絶望に満ちた事件 前編
3月31日。咲魂早姫さんの話を聞いてから1週間以上経った。特に事件もなく平和
ではあったが、結局姉さんの異動は変わらなかった。
「なんでかなぁ…。寄宿舎に泊まりたくないんだけど。」
「姉さん…頑張って…?」
「頑張るのは頑張るけど…家に帰してくれたっていいじゃない?」
「たぶん、遠いことを考慮した結果ですね。」
「…遙申はどっちの味方なのよ。」姉さんが頬を膨らませる。
「そりゃ姉さん。」
姉さんは安心したのか、目を細めた。
「私には遙申しか頼れる人がいないの。だからあと数時間ぐらいは一緒にいてほしいな。」
…でも出勤時間もあるんだよなぁ…。どうしよ。
「あ、姉さんも警察署で一緒に待機します?」
「ふぇ?さすがにそれは迷惑が掛かっちゃうから…。なんかわがままでごめんけど、家で待機
してる!いってらっしゃい、気を付けてね!」
姉さんは笑顔になり、僕の手をゆっくりと離した。僕の方こそごめんね?
そんなこんなで警察署に向かい、捜査一課の部屋に入った。
「おはようございます~。」青海影木さんが後ろから挨拶をする。
「おはようです~。」
「そういえば、明日異動がありますね。この警察署からほかの警察署に異動する人は前発表されて
いましたが、どうなるんですかねぇ。」
「ここの地域は異動のシステムが、ほかのと違いますからちょっとこんがらがりますね。」
「ですね~。できれば、この班員のままがいいですけどね。」
そういえば月輪希々さんもこの班員のままがいいっていつか言っていたな。
とか思っていたら、月輪さんが目の前にいた。
「おはようございます。」
「おはようです~。」
月輪さんは挨拶すると席に荷物だけ置き、どこかに行った。
「事件が無いですから、ちょっと今日は何かあるのではないかと身構えちゃいますね。」
「俺も同じこと考えてました。何もないことが一番なのに、結構考えちゃうもんです。」
7時。この時間になって咲魂さんがようやく来た。…前みたいにヤクザに絡まれたのだろうか?
「おはようございます…。皆さん、早々なんですかけど、1つよろしいでしょうか…?」
「え?どうされたんですか?」
「…先日、暗殺者の男を逮捕しましたよね…?どうやら留置所から逃げたそうです…。」
凍り付いた。…あの凶悪なやつが逃げた…?被害がまた出てきそうだし、月輪さんも危険になるし…。
「どこに向かったか分かりますか…?」
「いえ、分からないです…。ですが、艦艇警察署の方に向かってきてはいないということです。」
「え?それは市街地の方に向かっている可能性があるということですよね…。」
「…これは完全に私の推測なのですが、その男は…とある人物によって警察署に連れてこられました。
ですから、その人物のところに向かっている可能性も大いにあります。…そしてその人物とは…。」
「………姉さん……?!」
「えぇ、あの男のことですから、小遙さんを殺害しようと企んでいてもおかしくはないと
思います。」
…なんでこうも姉さんが事件に巻き込まれちゃうかなぁ…。しかもピンポイントで狙われている
可能性があるのは否めない…。とりあえず、連絡することにした。
『勤務時間中にかけてくるなんて、どうしたの?』
「姉さん!今家ですか?」
『あ、うん…。今から100均に出かけようとしてた。』
「じゃあ姉さん、出ないでください。」
『…え?』
「今から姉さんを迎えに行きますから、事情はあとで説明します!絶対に家から出ないでくださいね!」
『ん…了解。』
そう伝え、すぐに駐車場に向かった。
「小遙さんは無事なんですね?」
「声を聴いた限りはですが…。もしくは既に捕らえられていて、そう答えるしかできなかったか…。」
「どっちにしても、急いだほうがいいですね。」
可能な限り装甲車を飛ばした。頼むから無事でいて姉さん…。
5分後、家に着いた。
「これが…中月先輩の家なんですね…。」
青海さんは和風の大きい門を目の当たりにして絶句していた。…まぁ確かにひと際目立つ家だから
驚いても仕方ないか…。
「青海さんと月輪さんはここで待っていてもらえますか?僕は咲魂さんと姉さんを説得しに行くんで。」
「了解です。」
ということで、家に入り姉さんの存在を確認できた。
「遙申に…早姫さんも…?どうしたの?」
「小遙さん、実はですね……………。」
咲魂さんが事情を説明していた。
「…そういうことね?」
装甲車に姉さんを乗せ、中月家を後にした。
「家にいないと分かると、今度は警察署に来るかもしれないよ?大丈夫?」
姉さんは落ち着いて言った。
「その時はその時ですよ…。」
「…遙申はいっつもそうだよね。私のこと優先しすぎて、ほかのことが疎かになっちゃう。」
……正論過ぎて何も言えなくなった。姉さんを優先しているのは事実だ。
…ブレーキを強く踏んだ。
「きゃっ?!」「うわっ。」後部座席から驚きの声が出ていた。
「どうしたんです?」青海さんが前方を覗くと、ハッとしたようだ。
そこには、例の男がいた。