92.剣術の稽古
『あっ、今日はミューラ様がいないんだったわ。せっかくフィオナの姿になったのに。』
8の月に入ると、学校は毎日午前中でお終いだった。
一週間目は、学期末テスト。二週間目は、テスト返却と解説。三週間目は、大掃除、終業式で15日からは学期末休みだ。
今日は、二週間目の火の曜日。ミューラは午後から少し出かけると言っていた。いつもの魔法授業までには帰ってくる予定だった。
昨日は帰宅した後、暇だったのでミューラの魔法授業の前に剣術の稽古に行った。普段の午後まで学校がある月は、剣術の稽古は木、光、水の曜日。木、水の曜日は一時間、光の曜日は二時間稽古に励む。元々剣術の稽古の曜日だった昨日は、三時間みっちり稽古に励んだ。
魔法の授業は、木、火、光、土、水のほぼ毎日。平日は一時間半前後。光の曜日は二時間前後だ。
火の曜日は、剣術の稽古のない曜日だった。
普段、土の曜日にフェリオはフィオナの姿で一時間くらい剣術の稽古をしている。せっかくフィオナの姿になったフェリオは、フィオナの姿のまま剣術の稽古にいくことにした。道場は毎日誰かが稽古をしている。別にフェリオの剣術の先生のドジルやフィオナの剣術の先生と護衛を兼任するクロエでなくても相手は誰でもいい。昨日の稽古相手もドジルとの稽古の時間外はその辺で稽古をしていた者たちだった。
「「「フィオナ王女殿下だ。フィオナ王女殿下がいらしたぞ。」」」
『えっ?どうしたのかしら?』
フェリオの姿の時、普段の稽古の時間以外に道場にはよく行く。子供の頃からずっとそうだった。初等学校に通うようになってからも、授業が午前中で終わりの時や学期末休みの時、時間が空けば道場に行っていた。フェリオは、体を動かして鍛えることが好きだった。昨日道場に行った時は皆普段通りだったのに、今日はざわざわと落ち着かない。
「稽古中に騒ぐな。」
ドジルが怒鳴った。ドジルがフィオナのところに来て跪く。
「フィオナ王女殿下、失礼しました。王宮騎士団団長ドジル・レリ・ワトソンと申します。王女殿下の兄フェリオ王子殿下の剣術の指南役も私が務めております。殿下、今日は殿下の指南役クロエ・レリ・イットーがお相手ではないのですか?よろしければ私がお相手いたしましょうか?」
「ええ、クロエは護衛のままですわ。突然来てしまって、いけなかったかしら?」
「いえ、いつ来ていただいて大丈夫ですが、殿下が稽古の時間以外にいらしたのが初めてだったので皆が騒がしくなってしまいました。お詫び申し上げます。どうかお許しください。」
「私が突然来て驚かせてしまっただけなのでお詫びは必要ないですわ。ドジル団長が私の相手をしていただけるなんて、嬉しいですわ。」
「ありがとうございます。殿下、どうぞこちらに。」
ドジルに招かれて、中央にいく。普段のフェリオの時と変わらない。体を温めるために軽くドジルと打ち稽古をする。重い。ドジルの剣が、普段よりも重く感じる。フィオナの体のせいだ。フェリオの体とは筋力が違う。九歳の子供なのでそれほど大きくは変わらない。だけど、やっぱり違う。仕方ない。
「ドジル団長、少し魔力強化してもいいかしら。あなたの剣が重いわ。」
「はい。殿下。少しと言わずにお好きなだけどうぞ。」
「あら。言うわね。私、五星ですのよ。いくらドジル団長でも私が好きなだけ魔力強化したら、相手にならないですわよ。」
「はははっ、確かに。魔力では殿下に敵いません。ですが、剣術は、魔力だけではありませんので。魔力で筋力とスピードを強化しても技術がなければ、意味がありません。」
「技術ですか?一応、幼い頃よりずっと磨いてきましたわ。」
「そうですね。お体の弱い王女様とお聞きしてましたが、打ち稽古は上手に思います。確かに筋力とスピードを魔力で強化すれば、その辺の者たちよりも上ですね。殿下は、イットー流とお見受けします。」
「特に流派を意識してはいませんが、主流のイットー流だと思いますわ。」
少しずつ剣に魔力を乗せていく。同時に筋力も少しずつ魔力で強化する。いつものフェリオくらいで止めておくつもりだったが、ドジルの余裕が気に入らない。ドジルの剣をへし折ってやりたくなった。
