21回目の観覧車
「よし、やるぞ!」
高校の創立記念日は、平日でも休みになる。
私、瀬名 一華も、今日を、心待ちにしていた。
先週までは。
初カレの浮気が発覚し、別れたからだ。
ファーストキスが遠ざかったのは残念だが、あんな男に捧げなくてよかった。
元カレへの未練を断ちきるために、断捨離をすることにした。
プリクラやおそろいのストラップなどを、45Lゴミ袋に捨てていく。
だんだんハイになり、古い服も靴もカバンも捨てた。
あー、たのしい。
ゴミ焼却炉の中で、すべて灰になるがいい。
「なにこれ」
ひきだしから、ミシン目が入った、細長い紙が出てきた。
「のりもの回数券」
前に、家族で地元の遊園地に行ったのを思い出す。
お子様向けアトラクションしかないが、意外と楽しかった。
電車で行けるし、気分転換に行ってみるか。
断捨離しすぎて、気合の入った服しかない。
ハイウエストのリボンがかわいい、おきにいりのワンピースに決めた。
「なにに乗ろうかな」
スマホで、園内マップを見ながら歩く。
アトラクションは、お客が来た時だけ動かすシステムだ。
私のためだけに動かしてもらうのは、気がひける。
初カレと別れたばかりで、自己肯定感が低いのだ。
そんななか、動いている観覧車に、目が留まる。
あれに乗って、上から園内を見てみようと、足を向けた。
「ちわー」
てきとうな挨拶とともに、金髪のおにいさんが機械室から出てきた。
券を出すと、1枚ちぎって返してくれる。
「お気をつけてお乗りください」
かなりの棒読みで、彼はゴンドラの扉を開けた。
会釈し、スマホをカバンに滑らせて、ゴンドラに乗りこむ。
空の旅の出発だ。
ゴンドラが浮きあがったとき、ガン、と足元から音がした。
ふしぎに思い目をむけると、金髪のおにいさんが両手をあげていた。
右手はグーで、左手にはスマホ……私の!?
彼は苦笑しながら、手を振った。
たしかに、この高度ではどうしようもない。
気まずい空の旅を終え、おにいさんからスマホを受けとった。
「ありがとうございます」
発着所の床は、人工芝だ。
だから落とした音がしなかったのか。
スマホも無事で、安心した。
「上からの写真、撮らなくてよかったの?」
おにいさんが笑いながら聞いてくる。
見た目はチャラくて怖い感じだが、笑うと親しみやすい雰囲気だ。
「欲をいえば、撮りたかったですけど」
「じゃ、もう1周行ってくれば? チケット引くほど持ってたでしょ」
「引くほど……」
「さいきん不況だから、20回券買うお客さんいないし。俺も1年ぶりぐらいに見た」
「本当ですか!?」
「うそ」
「なんだそれ!」
おもわずツッコミを入れる。
「あと何回分あるの?」
チケットは1枚の細長い紙なので、地道に数えないとわからない。
「2,4,6……20回です」
おにいさんが手を出すので、チケットを渡す。
彼はチケットを伸ばしてながめた。
「じゃ、さらで持ってたんだ」
「さら?」
「新品ってこと。俺、別のとこから来たから、ちょっと訛ってるかも」
言われてみると、イントネーションに違和感があった。
「20回券は、1枚おまけがついてくるから」
「へぇ」
「あ、猫!」
「え!?」
ふりかえると、1匹の猫が手すりを乗りこえ、発着所におりたった。
おにいさんが私の手にチケットを返す。
そしてなぜか、ゴンドラの扉を開けた。
「猫を乗せるんですか?」
「ん? 君が乗るんだよ」
にやりと笑うおにいさんの手には、もがれた1枚のチケットがあった。
「いつのまに!」
「のりおくれるよ?」
「ああ、もう!」
迷っている猶予はないので、とりあえず乗りこむ。
「次は写真、撮ってきなよ」
そういって、おにいさんは扉を閉めた。
写真は撮ったが、下の様子が気になり、チラチラと見てしまう。
おにいさんは、猫を撫でていた。
うらやましい。
私もおりたら撫でてやる。
ゴンドラが発着所に近づいたので、降りる準備をする。
おにいさんの前で、猫は魅惑の白い腹をみせていた。
というか、おにいさん?
猫に夢中で気づいてない!?
