第一話
「エミィの世界 ~国の借金問題を小学生が学んでみた~」の続編です。
https://ncode.syosetu.com/n8297fk/
学校も会社も休みの土曜日。
天気も良く、気持ち良く暖かい午前中に、愛蒔家のリビングにて、小学五年生のエミィとそのママの二人がテレビを見ながら、くつろいでいる。
テレビはニュースを放送し始める。政治家の一人が、消費税増税の延期を示唆した。すると、そのことを別の政治家や学者、財界人がこぞってその政治家を批判する内容になっていく。
そして最後に官房長官が、『リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り、十月に十パーセントに引き上げる予定だ。政府の方針にまったく変わりはない』と言って締めくくられた。
「不景気に拍車がかかって迷惑だから、どうにかならないかしら。それでも、やっぱり、社会保障の財源として消費税増税は仕方ないのかなぁ」
ママが言った。
「それはフェイクニュースだと思うよ」
エミィは即座に言った。
「え、どうして?」
「パパがそう言っていたもん」
「どの辺がフェイクニュースなの?」
「どの辺って?」
エミィは質問を質問で返した。
「例えば、不景気にならないとか、社会保障の財源として不足だとか」
「消費増税したら確実に不景気になると思うけど」
「社会保障費の財源が消費税増税だけじゃ足りないってこと?」
エミィは顔をしかめる。
「うーん。ママ、完全にマスコミのフェイクニュースに騙されていると思うよ」
「ママがフェイクニュースに騙されているって、誰に騙されているって言うの?」
「多分マスコミかなぁ」
「マスコミって、テレビや新聞がこぞって消費税増税を必要って言っているのよ」
「テレビや新聞だって人間が作っているんだよ。間違うことだってあるよ」
エミィは、『国の借金問題』を勉強したとき、テレビや新聞、大人が嘘を吐くことを理解していた。
正しいことか、間違っていることか、それはファクトを調べるしかないと理解していた。
「どうせ、パパの受売りでしょ。もう。そういうところパパにばかり似て!」
ママは悔しそうに言う。
「おなか減った~」
パパが、リビングにやって来て言った。
「パパ。どうしたの? まだお昼ご飯には早いと思うけど」
エミィが尋ねた。
「仕事が忙しくて、今日はまだ朝ご飯食べてないんだよ」
パパが答えた。
ママは、ダイニングキッチンへ行く。
「パパ。トーストで良い?」
ママが尋ねた。
「ありがとう」
「おかずは、私たちが食べたのと同じおかずね」
「了解~」
パパは、すでにお皿に盛られ、ラップされているおかずを見つけると、レンジに入れて温める。
ママは、食パンをオーブントースターに入れて焼き始める。
「そうだ。パパ。さっき、消費税増税を延期をするかもって言った政治家がテレビで批判されていたのよ」
「へえ。まともな政治家もいたんだねぇ」
パパは冷蔵庫の方へ歩きながら言った。
「消費税増税を延期するのが正しいの?」
ママは、パパの食事の準備を手伝いながら言った。
「うーん……、そうだね。まずは延期。できれば凍結できると良いね」
「消費税増税をやらない方が良いってこと?」
ママは驚き尋ねる。
「その通りだよ」
「で、でも、そんなことしたら、国の財政はどうなるの? 借金が多くて破綻しそうなのに」
ママは驚き尋ねる。
「それは、エミィちゃんのこの前の宿題のレポートを見れば、わかるよ。財政は破綻しない」
「破綻しないよ~」
エミィが口を挟む。
「そ、そうなの。後でそのレポート見せてね」
そう言うとママはもう一度考え込む。
レンジもオーブントースターも立て続けにチンとなる。
パパとママの二人は、パパの食事の準備を手際よくする。
「でも、さっきテレビで、日本商工会議所の会頭が『将来世代にすでに過大な負担を先送りしている。そんなことを繰り返すべきではない』とか言っていたし、財務省幹部も『今回増税できなければ、日本の未来はない』て言っていたわ」
「日本商工会議所の会頭の言葉も、財務省幹部の言葉も、フェイクニュースだね。同じくエミィちゃんの、この前の学校の宿題レポートで解決」
「でも、パパ。社会保障の財源が足りなくなるって言っていたわ」
「社会保障の財源を間接税で賄っている国は、日本しかないよ。社会保障の財源が足りなかったとしてもそれを消費税にするのは間違い。どうしてかと言うと、国の経済が不安定になってしまうからね」
「どうして不安定になってしまうの?」
「ビルドイン・スタビライザーとしての機能が一切ないからね」
