咲魂早姫の謎を紐解いて 後編
3月19日。昨日までの3日間は事件もなく、そして姉さんにも異変は無かった。
「…遙申、最近妙に私にくっつくね?嬉しいからいいんだけど。」
「あ…無意識にくっつきすぎていたっぽいですね…。姉さんが嬉しいなら動きませんけど。」
姉さんの心臓の鼓動が伝わってくる。これだけでものすごく安心してしまう。
「なんか悩みとかでもあるの?あるんだったらなんでも言いなよー。私みたいに抱え込んでいたら
大変なことになるよー?」
「悩みは無いので大丈夫です。」
「なら良かった。」そう言うと頭をなでなでしてきた。…なんでこの歳になってなでなでされるのかは
分からない。
出勤時間になったので警察署に出勤した。
やっぱり今日も3人の車はある。毎度毎度早いなぁ…。
「おはようございます。早いですね…。」青海影木さんが車から出てきてそう言った。
「早いのは青海さんもですよ…。ほんっとここの班は来るのが早いですよね。」
青海さんと一緒に捜査一課に向かった。
捜査一課には咲魂早姫さんと月輪希々さんがいた。
「おはようございます中月先輩、青海さん」咲魂さんが一礼した。
「おはようございます。」続けて月輪さんも挨拶した。
「おはようです。」青海さんは軽く一礼をして、席の方へ向かった。
数十分後、咲魂さんに資料を漁ろうと誘われたので、向かうことに。…漁るんだな。
「中月先輩、昨日小遙さんにお伺いしましたが、どうやら3日間護りきれたようですね。
あと、体が近いから体温を感じるとか、鼓動を感じて安心しているとか、喜んでいましたよ。」
「そうなんですか…。いつの間に伺ったんですか?」
「この手を使うのはちょっとどうかと思いましたが、小遙さんの仕事終わりを見計らって伺って
きました。」
「だからあの時間帯に外出していたんですか。」
「…資料を漁りに行くといったのは嘘です。このことについて話しておきたかったので…。そこの
空き部屋、使わせてもらいましょう?」
なんだ…そうだったのか。
ということで空き部屋に入った。……さすがに同じ班の人とは言え、面と向かって異性の人と
1対1で話すのはやっぱ慣れない。
「えーっと、確か家でどんなことをしているか気になってましたよね?」
「ですね。」
「意外と思うかもしれませんが、私にはちょっと歳の離れた妹がいまして。まぁ10歳差なんですけど
妹とゲームさせられてます。」
「確かに意外です。」
「それよりも中月姉弟がゲームをしないことに驚きなんですよね…。」
確かに、ボードゲームもテレビゲームもしたことが無いなぁ。
「中月姉弟はどうやって娯楽を得ているんですか?」
「気持ち悪いとか思わないでくださいね?姉さんと触れ合うだけで幸福度が溜まっていくんです。」
「やっぱりですか!正直言って羨ましいです。お二人の姉弟愛を見ていると微笑ましいんですよね。」
「…あれ、なんか僕の情報引き出されてませんか?」
「バレましたか…。まぁちゃんと私の情報も言うんで大丈夫ですよ。」
「ははっ…。じゃあ…咲魂さんが思う青海さんの印象を聞きたいですね。」
「青海ですか。青海はですね、高校時代からの仲なんですよね。高校時代から思っていたのは、
やっぱ真面目です。真面目ですが、遊ぶときは遊ぶし、するときはする。切り替えがちゃんとできる人
です。中月先輩も存じ上げているように、青海はチャラそうに見えて大真面目です。」
「同級生なんですか?」
「…実は青海のほうが一個上です。」
「え?そうだったんですか?ということは姉さんよりも一個上なのか…。」
「青海自身、私には“青海”って呼ぶように促していますので。」
「たまに“青海”って呼んでましたね。」
「私の父親でしたり、母親でしたりが私の相手に青海を推しているんですが、青海が拒否して
いまして…。なかなかに家内は面白い状況です。」苦笑いしていた。
「咲魂さん自身はどうなんですか?」
「それ聞いちゃいます?いや、いいんですけど…。まぁぶっちゃけ好きですよ。性格もいいですし、
殆ど完璧に近い人なんで。」
「恋愛事情聞いてしまいましたね…すみません。」
「まぁまぁ、大丈夫ですよ。」
「えっと、次は月輪さんの印象です。」
「月輪さんはですね、一言で申し上げると可愛いお方ですよ。元暗殺者と聞きましたから、身構えて
いましたが、全然身構える必要もなく、本来は優しい人なんだって考えなくても分かりました。」
