62.ノーストキタ領訪問 7
翌朝、フィオナがノーストキタ母娘に会うと、昨日、あれほど言い合いをしていたのが嘘のように仲良し母娘になっていた。
「フィオナ王女様、今日もエリアノーラと一緒に王女様をご案内いたしますわ。今日、明日といいお天気なので、漁港に行きますね。港町で一泊しますので、宿泊の用意もしてお出かけしますわよ。」
「お母様、今日と明日の分の仕事を片付けましたわ。宿泊施設の手配も出発の準備も全て終わりました。」
「あら、早いわね。ありがとう、エリアノーラ。王女様、では行きましょう。」
ノーストキタ母娘は、二人ともニコニコと笑顔だ。
馬車の中でも、二人とも仲良さそうに会話をしている。
昨日の夜、二人の間に何かあったのだろうけど、喧嘩しているよりも全然いいとフィオナは思った。
漁港に着くと、漁船が漁を終えて港に戻ってきていた。
たくさんの生きた魚や、氷の中で凍っている魚が並んでいる。
「魚は鮮度を保つために捕るとすぐ冷やされますのよ。明日の早朝、船に乗って漁を見学する予定ですわ。今日は、この後、市場周辺を見て、早めに宿に行って休みますわね。早朝四時くらいにここに戻って来ますわよ。」
「そんなに早い時間なのですか?」
「ええ、なので深夜二時~二時半くらいに起きることになりますわ。夕方には寝ますわよ。寝れるかしら?もし、寝れなくても、横になって体を休めるだけでも疲れはとれますわよ。」
「そうなのですね。分かりました。」
フェリオたちは、漁港近くの市場や、魚の加工場などを見て、そのまま市場でお昼ご飯を食べた。
フェリオは、魚を生のまま食べたことがなかったが、初めて食べた新鮮な魚のお刺身は、とても美味しかった。
漁港から少し内陸部の港町に移動して、今度は町周辺を少し見学して、宿に行った。
「ノーストキタ領は寒いので、宿屋は温泉宿が多いのですわ。今日は、この宿を1日貸し切りにしましたわ。少し小さい宿ですが、護衛の者や、侍女たちにとってもその方がいいと思いましたの。」
宿屋に着くと、エリアノーラがそう言って、宿の主人らしき者と一緒に部屋を案内してくれた。
「えっと、四人部屋ですか?」
フィオナがエリアノーラにそう聞くと、
「この宿は、四人部屋が4つ、二人部屋が4つ、一人部屋が6つの最大30人まで宿泊出来ますのよ。二人部屋の4つは、男性の護衛二人、女性の護衛二人、王女様の侍女と護衛、一人部屋に執事、四人部屋は、御者四人、うちの侍女四人、私たち三人。ぴったりですわ。」
『どこがぴったりなのかしら?四人部屋も二人部屋も一人部屋も余ってますよ。ぴったりの部屋なんてないんですけど。』
心の中で突っ込んだが、普通にエリアノーラに聞いてみる。
「えっと、私は、ミューラ様とノーストキタ公爵様と三人同じ部屋なのですか?一人部屋ではなく?」
「宿屋で王女様をお一人には出来ませんわ。王女様が侍女と護衛と同じ部屋も却下です。私たちと一緒にいるのが一番いいのですわ。」
エリアノーラの返答に驚いたフィオナは、慌てた。
「私は、1日六時間くらいしか女の子になれませんのよ。フェリオの姿で女性と同じ部屋で宿泊なんて出来ませんわ。」
「王女様、私は、フェリオ王子様ではなく、フィオナ王女様をノーストキタ領にお連れしました。兄王ジャンにもそう許可をいただいてますわ。王女様は、女性です。女性が同じ女性の部屋に一緒に宿泊することに何の問題もございませんわ。それから、宿泊するのは今日だけでなく、今後、他の地方をご案内する時も何度かその地方の宿屋で宿泊する予定ですわ。その時もお部屋は一人部屋ではなく私たちと同じ部屋に宿泊していただくつもりですわ。」
ミューラにまでそう言われて、フィオナは、困ってしまった。
「私を女性として扱ってくださることは、嬉しいですが、私は、ずっとフィオナの姿のままではいれないです。魔力がなくなれば、どうしても、フェリオの姿に、男児に戻ってしまいますわ。」
「フィオナ王女様、王女様がいつご誕生予定だったかご存知ですか?」
ミューラが突然今までの会話とズレたことを聞いてきた。
「えっ?知りませんけど、予定日よりもかなり早かったと聞いてますわ。」
