105.フェリオの苦悩
夜、自室で一人フェリオはノースリーブのシャツ一枚にハーフパンツ姿で鏡の前にいた。
ゆっくりフィオナになってみる。剣術で鍛えた男児らしい体から女児の体に変わる。まだ九歳なので、男児の時とほとんど変わらないと言えばそうかも知れない。
また、ゆっくりフェリオの体に戻す。
鏡の前には、見慣れた姿のフェリオがいる。どこからどう見ても、いつもの自分自身の姿だった。幻影魔法の練習を始めてから、フィオナでいる時間は短くなった。だが、幻影魔法の練習中は、フィオナの姿でずっと鏡に写ったフィオナとにらめっこだった。
九歳になって4ヶ月が過ぎた。魔力を使わなければ、昼間でも七時間くらいフィオナの姿になれる。初めてフィオナの姿を取り戻して二年と4ヶ月。あの頃より魔力量がかなり増えた。そして、フィオナの姿とフェリオの姿では、全く魔力量が変わってきつつある。フィオナとフェリオの差を自覚するくらいには違ってきている。フェリオの体の魔力量は、七歳だったあの頃とほとんど同じだ。フェリオの体は、魔力を制限されているように感じる。
対して、フィオナの体は、自由だ。体の成長に合わせて魔力量が増えていると感じる。フィオナの魔力量は、フェリオの魔力量の1.3倍くらいだろうか。
もう一度、フィオナの姿になって鏡の前に立つ。この姿も自分自身だ。七年間、いや、今もほとんどフェリオの姿で生活しているので九年間自分はフェリオだ。にもかかわらず、フィオナの姿も自分自身だと体と心と魔力が認識する。フェリオの時より魔力が体に馴染む。気持ちも変わってくる。フィオナの体と心と魔力がフィオナの姿でいたいと言う。
男がいいのか、女がいいのか分からない。
分からないことが逆に中途半端に思う。男児の姿の時は、フェリオでいたいと思い、女児の姿の時は、フィオナでいたいと思う。
分からない。本当に分からない。どっちでもいいと言われ、好きな方を選べと言われても、選べない。
『フィオナちゃんの基本は、フィオナちゃんではなく、フェリオ王子なのよ。
それとも、フィオナちゃんの姿で学校に通いたいの?フィオナちゃんがフィオナちゃんの姿で生きることを望むなら、幻影魔法も、無理しなくていいのよ。来年の1の月からフィオナちゃんとして学校に通うことも出来るわ。フェリオ王子は大病を患い、王位継承権を放棄して静養とかにすれば、フィオナちゃんが王太孫として立つことも可能よ。』
大叔母ミューラは、先日、フィオナにそう言った。
そして、フィオナは、
『いえ、私は。私は、ずっとフェリオとして生活しているので、別にフィオナじゃなくてもどっちでも大丈夫ですわ。まだ選べないです。フェリオで過ごす時間の方が長いし、慣れてますが、魔力に関して言えばフィオナがいいですわね。特に、幻影魔法の練習はフィオナの姿の方が魔法が楽ですわ。学校から帰って来て、フィオナの姿になった途端にフェリオより魔力量が増えますわ。』
と、答えた。
大叔母には、それ以上言わなかったが、本当はまだ続きがある。
フィオナの姿になって魔力量が増えた時、フィオナは思うのだ。
『ああ、やっぱりこの姿が本当の私。魔力が体に馴染む。フェリオの姿は、父上の呪詛による呪われた姿。』だと。
体をフェリオの姿にして、鏡の前に立つ。見慣れた姿に安心する一方で何かに押さえつけられているようにも感じる。いつの頃からそう思うようになったのだろうか。自分の意志でフィオナの姿になれるようになった頃だろうか。
フェリオの姿の時は、フェリオの体でいたいと思う。物心ついた頃からずっと慣れ親しんだ体が言う。お前が王だと。王だ。王になれと。王となり国を守れと。身を鍛え、精神を鍛え、魔力を鍛え強くなれ。強い王となり全てをお前が守れと体が言う。フェリオの姿の時は、魔法より剣術などで体を動かす方が好きだ。選択授業も五星なので魔法を選んだが、本当は体育の授業を選びたかったくらいだった。
ちくしょう。
何で、ぼくの体を男にしたんだよ。
そのくせ、自分は死んでしまうなんて、無責任過ぎるよ。
父上なんか、大嫌いだ。
ちくしょう。
母上、母上が生きていたらこんなことにならなかったのですか?
いえ、母上と兄上が亡くなったのは、ぼくが五星だったからですよね。
ぼくが五星なんかでなければ、よかったのに。
母のお腹の子供の魔力がどんどん増えていくことを想像する。
申し訳ありません、母上、兄上。
怖かったですよね。五星の魔力なんて。
ちくしょう。
ベッドの上の枕を殴る。どうすることも出来ない怒りが込み上げてくる。
自分が王位を継ぐ。それは、自分が王子でも王女でも変わらない。変わらないが、どちらが正しいのか分からない。母が生んでくれた王女のまま王位を継ぐべきなのか。それとも、父が望んだ王子の姿で王位を継ぐべきなのか。王子の姿は呪詛だ。父は、生まれたばかりの娘フィオナの魔力を己の魔力で拘束し強く恨んだのだ。おそらく、母と兄を殺した五星として。男児の姿に替えたのは、兄を殺した責任をとれという意味だろうか。エルザは、呪詛をかける人ではないと父のことを言っていたが、実際は、違う。父は、フィオナに呪詛をかけた。そして父は亡くなった。
ちくしょう。
父上に会って父上が本当は何を考えていたのか聞きたい。
母上にお会いして母上が本当は何を思っていたのかお聞きしたい。
母上は、本当に自分を愛してくれていたのだろうか。
エルザは、母上が亡くなる前に自分を愛していると言ってくれていたと言っていた。
もし、そうなら、直接母上にそう言ってもらいたい。
母上に抱き締めてもらい、愛していると言ってもらいたい。母上に会いたい。母上に会ってゆるされたい。父に王子にされた自分の姿も受け入れて欲しい。母上に会いたい。母上、母上…。
フェリオは、この日を境に幻影魔法が出来なくなった。