フィオナは、どんどん魔力で強化していく。そして、ドジルより少しだけ強い筋力に強化したところで止めて、打ち合う。ドジルにはフィオナの剣がとても重く感じているはずだ。
「ドジル団長、降参していいですわよ。このままさらに強化したら、あなたの剣、折れますわよ。」
「くっ、殿下。確かに殿下の技術は素晴らしいです。ですが、私も騎士団長です。まだ負けません。」
「そう。では、後少しだけ。」
フィオナはさらに筋力を強化し、剣に魔力を乗せる。重い剣で受けるドジルの体力を奪い反撃さえ出来ないように隙なく打ち込む。
「参りました。フィオナ王女殿下。私の負けです。殿下にご無礼な発言をしてしまいました。お許しください。」
ハアハアと荒い息遣いで、背中で呼吸するドジルに対して、フィオナは、息を乱してない。
「ドジル団長が好きなだけ魔力で強化していいなんて言うからですわ。私、剣術の稽古にきたのにこれでは魔力の稽古ですわ。」
「殿下、普通は、魔力で筋力や剣を強化しても上手く扱うことが出来ないのです。バランスを崩してしまい逆にダメになったり、魔力がなくなって力が入らなくなるか。魔力強化は諸刃の剣になってしまうのですが…。五星の王女殿下に魔力切れの心配は全くありませんでした。身体強化も剣に魔力を乗せるのも剣技に合わせないといけないのですが、殿下の剣技は素晴らしかったです。殿下、是非私に殿下の剣術指南役だったお方をご紹介下さい。イーデアル公爵家にお仕えしているお方でしょうか?私もその方の剣術を学びたく思います。」
『あなたよ、ドジル。フェリオに剣術を教えたのは、あなたですわよ。自分自身に聞いて。』とフィオナは思ったが言えない。
「ええ~っと。」
返事に困ったフィオナはちらりと自分の護衛のクロエを見る。クロエが目を反らした。
『はぁ?クロエ、あなた私の護衛なのに私を助けないつもり?』
クロエのオデコに魔力弾を飛ばす。誰にも気付かれない程度の直径1㎝ほどの小さな弾を一瞬だけパチンと当てるとクロエが慌ててフィオナのところに来た。
「ドジル団長、フィオナ王女殿下はお疲れです。これ以上稽古をなされては、殿下が倒れてしまいます。」
「「へっ???」」
その場にいる全員がきょとんとしている。フィオナは、誰がどう見ても元気一杯だ。むしろハアハアと息を乱していたのはドジルの方だ。フィオナが疲れているようには見えない。
「クロエ、お前、王女殿下の護衛のくせに何を見ていた?そのようなことでは、殿下の剣術の指南役も護衛も務まらないぞ。」
ドジルの説教が始まった。ドジルの母親は、剣術で名高いイットー侯爵家の分家出身。ドジルは、母の兄にイットー流の剣術を習った。その母の兄、つまりドジルの伯父の孫がクロエである。クロエの父親とドジルは従兄弟同士。ドジルにとってクロエは、クロエが生まれた頃から知るいとこ姪だった。
ドジルがくどくどとクロエに説教をしている間にフィオナは退散することにした。そして逃げ出すことに成功した。
「…伯父上もお前の父親も、お前に甘いのだ。だいたい伯父上がもっと厳しくお前に習練させないからこのようなことになるのだ。クロエ、お前もイットー侯爵家の分家を継ぐ者ならもっと己を鍛えよ。分かったな。」
「はい。ドジルいとこ叔父様。」
クロエは、涙目だ。イットー侯爵家は、剣術に優れた一族だが、脳筋でも有名だ。フィオナがクロエを見た時、クロエは上手い言い訳が思い浮かばなかった。だから、目を反らした。ところがフィオナから魔力弾が飛んできた。慌ててクロエは下手な言い訳をした。その結果がドジルからの説教だ。そして…
「あれ?フィオナ王女殿下は、どちらに?」
いつの間にかフィオナ王女殿下がいなくなっていた。護衛なのにお仕えする王女殿下を見失うとは、いくらいとこ叔父からの説教中だったとはいえ許されない。
「ドジルいとこ叔父様、申し訳ありませんが失礼します。」
クロエは、慌てて駆け出した。
「おっ、おう。」
不覚にもいとこ姪の説教に夢中になり、ドジルもフィオナがいなくなったことに気付かなかった。
「稽古を続けろ。」
ドジルはそれだけ言うと、自分もフィオナを探すために駆け出した。