「六の月ですわ。王女様は、予定よりも2ヶ月も早くお生まれになりましたのよ。」
『…それが今何の関係があるのかしら?』
フィオナは、疑問に思った。
大叔母が何を言いたいのか全く分からない。同じ部屋で過ごす、過ごさないの話をしていたはずだ。
「つまりですわ、王女のお誕生日は、四の月で先日九歳になられましたが、本当のお誕生日は、六の月でまだ八歳なのですわ。」
「はぁ?よく分かりませんが、本当の年齢よりも今一歳上ってことでしょうか?」
「そうですわ。いいですか、ここからが本題ですわ。」
「はい?」
「初等学校に入学する七歳までの子供は、乳幼児といって、男児も女児同じですわ。男児であっても、母親や、女のきょうだいたちと、女性用のトイレに入っても、女湯に入っても、一緒に寝てもOKなのですわ。」
「そうですわね。子供なので。」
「ところが、初等学校に行くと、男児は男性、女児は女性に近い扱いに変わってきますわ。」
「そうですわね。ですから、私は…」
「しかしですわ、今まで乳幼児でしたのに、いきなり男性、女性として扱われますと子供は混乱いたしますわ。子供のためには徐々に変えてなれていく必要があるのですわ。」
「まぁ、そうかもですわね。」
「誕生日が一の月や、二の月の子供は、初等学校に入学するとすぐ八歳になりますわ。そして、徐々に変えていく必要があるので八歳は幼児みたいなものですわ。」
「えっ?そうなのでしょうか?」
「そうなのですわ。八歳は、ギリギリ幼児みたいなものなのですわ。元に戻りますわね。フィオナ王女様は、本当は六の月生まれのまだ八歳。ギリギリ幼児の八歳は、女性用トイレも女湯も女性と一緒に寝てもOKなのよ。フィオナ王女様は、男児の姿になっても女性用トイレも女湯も私たちと一緒に寝てもOKなのですわ。」
『へっ?何、その理論?そんな訳ないよね。』
フィオナは、心の中で思ったが、もう自分が何を言っても無駄だと諦めた。それに、自分は本当は女の子だから別に気にすることもないかなとも思い始めた。
おそらく今考えたと思われる独自の自分勝手な理論を展開し、同じ部屋を、と言う大叔母ミューラに素直に従うことにした。
「分かりましたわ、ミューラ様。同じ部屋でお願いします。」
フィオナがそう言うと、大叔母ミューラは、ニコニコと機嫌良さそうに、今後は一緒に温泉に入ろうと言い出した。
もうどうでもよくなったフィオナは、大叔母たちと女湯に入ることにした。
フィオナは温泉も、誰かと一緒にお風呂に入るのも初めてだった。幼い頃は(服を着た)侍女が体を洗ってくれていたが、今は一人で入っている。
大叔母は、男児の姿でも大丈夫だと言っていたが、さすがに、女湯にはフィオナの姿で入った。大叔母ミューラも、娘エリアノーラもボンキュボンいやボンキュキュと言うのが正しいのか、魅惑のナイスバディだった。
温泉に初めて入るフィオナは、大人の裸を見たことがなかった。いや強いて言えば、フェリオの剣術の先生ドジルは、稽古の時いつも上半身裸だった。フェリオの時は、いつものことなので特に何も思ってなかった。でも、フィオナの姿になって、ドジルのモジャモジャ胸毛を思い出す。
『…うっ、気持ち悪いわ。サラ先生はあのモジャモジャが好きなのかしら?私には理解出来ないけど、好みは人それぞれらしいからきっとそうなのね。…でも、ちょっと待って、私もフェリオのままだとあんなモジャモジャになっちゃうのかしら?男はみんなモジャモジャ?そう言えば、ひげが生えてくるのは男だけだわ。
…嫌だわ。絶対嫌。モジャモジャなんて、絶対絶対嫌よ。…私、こっちがいいわ。』
フィオナはチラリとエリアノーラを見て、その後、自分を見た。
九歳になったばかりのフィオナは、ツルペタの胸にぽっこりお腹の幼児体型。フェリオもフィオナも同じと言われたら同じだった。
『でも、でも…、ミューラ様の独自理論なら、私はまだ八歳の幼児みたいなもの。なので幼児体型は仕方ないわ。そうよ、私もそのうちああなるはずよ。きっと。……たぶん?』
と、自分に言い聞かせたものの、己の幼児体型に少し落ち込んだ。