「月輪さんは強制的に暗殺者にさせられてましたからね…。…可愛いお方とは…?」
「え?月輪さん可愛いと思いますよ?普段はきょとんとしていて、まるで幼い子供のような印象です。
でもいざっていう時には目の色が変わって本気を出すタイプの人ですね。」
……この会話だけで咲魂さんの性格が分かってきそうなぐらい、表に出ていた。他人のいいところを
見つけてその部分を気に入っている。当たり前のように見えるけど、難しいことがこの人には易々と
できている。素晴らしいです。
「…中月先輩。こんなこと言ったら怒られそうな気がするんですが、言ってもよろしいですか?」
「なんですかね…?」
「……私、自分より背が低い人が好きでして…。あ、別にその人より高いから優越感に
浸っているってわけではないですからね!…で、続きなんですけど、小遙さんもその1人
だったんですよ…。」
「それは姉さんが好きってことでいいですね?」
「はい。今でもです。」真顔だった。冗談ではないのだろう。
「姉さんが聞いたら喜ぶと思います。」
咲魂さんにこんな性癖があったとは…。意外な収穫だった。
「あ、そうだ、咲魂さんの趣味聞いていなかったですね。」
「趣味…。特にないんですよね…。」
珍しく困った顔をして言う。
「あれですか、ずっと仕事していないと気が済まないとか…?」
「それは小遙さんですよ。私はそこまでじゃないです。」苦笑いしながら言う。
傍から見たら、姉さんが馬鹿にされているように見えるけど、そんな感じはしなかった。
むしろ尊敬と言う言葉が合っている…。
「……そういえば小遙さんで思い出したのですが、中学以来警察になるまで会ったことが無かったので
久々に会いたいなっていう気持ちを交えて今まで生活してました。」
「そうだったんですか…?!」
「はい。というか、中月先輩が小遙さんの弟って言うのが羨ましいです。私も小遙さんの妹に
なってみたかったです。」
「姉さんの妹が咲魂さん…。なんか想像がつきませんね…。」
「そうですか?まぁ,どのみち私の誕生月が5月なんで妹になることは無理なんですけど。」
咲魂さんは5月20日らしい。
勤務時間が終わり、家に帰った。
「おかえり~。」姉さんはいつものように笑顔で言った。……時にこの笑顔が切なく感じる
なんだろう。
「ただいま~。…姉さん。」
「どした?」
「その顔は絶対なんかありましたよね?」
「……よく分かるね。見落とされちゃったかぁ。…実はね、今藍丸中学校に所属してるじゃん?」
「ですね。3年10組の担任でしたっけ?」
「そ。……4月からは異動だった。」
「え?どこにですか?」
「藍丸小学校。」
「ちか…いや遠いな?」
「そうなんだよねー。同じ名前がついているのに、車で1時間はかかる距離なんだよねー。だから今まで
みたいに、6時30分に家を出たら間に合わないんだよー。」
「ってことは…。」
「5時30分ぐらいには出勤。」
「過労働かな?」
「来年、何年団になってもいいように準備してたのに、ぱぁになった。」
「それは可哀想に…。」
「あと一番の問題はね、学校側が職員用の寄宿舎を用意するって言ってるの。」
「え?」
「まぁ、車で30分以上かかる職員が対象になるんだけど、私は1時間かかる。つまり…。」
「姉さん戻ってこない…?」
「そういうことになるね。」
「どうにかならないんですかね…。さすがに寂しいですよ。」
「どうにかなりそうにないよー。それが義務ですから。」
「まぁ、僕は何とか耐えれるとして…姉さんはどうなんですか?」
「ぜったい耐えられない。私泣くよ?3日間以上遙申と離れたら泣いちゃうよ?」
「うわぁ…。」
「異動したくない~。もしくは寄宿舎制度をどうにかしてほしい~。」
姉さんは僕に抱きついてきた。離れたくないんだろう。
「むーむー、遙申はどうにかできない?」
「むーっていうの可愛い…。(殆ど聞いていない。)」
姉さんは離れなかった。というか、体を掴む腕の力が強くなってきている気がする。
「姉さん、強く掴み過ぎです。」
「あ、ごめん。離れたくないもんでね。」
なんとかなだめた後も、手は握られていた。どこかに行こうとすると、一緒についてきた。
…さすがにトイレにまで入っては来なかったけど、離れたくないという気持ちが行動に出ている。
……寝る時も手を握られていた。一緒に寝るのはいつものことなのだが、ここまでぎゅっと手を
握られるとさすがに緊張してしまう。
なんか、いきなりのこと過ぎて頭がこんがらがっていた。