第2話 無口な勇者のたどる道
説明回みたいなものです。PCの前で主人公が経験した「なんじゃこれ」を時間を追って……。
「Silent Brave-無口な勇者の冒険譚」は、いわゆるX指定美少女RPGだ。主人公の勇者が仲間と共に魔王を倒す旅に出る。初期パーティーは神官のシルフィア、騎士のエルナンド侯爵ラウル、魔導師ミルキスの三人で、次に立ち寄る街アーベルとその次のリムールでスカウトの猫獣人ノエル、ドワーフの斧使い少女エメラが加わる。この六人パーティーは最後まで固定である。
タイトルどおり、主人公は無口だ。悪魔を召喚したり合体したりするゲームの初期作品のように、主人公はゲームを通じてひと言も話さない。というか、タイトルに「無口な勇者」としている時点で明らかにオマージュだ。問われれば頷くか首を横に振るか、そして喋らずとも相手が勝手に意を汲んでくれる、人見知りの人には非常にありがたい仕様となっている。
ゲームの中身はといえば、「なんじゃこれ?」である。ただ、その意味するところが徐々に変わっていく。初回プレイはサクサク、ゆるゆるで、美少女ゲー初心者にもRPG初心者にも優しい、いや、優しすぎる仕様だ。レベルはサクサク上がって戦闘は楽勝。ヒロインを落とすADVパートも、某星の海系ゲームの個人行動もどきで攻略相手を選んで一緒に行動し、けっこう自明な選択肢を選びさえすれば相手は脚を開く。六人パーティーとなったあとに立ち寄る四つの街でそのつど個人行動があり、濡れ場も四回。同じ相手と回数を重ねるごとに濃さもアップしていく。
ゆるすぎる難易度に「なんじゃこれ?」と思っていた俺だが、初回のラストで魔王に返り討ちに遭い、死んだ俺を攻略したヒロインが思い出す、というバッドエンドにハマったとき、「なんじゃこれ?」の意味が変わった。ヒロインを変えても同じだった。
悩んだ俺は、街ごとに攻略対象を変えてみた。いわゆるハーレムプレイだ。これはうまくいくかに見えた。街ごとに違うヒロインが脚を開き、魔王との最終決戦の前夜に行われる四人プレイにたどりついたときには、これは正解だと確信した。だが、魔王との戦いでは劣勢に立たされる展開は変わらず、玉砕覚悟で攻撃をかけようとする勇者を四人のヒロインが引き戻して撤退する。死にはしないし、そのあと追放されたり虐げられたりもしないが、後日譚として新しい勇者の召喚と、その影で存在感を失っていく主人公のことが伝えられる。まあ、ノーマルエンドだ。またまた「なんじゃこれ」の意味が少し変わった。
最初は避けていたサテラとのイベントも、すべて起こしてみた。都合四回「サテラを呼ぶ」を選択してみたが、これは主人公の性技レベルを上げるだけ。その後の個別ヒロインとのベッドシーンでバリエーションが増えるだけだった。どうやっても、結果は変えられない。
やけくそになった俺は、いかにも好感度を下げる選択肢を選びまくってみた。ここにいたって難易度は上がる。ヒロインの好感度は、戦闘力と直結している。某ナンチャも同じだ。
そして街ごとに対象を変えて全員の好感度を下げて挑んだとき、大きな変化があった。決戦前夜、四人のヒロインは主人公のもとを訪ね、それぞれが主人公を慕っていたことを告白し、四対一でほとんど無理矢理に関係を結ぶ。無口な主人公は何も言いつのることができず、混乱したまま魔王との決戦に臨む。
魔王と対峙した主人公は個別ルートと同じように特攻をかける。だがその直前、ヒロイン四人がそれぞれ自分の思いを主人公に託し、それを背負って魔王に打ちかかる主人公は強い光に包まれる。そしてシーンは後日譚に切り替わり、パーティーメンバーが復興のために力を尽くしている様が描かれる。主人公の生死は明らかにされない。魔王が倒されるという意味ではトゥルーエンドだ。全く納得はいかず、いままでとはまた違う「なんじゃこれ?」だが……。
