんだか心まで綺麗になるんじゃないかと期待している。掃除をするときにかける音楽は毎回決まってクイーンと決めている。大好きなロックバンドだ。
一通り掃除し終わって一息ついていたころ、面白いものが目に入った。学生時代に書いていた詩だ。
道端に捨てられた空き缶が鳴く。その空き缶に向かって猫が威嚇する。空き缶は怯えてどこかへ転がっていく。猫は、誇らしげに塀の上へ登り、歩いていく。はたして猫は空き缶が鳴いた理由を知っていたのだろうか。
今なら空き缶が鳴いていた理由がわかる気がした。
日曜日。八時に起床する。オレンジジュースを飲む。拳銃を持ち、家を出る。ローマンの家に着くと私はインターホンを押した。
「どちら様?」
奥さんが出てくる。私はうまくだまして中に入る作戦を考えた。
「すいません。ゲイリーの友達なんだ。彼を呼んでくれないかな?すぐ済むと伝えてくれ。」
奥さんは部屋にゲイリーを呼びに行った。
「お前はこの前の!今度は何の用だ。」
「この前は覗いたりして申し訳なかった。」私はそう伝えて拳銃を取り出した。朝の街に銃声が広がる。 胸を押さえて苦しむ。任務完了だ。
「悪く思わないでくれ。ボスの指示なんだ。こうしないと自分が殺されることになるんだ。」
男はニヤリと笑った。
私は深く眠る決意をした。
十一月二十二日。
「今回のターゲットはマルティネス・ターナー。二十二歳だ。」
「で、そいつは何をしてる人なんです?」
「君と同じく殺し屋だ。そしてつい先ほどターナーに君をターゲットとして伝えたところだ。」
「と、言いますと?」
「ターナーは今回で卒業なんだ。だがしかし、殺し屋に卒業なんて言葉はない。一度この道に入ったものは死ぬまで殺し続ける。だから君を殺しに来たところを君が殺してほしい。ということで今回の依頼人は私だ。」
「ボスの依頼ということなら任せてください。」
「それともう一つ。ターナーは君の行動を観察しに来る。だからくれぐれも君の正体がばれないようにしてくれ。頼んだぞ、ゲイリー。」
拳銃を受け取り家に帰る。部屋を片付けなければ。普通の人の家みたいにね。それから妻と息子を用意しよう。一人の友人に電話をした。
「やぁ、メアリー。ちょっとバイトしないか?」
「あーごめんね、最近忙しくて…」
「十万ドルだ。」
「やる。で、どんな仕事?」
「俺の妻役の仕事だ。一週間うちですごして俺の妻のふりをしてほしい。」
「十万ドルには代えがたいわね。了解。」
「よし、じゃあ今すぐうちに来てくれ。」
「息子も一緒でいい?」
「いいとも。」
次の日、今日は月曜日か。普通の家族…まずは子供と食事だ。牛乳を飲ませると、こぼしてしまう。
「なぜ毎日毎日牛乳をこぼすんだ。いつもいっているだろ?飲むときは口を運ぶんじゃなくて、コップを持ち上げるんだ。」
本当の父親のように叱ってみたが、子供はまん丸の目で俺を見てきた。それも無理はない。初対面のじじいに叱られるのだから。それにしても、あれで隠れているつもりなのか。窓の外にいるのがバレバレだ。メアリーはまだ起きないのか?
