魔法で喧嘩
「待ちなさい! 君たち!」
俺は四人の前にまるでヒーローのように参上した。
「誰だてめぇ?」
先ほど、西宮の身体を取り押さえた、若松の取り巻きの一人が俺の正体を訊いてきた。
「私の名前はフレデリックポール! 私は悪を見逃せない性分でね。その人の財布を返してももらおうか」
俺は偽名を使って名乗ることにした。学校で同姓同名の人とかはいないよな? いたら迷惑を被るだろう。
「お前、見ない顔だな。一年か?」
若松が訝しげに俺の方を見つめ、俺の学年を訊いてきた。
「いかにも」
そう答えると、若松はフンと鼻で笑った。
「お前。俺を誰だと思っている。俺は二年竹組の若松清様だぞ。痛い目を見たくなかったら失せな」
「ふん、これを教師に見られてもいいのか?」
俺はスマホを取り出し、とある動画を再生した。
動画には三人が西宮からカツアゲしている様子がしっかりと納められていた。
さっき俺はスマホに魔法、『スコープ』を掛け、動画を撮影した。
スコープは俺が目で見ている様子をカメラ機能が付いているデジカメやスマホで撮影することができる。
俺はなかなか目が良い為、普通に撮影するよりも良い画質のものが撮影できる。
動画を見ていた若松達は焦りの表情を浮かべた。
「てめぇ!」
取り巻きの一人が殴りかかってきた。
ぽっちゃりしたの身体で、さっき西宮の財布を取り上げた奴である。
俺は軽くパンチを避け、奴の頭に手をかざした。
「ドランク」
呪文を唱え、手のひらから魔法陣を発生させた。
魔法陣は奴のあたまに触れた。
「う! なんか、気分が悪くなった......」
奴は地面にしゃがみ込んでしまった。
ドランクは一時的に相手の気分を悪くする魔法である。
具体的にどうなるかというと、乗り物酔いしたときと同じ状態になる。
「おまえ、杖なしで魔法が使えるのか......」
若松が驚愕の表情で俺の方を見た。
そうか、一年で杖なしで魔法を使うのは珍しいのか。初めて知った。
すると、今度は痩せ型の方の取り巻きが後ろから俺の身体を取り押さえた。どんだけこいつ身体を取り押さえるのが好きなんだ。それしか脳がないのか?
「若松さん! 今のうちにこいつをやっちゃってください」
おいおい、随分かっこいい場面っぽいじゃないか。どっかのバトル漫画のようだ。
身動きできないところをやろうってことか。
「おい、一年。この若松様の力を見せてやるぜ。エンハンスト......」
呪文を唱えると、若松の身体が少し大きくなったように見えた。
若松も魔法の杖なしで魔法が使えるらしい。
それにしてもこの魔法。もしかして身体強化の魔法か?
「くらえ!」
勢いよく若松が俺に殴りかかってきた。
うん、これをまともに受けたりさすがに痛そう。痛いのは嫌だ。
「バニッシュ」
俺は若松の少し後ろの位置に瞬間移動した。
バニッシュは一定の範囲内で瞬間移動することができる。
しかし、一度使うとしばらくの間、バニッシュを使用することはできない。
勢い余った若松はそのまま、俺の身体を取り押さえていた取り巻きを殴ってしまった。
「うがぁ!」
数メートルほど取り巻きは吹っ飛んだ。
「井原ァ! くそ、てめぇよくも!」
どう考えてもお前のせいだろうが! 俺はそう自分に言い聞かせた。そうでないと少し罪悪感で苛まれそうだ。
「待て! 私は君たちが取った財布さえ返して貰えばそれでいい。返してくれさえすればさっき動画は教師にはみせない。どうだ?」
「......」
若松は少しの間、黙り込んだ。
「勿論、次に君たちがこの人にカツアゲをしようものなら今度は容赦なくさっきの動画を見せる。どうだ?」
まぁ、選択の余地はないだろう。
若松は目を瞑り、チッと舌打ちをした。
「分かった、いいだろう。交渉成立だ」
若松は西宮の財布を俺の方に投げつけてきた。
俺は財布を受け取るとすぐに中身を確認した。
確かに三万円入っていた。
「いいか。お前、絶対に教師に動画を見せるんじゃねぇぞ。約束だかんな」
そう言い放ち、若松達は去っていった。
俺は財布を西宮に返すことにした。
「はい。君の財布だ。災難だったね」
「ありがとうございます! あなたのおかげでお金を取られずにすみました」
西宮は深く礼をした。
「なに、礼には及ばないさ」
「ところでフレデリックさんはどこのクラスなんですか?」
やべぇ、クラスを聞かれた。適当に松組か竹組ってことにしておくか。
でも、もし会いに来たらやばいかもしれん。
「えーっと、だな......」
「え! 藤嶋くん?」
その時、俺はデスガイズの効果が解けていることに気づいた。デスガイズには制限時間がある。
「藤嶋くんが助けてくれたの?」
やばい、ばれた。
それにしても西宮の奴、入学初日だってのに、俺のことを覚えててくれてたのか。
できればここは忘れてて欲しかったが。
あんまり魔法を使っているところは他の人に見られたくなかったが仕方ない。
「ああ、そうだ。同じクラスだし、ほっとけなくってな」
「そうなんだ、助かったよ。藤島くんってもうあんなすごい魔法使えるんだね! これ少ないけど」
すると、西宮は一万円を差し出してきた。
西宮のポケットマネーの三分の一の額である。
「それは受け取れない。それよりもお願いがあるんだが、いいか?」
俺は真剣な表情で西宮のことを見た。
「え......うん」
「今日のことは他の奴には話さないでくれ。俺が不良を追っ払ったこと、魔法を使ったことは絶対に内緒だ」
「う、うん。分かった。けどお願いってそんなことでいいの?」
「ああ、勿論だ」
西宮が少し申し訳なさそうな顔をした。すると、若宮がスマホを取り出した。
「あの......藤嶋くん、良かったら僕と連絡先交換しない?」
「ああ、別にいいぞ」
俺もスマホを取り出し、連絡先を交換した。
「さっきの動画、一応送っておいた方がいいか?」
「い、良いよ! そんなの」
「そうか、分かった」
俺はスマホをしまった。
「それじゃ、また明日学校でな」
俺は本来の予定だった古本屋に行こうとした。
「ねぇ、藤嶋くんは今日、この後、予定あるの?」
「これといって予定がないから古本屋に行こうと思ってたところだ」
「それじゃあさ......良かったら一緒にカフェにいかない。さっきの俺に奢りたいんだけど」
照れ臭そうに西宮がカフェの誘いをしてくれた。
こいつ、ちょくちょく仕草が女子っぽくて、ちょっと可愛いな。
「それじゃ、ご厚意に甘えさせていただきます」
そんなわけで俺と西宮はカフェに向かうことにした。
それにしても入学一日目で一緒にクラスメートとカフェに行くとか、これは楽しい生活の第一歩なのだろうか......いや、多分、違うな。