割り切れない思いを抱きながらタイトル画面に戻った俺を待っていたのは「外伝」という新しい選択肢だった。新しい展開に当然のようにその選択肢を選ぶと、パーティーメンバーそれぞれの視点での旅が選択できるようになっている。どうやら最後の「なんじゃこれ?」がトゥルーエンドだったと想像できる展開だ。これまた少し違う「なんじゃこれ?」である。
当然のように新しい物語に挑んだ俺を待っていたのは、想像を超える「なんじゃこれぇぇぇ!!!?」だった。
そこに描かれていたのは、パーティメンバーの誰ひとりとして主人公にプラスの感情を抱いていないという衝撃の事実だった。そしてそれぞれが本編では巧みに隠されていた大なり小なりの人間として破綻した部分を持っていることもわかる。
異世界人の主人公を同じ人間と見なしていない男好きのシルフィアは、現在進行形でエルナンド侯爵と関係を結んでいるが、これは快楽と打算からである。自分と家族以外は利用する対象としか考えず、利用価値があると思う男はためらいなく脚を開いて籠絡する。価値がなくなったところで後腐れができないように確実に殺す。そしてそのつど自らの聖魔法で秘部の失われたものを再生し、リセット処女となる。次の男は、「処女」のシルフィアを絶頂に押し上げて有頂天になり、術中にハマる。その繰り返しだ。
エルナンド侯爵は選民思想の強いいかにもな高位貴族だ。少しでも目についた女性を金と暴力、そしてその爽やかな外見でものにする色情魔だが、飽きれば猟奇的な扱いを加えた上で殺す。死人に口なし。だから悪評も広がらない。いまはシルフィアの躰に身も心も溺れており、旅への同行もベッドの中で持ちかけられたものだった。シルフィアが主人公に向ける笑顔の偽りを読み取れない鈍感なこの男は、徐々に主人公に憎しみを募らせていく。
ミルキスはシルフィアと同様の差別主義者で魔法のために人体実験を繰り返す魔法狂だ。自分の満足のために他人の人生を台無しにすることなど歯牙にもかけない。旅への同行は、召喚の準備過程で発覚した巨額の研究費不正利用を罪に問わないこととの交換条件だ。勇者召喚さえなければバレなかったと、召喚をした王家ではなく勇者を逆恨みしている。
王宮組に比べると途中からパーティー入りする二人はニュートラルだが、よりタチの悪い背景を持っていた。ノエルは調薬師としても傑出していたが、同時に自分で調合した毒で人が死ぬのを目の前で見るのが大好きという性癖を持つ。ちょっとしたことで逮捕されて死罪が決まっていた彼女は、犯罪奴隷として同行していた。従属対象はシルフィアだ。
そしてタチの悪いメンバーの中でもある意味でエメラがいちばんひどい。ドワーフという種族とその邪気のない面立ちから表裏のない実直な攻め一辺倒の戦士に見えるが、実はシリアルキラーであり流れの暗殺者であり結界魔法の使い手なのだ。パーティー戦闘においては壊す快感のために斧を使っているが、実際は武器を選ばない。すべての価値観は金に収斂し、後腐れない状況で金を積まれれば目の前で依頼主を裏切ることも厭わない。そしてこの旅の間、彼女は多額の報酬でシルフィアの指示に従っている。
ゲッソリしながら外伝をプレイし終えてタイトル画面に戻ると、今度はなんの変化もない。が、こころなしか「ニューゲーム」の文字が鮮明さを増しているような気がした。
(この裏の事情をわかってプレイするのも一興かも)
俺は「ニューゲーム」の囲み文字をクリックした。そして今に至るというわけである。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!