月曜日、今日はどうやらターナーは来ないらしい。しかしいつどこから見られているかわからないから、油断はできない。抜かりなく、家族を演じる。
火曜日。今日は何とオースティンが牛乳をこぼさずに飲んだのだ。
「よくやったぞ!オースティン。えらいじゃないか。」メアリーも嬉しそうに見ていた。知らないじじいに叱られたのが相当効いたらしい。今日はみんなで映画でも観るか。何を観ようか。
水曜日。今日はオースティンと約束していた、釣りに行く。
「じゃあ頼んだぞ、メアリー。」
メアリーに任せて、俺はボスのところに行った。
「金曜日に奴と接触してほしい。奴は少し、君のことを疑っている。どんな手を使ってもいいが、奴を狙っているということだけは、ふせてほしい。」
「分かりました。」
帰りがけにターナーを見かけた。どうやら誰かと話しているらしい。よく見てみると、ロバート・キャンベルだ。大好きな俳優だ。近づけないのが悔しくて仕方ない。ちょっとワクワクしながら家に帰った。
木曜日。今日は昔一緒に働いていた部下の葬式に行く。彼女はものすごく頑張り屋で、一度も嫌な顔をしたことは無かった。どうやら殺されたようだ。聞かされた話によると、銃弾で撃ち抜かれた跡があったとか。ふと横を見るとターナーがいた。俺は慌てて隠れた。気づかれたか?いや、大丈夫なはずだ。ここでバレてしまっては元も子もない。
金曜日。いよいよ今日は彼との接触を図る。本当にただの一般人だということを証明出来る何かがあればいいのだが。そうだ。愛人でもいれば普通の人間らしいか?俺はリサに電話をした。
「少し雇われてくれないか?十分でいい。百ドル払う。」
「いいわ。やる。何をすればいいの?」
「俺と少しだけイチャイチャして欲しい。これはそういう、なんて言うか。下心がある訳では無い。ただのバイトだと思ってくれ。」
「わかった。いつ?」
「今からだ。二十分後に来てくれ。」
俺はメアリーを起こした。
「急だけど今からちょっとだけ出かけてくれないか?オースティンも連れて。十分で戻ってきてくれ。」
メアリーは黙って頷いた。
俺はこの作戦が上手くいくかどうか、確信は持てなかった。そもそも声をかけてくるだろうか。普通の人ならほっとくだろう。しかし、ボスからの話によればターナーは相当のお人好しらしい。それにまだ若い。
ちょうどそこへターナーが来た。また窓から覗いている。メアリーとオースティンは準備を済ませ、車に乗り込んだ。俺は見送りをして家に入った。そこへ赤い車が来る。リサだ。時間通り。ターナーは相変わらず窓から覗いている。
「イチャつくって何するのよ。」
小声でリサが聞いた。
「いいから黙って任せろ。」
俺も小声で言い返した。俺はリサと十分ほどイチャイチャした。ターナーは呆れ顔で回れ右をした。そしてまた回れ右をした。かかった!心の中でそう叫んだ。それからターナーは窓を叩いてきた。
「あんた誰だ。」
「急げ。息子と奥さんが帰ってきたぞ。」
俺は慌ててリサを自分の部屋へ連れていった。自分の部屋から帰るとターナーはいなかった。作戦成功だ。
「ボス。成功です。奴と接触しました。」
「先程コード103を貰ったよ。奴は完全に君をただの一般人だと確信している。よくやった。」
土曜日。いよいよ前日だ。弾は一発。外せば俺の人生は終わりだ。失敗なんて言葉はもう縁がない言葉だ。そもそもこちら側が有利なのだ。俺はターナーが殺しにくるのを知った上で奇襲する。なんて簡単なことだろうか。
日曜日。朝早くターナーは尋ねてきた。インターホンを鳴らしたが俺は出ない。まずメアリーに出てもらう。どうやら俺の友達だとか嘘をこいてるらしい。予めメアリーにはやつを通せと言ってある。
「来たわよ。」
俺は頷き背中に銃を隠した。
「お前はこの前の!今度は何の用だ。」
「この前は覗いたりして申し訳なかった。」ターナーはそう言って拳銃を取り出した。俺はそれより早く背中から銃を抜いた。銃にはサプレッサーを付けてある。俺は引き金を引いた。ターナーより早く。そしてターナーは苦しみながら弾を一発空に向けて放った。朝の街に銃声が広がる。胸を押えて苦しむ。
「悪く思わないでくれ。ボスの指示なんだ。こうしないと自分が殺されることになるんだ。」俺はそう言ってニヤリと笑った。
「ボス、やりました。」
「そうか。次の任務だが、メアリー・ウィリアムだ。」
「え?いや、しかし…」
「いいから殺れ。」
俺は黙って拳銃を受け取った。三十段の階段をおりながら俺はハッとした。
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