60.ノーストキタ領訪問 5
夕食後、エリアノーラはフィオナのいる客室に行った。
フィオナは、男女共用の学校の体操服のような服装で、髪の毛もいつもより短かった。
驚くエリアノーラに、
「髪ですか?いつもの長い髪は、鬘ですわ。髪を伸ばしたいのですが、フェリオが困るので、今は男児にしては少し長め、女児にしては少し短めくらいの長さにしてます。魔力で多少長さを変えてますけど。後、服装も魔法の練習の時はこんな感じですわ。」
フィオナは、そう言って笑っていた。
王女らしい服装の時に比べると、今のフィオナの姿はとても幼く思えた。
『そうよね、まだ九歳になったばかりだったわよね。私が九歳の頃は…』
九歳の頃、私に厳しく接する母に少し反抗し始めた頃。父、親戚、友人、学校の先生…、母以外の人たちは皆私に優しくしてくれた。母を避け、母以外の人のところに逃げていたわ。
『…今も変わってないわね。』
思えば、王都での仕事は母と弟に任せ、自領で引きこもっている。
母親譲りの王族系五星の魔力量は、今の成人五星の中では自分が一番。伯父の国王ジャンは高齢、母の魔力量も以前に比べるとかなり少なくなっている。
従兄エドガー陛下亡き後、本来なら幼いこの子を守り、国を支えなければいけない立場なのに。私は…。
エリアノーラは、自分が情けなくなった。
「どうしましたか?ノーストキタ公爵様?」
フィオナが心配そうに声をかけてくれる。
「ごめんなさい。私、私…。」
それだけ言うのが精一杯で涙が溢れてきた。
「大丈夫ですか?ノーストキタ公爵様。失礼しますわね。」
そんなエリアノーラをフィオナは抱きしめて、ゆっくり、ゆっくり、優しく、優しくエリアノーラを己の魔力で包み込んだ。
『どうしたのかしら?ノーストキタ公爵様は。何かあったのかしら?』
フィオナは、エリアノーラが何故突然泣き出したのか分からなかったが、
『とりあえず、慰めないといけないわね。』
そう思って、ゆっくり優しく己の魔力でエリアノーラを包み込んだ。
『暖かい。』
ぽかぽかとした暖かくて心地よい魔力で全身を包み込まれ、安心感と幸福感で満たされる。このまま微睡んでいたい。けど、
「申し訳ありません。王女様。もう大丈夫ですわ。」
「全然大丈夫ではなさそうに見えますわ。もう少しこのままいますわね。嫌なら言って下さい。」
「…嫌ではないです。」
「よかった。後少しだけ。」
フィオナは、そう言ってしばらくエリアノーラを抱きしめたまま、話し始めた。
「ミューラ様は、ノーストキタ公爵様には、遠慮ないですね。」
「お母様は、昔からあんな感じで、私にだけ厳しい方ですわ。」
「うふふ。厳しいと言うか、ミューラ様もノーストキタ公爵様もお互い思ったまま言い合いしてるみたいでしたわ。そっくりな母娘だと思いましたわ。」
「似てませんわ。」
「似てますわ。羨ましいですわ。」
「えっ?」
「あっ、ごめんなさい。私は、母を知らないので。」
「フィオナ王女様…。」
「でも、私には、祖父母がいますので。四人ともみんな私にフェリオに優しいですわ。怒られたこともないです。だからあんなふうに思ったことをストレートに言い合いできる母娘関係もなんかいいなぁ、ってそう思いましたの。」
「本人同士は、そうでもないですわよ。」
「うふふ。まぁ、親子喧嘩は程々がいいかも?ですわね。ノーストキタ公爵様、このままいきますわ。目閉じて下さい。」
エリアノーラが目を閉じると、魔力が変わり始めた。
さっきまでの優しい暖かい魔力から、力強くシャープな印象を受けた。
「どうですか?ノーストキタ公爵様。」
『声が違う。さっきまでの柔らかい女の子の体から、硬いしっかりした筋肉質の男の子に変わったわ。魔力量は、女の子の時の方が多いわ。同一人物なのに、質も違うわね。女の子の方は、しっとり滑らかに内側に染み込む感じだけど、男の子の方は、さらさら爽やかに流れる感じかしら?私は…、女の子の方が好みかも?』
「もう一度、女の子になっていただけますか?」
「少しだけなら、大丈夫です。」
『あっ、また、変わったわ。やっぱり女の子の方がいいわ。』
「今日は、そろそろ限界ですわ。限界近くまで女の子の姿でいるのは、久しぶりです。」
また、魔力が変わる。目を開けるとエリアノーラの前にはフェリオ王子がいる。
「すみません、今日はもうお終いです。何か分かりましたか?」
フェリオは、そう言ってエリアノーラから離れた。
『あっ。』
フェリオが離れて、エリアノーラは少し残念に思った。
『まぁ、仕方ないですわよね。王子様が私を抱きしめるわけにはいかないわよね。私も、王女様ならずっと王女様の魔力を感じていたいけど、王子様は…複雑だわ。同一人物なのに変よね。』
「ノーストキタ公爵様?何か問題ありましたか?」
「いえ、フェリオ王子様。なんでもないですわ。え~っと、そうですわね。男児の時と女児の時では、やはり魔力の質が少し違うように思いましたわ。」
「質ですか?五星とか四星の質ではなくて?ぼくは、五星とか四星とかの質の違いなら分かりますが、五星の質は、お祖父様たちも、ミューラ様もノーストキタ公爵様もみんな同じに思います。量が違うだけで。」
「その質ではないですわ。ちょっとした個性と言うか、例えば威圧する時と、そうでない時と同じ魔力量でも感じ方が違いますわよね。」
「はい。圧迫感があります。ですが、その違いだけで、特に魔力の質が違うとは思わないです。」
「そうですか。では、昨日、私が初めてフィオナ王女様の魔力に触れた時と、その後の時の違いは、どう使い別けているのですか?」
「特別に変えているつもりはないです。自分の魔力で包み込んで、拘束して威圧しているのと、拘束しないでゆっくり優しく魔力を送っているだけの違いです。フェリオもフィオナも同じですよ。フェリオの場合も感じてみますか?」
「…いえ、遠慮いたしますわ。」
「あっ、すみません。そんなに怖かったですか?」
「ええ、まぁ…」
「だからダメだってミューラ様には言ったのですよ。ノーストキタ公爵様、ごめんなさい。」
「フェリオ王子様、昨日から少し気になっていたのですが、普段、母を名前で呼んでいるのですか?」
「はい。一番最初に名前で呼ぶように強要させられました。本当は『様』も要らないって言われました。人前では、『ミューラ大叔母様』と呼ぶようにしてますが、二人だけの時はミューラ様で、『ミューラ大叔母様』と言うと嫌がって拗ねたようなお顔をなさるのですよ。『大叔母様』だけなら呼び直しです。ミューラ様は、きっと、お名前で呼ばれるのがお好きなのですね。」
『馬鹿、馬鹿だわ、お母様は。こんな子供に名前呼び強要なんて。…でも、私も、フィオナ王女様に名前で呼んでもらいたいかも?』
エリアノーラは、また複雑な気分になった。