ママとエミィは意味が分からずキョトンとする。
「パパ。ビルドイン・スタビライザーってどういう意味?」
「エミィちゃん。良い子だ。良い質問だね~」
パパはエミィを褒める。
パパは疑問に思った事を聞いたり、調べるように仕向けるために、質問をするとエミィを褒めるようにしていた。
「まず、スタビライザーとは、安定化装置という意味で、そして、ビルドインというのは、備え付けのと言う意味。ビルドイン・クローゼットとかビルドイン・コンロとか言うので使われるビルドインと同じね。それをくっ付けて、備え付けの安定化装置というのが、直接的な意味」
エミィもママを興味津々に聞いている。
「税金の役割の一つに、『景気を調整する』と言うのがあってね。景気が良い時には増税し、景気が過剰に白熱しないようにしたり、景気が悪い時には減税し、景気を盛り上げるということをするんだよ。それを人間が事あるごとに、増税したり、減税したりすると大変だよね。と、言うよりむしろころころ税制を変えられないよね。だから、税金の仕組みで景気が良くなっていっぱい儲かるようになったら税金を多く取り、景気が悪くななってあまり儲からなくなったら税金を少なくするようにできる仕組みを作ったんだよ。その仕組みが累進課税というんだよ。だから、所得税や法人税は累進性があり、ビルドイン・スタビライザーとしての機能があるんだ」
「なるほど~」
エミィが納得する。
「消費税には、なんでビルドイン・スタビライザーとしての機能がないの?」
「そりゃ、消費税には逆進性があるからだよ」
「逆進性って、低所得者の負担が重いって言うのだよね?」
ママがそう言うと、パパは、言葉を詰まらせる。
「うーんとね。そういうフェイクニュースが日本中を席巻しているその逆進性だね」
ママは顔をしかめる。
「『低所得者の負担が重い』もフェイクニュースなわけ?」
「残念ながら」
「えー! 本当?」
「それなら、低所得者ってどういう意味?」
パパが尋ねる。
「所得が少ない人のことでしょ」
「いや。そんな、辞書を調べればわかることを聞いているんじゃないんだよ。例えば、年収四百万円の人は低所得者なのか?」
「え……、さあ」
ママは困る。
「年収二百万円の人にとっては、高所得者だし、年収一千万円の人から見れば低所得者ななんだよ。つまりね、こういう話をするときは、所得がいくら以下って定義されていないとダメなんだよ」
「なるほど」
「ついでに言うと、負担って言うと、どんな負担?」
再びパパが尋ねる。
「実際に消費税を支払う金額のことかな」
「そうだね。普通はそう思うだろうね。でも、年収二百万円の人が一年間で二百万円を消費に回したとして、大富豪が高級車、車一台を買ったら、たぶん高級車車一台分の消費税だけで、実際に消費税を支払う金額は大富豪の方が多いよね。もちろん、トータルなら尚更だ」
「あ、そうか。実際に消費税を支払う額じゃないんだ。それじゃあ、負担ってどういう意味なの?」
「知らない」
「えー! 知らないなんて無責任な」
「無責任と言われても、そもそも『低所得者の負担が重い』て言うのがフェイクなんだから、その細部に意味がちゃんと定義されているわけないじゃないか」
「それじゃあ、定義されていないって知っていて質問したの。ひどーい!」
「酷いじゃなくて、フェイクだって納得してもらうために質問したんだけど」
パパは苦笑する。
「他にもフェイクニュースがあるんだけど、例えば『消費税の逆進性は、生涯賃金で考えれば、トントンになる』ていうのもある」
パパは言った。
「それもフェイクニュースなの?」
ママが尋ねる。
「このフェイクニュースの大元になったと思われるレポートを見ると、世代間格差は生涯賃金で考えるとトントンになるって言っている。でも、消費税の逆進性で問題になる格差は、所得間格差であって、世代間格差じゃないんだよ」
「問題になる格差の種類が違うから、生涯賃金で考えても意味がないってことかしら」
「ま、そういうことだね。ついでに言うと世代間格差がトントンになるって話も眉唾ものだと思うけどね」
ママは絶句した。
「ここでポイントとなるのは、世代間格差がトントンになるという話題で、消費税によって拡大し続ける所得間格差が問題ないと誤解させるフェイクニュースだということだよ」
「ひどーい」
エミィが言った。
「それじゃあ、消費税の逆進性の本当の意味は、何なの?」
ママが尋ねた。
「困ったら、ネットで調べたら良いんだよね」
エミィが言った。
「うーん」
パパは困ったような表情をする。
「それじゃあ、パソコンを持ってきて一緒に調べるか」
パパがそう言うとエミィは喜ぶ。