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第3話  連続強制イベント

部屋の外では自由度ゼロとは‥

(さて、いま俺はどういう状況にあるんだろうか?)


 俺もオタクのはしくれだ。ゲーム世界への転移という否定しようのない現実をあくまで拒むような、そんな非生産的な行動に出るつもりはない。だが、ムダに死にたくもない。もとの世界に戻れるかどうかはわからないが、死んだらたぶんそれまでだ。


(本編をクリアしたときはレベルを上限一杯の百にしたはずだが、ステータスなんて見られるかな)


 俺は試しにクリア直前のステータスを思い出そうとしてみた。するとあら不思議、目の前に仮想ディスプレイが浮かび上がってくる。そこにはレベルカンストのステータスと取得した無数のスキルや魔法が記されていた。魔王の本拠地に入ると急に苦しくなるが、そこまでは一人で無双できるいかにも勇者な能力値である。


(ふむ、これなら何があってもすぐに死ぬことはないだろう。アイテムはどうかな?)


 ディスプレイをスワイプしてみると、画面がアイテムリストに切り替わった。捨てるほどにたまったアイテムが列記されている。試しに「守護の腕輪」をタップしてみると、文字が暗転し、腕に勝手に装備された。


(ゲームのシステムそのままだ。信じられないことだが、ここはクリエイターが作った世界ということだろう。それなら、もとの世界に戻る希望はある。やはり当面は「死なないこと」を最優先だな)


 緊張がやわらいだせいだろうか、そこで急速に眠気が襲ってくる。


(明日は侍女が朝食を持ってきてくれたあと、王宮の中を移動して何人かと会話、か。強制イベントだから勝手なことはできないだろうな。それが終わったあとになにができるか、だな)


 俺は眠気に抗うことなく意識を手放した。




 翌朝、想定とおり運ばれてきた朝食をたいらげ、俺は部屋の扉のノブを回してみた。実は、朝食前まではどうやっても動かなかったのだが、今度はあっさりと回る。


 廊下に出た俺は足の向くままに歩き出す。いや、本当に足が勝手に動いているのだ。そして角を二つほど曲がると、リリアーナ王女が侍女を伴って歩いているところに出くわした。想定どおりだ。


「勇者どの、よく眠れましたでしょうか? お疲れはとれましたか?」


 記憶どおりのセリフだ。俺は当然頷く。それしかできない。


「……何か困ったことがありましたらご相談ください。こちらのモーリアににわたくしに取り次ぐよう申しつけておきます」


 そうそうモーリアさんだったな。侍女の名前まで明かされるので、これはイベントありだと期待してぬか喜びに終わったのは苦い想い出だ。またまた頷いてみせると、リリアーナ王女は軽く会釈して去って行った。




 さらに先に歩を進めると、近衛騎士団のエミリア後宮総括がやってきた。うーん、やっぱりカッコいい。生身だと存在感が増すなぁ。


「これは勇者どの、このようなところでどうされた?」


 答えようがない俺は首を横に振る。いや、首が勝手に横に動いた。


「そうか」


 いや、「どうした?」という問いに首を横に振ったのを見て「そうか」って意味わからないけど。


「ところで、わたしは強者と剣を合わせるのが好きだ。勇者どのも強者の雰囲気を纏っておられる。機会があれば一度お手合わせ願いたい」


 いまはともかく、一周めはレベル一の超弱者だったと思うが、是非もない。首は勝手に縦に動く。


「そうか! 勇者どのの部屋の隣は近衛の詰め所だ。いつでも声をかけてほしい。団長は滅多に顔を出すことはないから、気楽に来てもらいたい」


 エミリアさんは嬉しそうに立ち去っていった。どちらかというと脳筋に振れている人なのだろうか。しかし、プレイ中はしょせん人物紹介の会話だと決めつけていたが、いまのは比較的貴重な情報だったな。




 ゲームどおりに進む王宮散策。最後のはずの次の遭遇は第一王子ヨハンのはず……ああ、来た。


「貴様、まさか此度こたびの件を利用して成り上がろうとか考えてはおるまいな?」


 いきなりだな、おい。知っているセリフとはいえ、顔をあわせるなり言われると違和感がバリバリだ。だが俺はおとなしく首を横に振る。


「ならばよい。貴様はしょせん道具だ。母上やシルフィアはともかく、わたしは大きな期待はしていない。みっともなく逃げ帰ってきたところで何も驚かん」


 ずいぶんなお言葉であるが、俺はただただ頷いてみせる。ヨハン王子はそのまま立ち去っていった。俺の足も勝手に動き出し、部屋に戻っていく。いやはや、身をもって体験すると、ゲーム的な散策パートが如何に不自然か実感するなぁ。




 部屋に戻ったところで情報を整理し、今後の動き方を考える。もうしばらくすれば、シルフィアが昼食の誘いにやってくる。そのあとはシルフィアが俺を街に連れ出す。戻ってくれば、あとは「サテラをよぶ」かどうかだ。シルフィア待ちで部屋から物理的に出られないいまの状況を考えれば、自由行動はできないだろう。



 先ほど会話イベントが発生した三人の印象を整理してみる。女王とシルフィアの思惑を知っているかどうかについては、リリアーナとヨハンは判断保留、エミリアはおそらく聞かされていない。だから、エミリアの立ち位置はニュートラルといったところだ。ただ、騎士団長についてのコメントを見ると、エルナンド侯爵との関係は良いとは思えない。


 王族二人はシルフィアたちの思惑を知っているかどうかで印象が別れる。知らなければリリアーナはただの優しい王女、ヨハンはDQNだ。だが知っていればどうか? リリアーナはその思惑に批判的で助けの手をさしのべようとしている可能性がある。ヨハンはツンデレで「無理をするな、逃げ帰ってもよいのだ」と言っているとも解釈できる。男のツンデレはあまり需要はないんだがなぁ。


 明日以降は、シルフィアによるこの世界の情勢の講義、魔法室長とシルフィアによる魔法の講義と実技訓練、武術訓練、壮行会とスケジュールは一杯だ。三日間がすべて朝から夜まで潰れることになる。四日目の朝には旅立ちだ。すべてのイベントにシルフィアが絡んでいることを考えれば、おそらく明日以降も自由行動はない。したがって王族二人の腹の中を確かめるチャンスも残念ながらない。


(いずれ確かめるチャンスは来る。でなければ俺が主人公としてここにいる意味がない)


 あの悪意に満ちたゲームのクリエイターが、ただ勇者を追体験させるためだけにこのような仕掛けを作ったはずがない。何かあの本編と違う要素はある。そしてここしかないというチャンスがある。

 逆に、いま焦ってもダメだ。たとえば、転移を使えばこの部屋からはおそらく出られる。自由に動けるかもしれない。だが、この部屋には内部の様子をうかがう魔方陣が天井裏に描かれている。まだよけいな警戒心を抱かせるタイミングではない。




「シルフィアです。昼食のご案内に参上しました。食堂までご案内がてらご一緒させてくださいな」


 ノックの音に続いてサテラが扉を開けると、そのむこうにはシルフィアが極上の笑顔で立っていた。ただ笑顔を浮かべているというのではない。その微笑が誰に向けられているかを無理矢理にでも認識させる、「明確な指向性を持った笑顔」だ。心の用意ができていなければ、これだけで陥落しかねない。


 さて、強制イベントだらけの三日間のはじまりだ。じっくり見定めさせてもらおう。




お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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