ガンッと扉をたたく。
おにいさんが顔を上げて、やべ、という顔をした。
猫と私が乗ったゴンドラを交互に見て、なぜか私にへらりと笑いかけた。
――彼はそのまま、猫をモフりつづけた。
「ありえないんですけど」
「ごめんごめん」
「しかももう猫いないし。会社に苦情いいますよ?」
すると彼が、ぱちくりと目をしばたかせた。
「言ってもいいけど、俺は反省しないから、無駄だとおもうよ?」
「思った以上にクズですね」
「はは。猫に浮気してごめんね?」
――浮気してごめんね。
元カレの言葉が重なる。
ふっきるために来たのに、思い出すなんて。
「あれ、怒った?」
続く言葉は違えども、悪びれない態度は一緒だ。
私はチケットを1枚ちぎると、おにいさんの手に押しつけた。
「ありがとうございました」
彼の顔を見ずに階段を駆けおりる。
そんな結末まで一緒だなんて、やるせなかった。
走ったらお腹が空いたので、フードコートでタコ焼きを買った。
食べながら、観覧車から撮った画像を見る。
「ぶれてるし」
その時、カレーライスの匂いとともに、目の前に人が座った。
おどろいて顔をあげると、観覧車のおにいさんだった。
「俺も昼休憩」
「……そうですか」
あっけにとられて、何も言えねぇ。
至近距離で見ると、ド派手な金髪だ。
「ここのカレー、専門店が入ってるからうまいよ」
「へえ」
「食ってみる?」
「え?」
「はい、スプーン」
「あー、私辛いの苦手で」
「俺も俺も。これ甘口だから」
そういって、プラスチックのスプーンを渡される。
そこまでいうのなら、と一口もらうことにした。
「辛っ!!」
「あはははは」
「本当しんじられない! なにしに来たんですか!?」
「なかなおり?」
そういった彼は、私の手からスプーンをとって、ぱくりとカレーを食べた。
「うまー」
「なん、え、スプーン」
「俺が後だから、気にならないでしょ? 俺は気にしないし」
大盛のカレーが、みるみる減っていく。
いい食べっぷりだな。
「てかさー。ひまだから帰んないでよ」
「ナンパなら、まにあってます」
「うける」
「どこにうける要素ありました!?」
彼はいたずらっぽく私を見た。
「引くほど持ってる券、ぜんぶ観覧車で使えばいいじゃん」
「いやですよ!」
「1回のるごとに、なんでも言うこときいてあげる」
「ほんとうですか!?」
「うん。無理なやつは無理っていうけど」
迷ったすえ、きいてみる。
「観覧車の扉、自分で開けて乗ってみたいです」
「いいよ」
「いいの!?」
「ごちそーさま。食べおわったら来なよ」
彼は、そう言って去っていった。
けっきょく、観覧車のところまで、来てしまった。
私を見つけたおにいさんが、機械室からでてきて、階段の一番上に座る。
そして頬杖をつくようなかっこうで、ニコッと笑った。
あざとっ!!
まんまとつられるように、階段をあがる。
それでも、観覧車の扉を自分で開ける経験なんて、この先できないだろうし、楽しみではあった。
「ここガチャってしたら開くし」
言われたとおりにレバーを押すが、おもったより固い。
「こうだよ」
後ろからおにいさんの手がのびてきて、私の手に重なった。
背中が、おにいさんに密着する。
ガチャン、と音がして扉が開いたけど、洗練された大人の香りがして、それどころじゃなかった。
「はい、のって~」
放心したまま、ゴンドラに押し込められた。
次のお願いごとは、照れ隠しに馬鹿らしいことを頼んだ。
「アナウンスをオネェ風に言ってください」
「お気をつけてぇ、お乗りくださぁい♡」
「うまい」
おにいさんのノリは良かった。
そのうちに、私は観覧車に乗ったまま、扉を開けるおにいさんにハイタッチでチケットを渡し、閉めるまでの間に一問一答をするようになった。
「おにいさんの名前!」
「籔島 武尊」
「武尊って呼んでいい?」
「いいよ」
「年齢!」
「21歳」
「趣味!」
「オンラインゲーム」
「好きな食べ物!」
「女」
「やりなおし!」
武尊とベンチに座り、途中休憩をはさむ。
「君の名は。」
「ふふ。一華だよ」
「あと11回?」
「うん。一生分の観覧車に乗った気分」
「来世分も乗ってってよ。今」
そしてまた、観覧車耐久がはじまった。
「私のいいところを10個言って」
「かわいいかわいいかわいいかわいい――」
「ちょっ」
武尊は指折りながら、てきとうに連呼する。
「――かわいい」
最後だけ目を見て言われ、不覚にもドキッとした。
そしてむかえた21回目。
観覧車にこんなに乗る日が来るなんて、思ってもみなかった。
空はすっかり茜色だ。
「ひさしぶりの地面だ」
武尊が笑う。
彼の金髪が、夕焼けに染まっていた。
武尊と、最後のハイタッチを決める。
そのまま、彼の手をぎゅっと握った。
「私と、つきあってください」
「いいよ」
「いいの!?」
手を引かれ、機械室につれこまれる。
頬に手がかかり、武尊の顔が近付いてきて――。
「……一華って、いくつ?」
「17」
「あっぶね! 俺、社会的に死ぬとこだった!」
追い出された。
「18歳になるまで、キスはしない」
「え!?」
「俺は待てる男だから」
代わりに、なぜつきあってくれたのかと聞いたとたん、彼が吹きだした。
「綺麗なお姉さんが、コントみたいなスマホの落とし方するから、ギャップでやられた」
それを聞いたとたん、地に落ちたはずの自己肯定感は、目の前の観覧車よりも高くなった。
連絡先を交換するころには、元カレへの未練など、きれいさっぱり消えていた。
毎週デートを重ね、初デートから数えて、おりしも21回目。
私の誕生日を、武尊は盛大に祝ってくれた。
「おめでとう。よく耐えた、俺」
「好きな食べ物、女だもんね」
「そう。一華のこと、食べちゃってもいい?」
「どうしよっかなぁ」
笑いながら言うと、頬を引っ張られた。
手で払うと、その手をとられ、きゅっと指をからませてきた。
彼が、見たこともないような真剣な顔で私を見つめる。
頬に手がかかり、武尊の顔が近付いてきて――。
18歳になった私は、優しくていじわるな金髪のおにいさんと、人生で初めてのキスをした。