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♪~
すぐ側でスマホのアラームが鳴っている。
最初は、心地よい音だが、時間が経つに連れて騒音になってくる。残念、今日はここまでか。現実の世界へと意識を浮上させていった。
「よいしょっと」
一見、おじさんくさい声を出しながら、まずはアラームを止める。
何回も鳴っていたのだろう。スマホは、予定の時刻を20分も過ぎていた。現在8時20分。
「・・・・・!? げっ、やばっ!」
寝ぼけた頭が、一気に覚醒する。
今日の講義は2校時だから、まだ余裕なんだけど、八宵と約束してたんだ。朝、話があるって。
寝間着を脱ぎ散らかして、タンスを漁る。適当に手に取ったものを組み合わせて着ていく。
5分もたたずに、よし、完成だ。バタバタと階段を降りる。
既に皆でかけたようだ。いつもなら「うるさい」という声が飛んでくるのだが。それが、ない。
テーブルにあった菓子パンをバッグに押し込んで、玄関へ。
お気に入りのキーホルダーを手に取る。
くるっと静まり返った家を振り向き、一言。
「いってきます」
こうして、私こと七緒の慌ただしい一日が始まった。
**************
あ、っとすみません。初めまして。
私、伊吹七緒と申します。
歳は、ふふふの20歳!ピチピチでございます。あっ、死語が。。
某大学の2年生であります。よろしく。
そして、あの時計台の下でスマホをいじっている美少女は、我が親友の内嶺八宵であります。
彼女との出会いは、まさに運「「ちょっと」
あれ、遮られてしまいました。では、もう一度
彼女との出会いは、「「おーいっ、もどってこーい」
「またなの?またなのか、七緒ー」
プンプン怒った顔も、あいや何とかわいいことか、っていうのは、おいといて。
「 ごめん、待った?」
スマホを見せて無言の圧力。現在9時を回ったところ。
「まったく、もう。いい加減にしてよね。・・・!?ってか、あんた、まさか、すっぴん!?」
それは、まあ、あの時間に起きて間に合わせるには、省略するしかないでしょう。
「あー、ちょっと急いでたからさ。遅れて、ごめんよ~。このお詫びは、後でするからさ。とりあえず、2限目始まる前に、パン食べていい?」
「色気より食い気?あんた、一応、女の子なんだからさ、もうちょっと周りを意識しなよね・・・」
半分あきらめモードで、言ってくる。幼なじみ兼親友の八宵。私のことをよく分かっているからこそなんだけどね。
「まあ、いいわ。あそこに座って食べましょう」
もぐもぐと食べている私の横で、聞いてくる。
「また、今日も相変わらず、同じ夢をみてたの?」
「うーん、そうだね。でも、今日は、場所は同じとこだと思うけど、何か違ったんだよね」
「へぇ、そうなの・・・・」
顎に手を当てて、何か考え込んでいる。
「うん。あ、そうだ、八宵、そういえば、話があるっていってたよね? 何?」
「あー今は、いいや。講義始まるし。今日は、講義午前中だけでしょ?だから、ランチタイムにってことで」
「?いいよ。じゃあ、また後で」
学部は同じだが、専攻が違うため、一緒の講義もあるけど違う講義もある。今日は、違う講義ばかりだ。
八宵の話は、何かな。もしかして恋話かしらん。だったら、七緒泣いちゃう、、テヘ
気になるなぁと思いながら、講義へ。
そして、あっという間に、ランチタイム。はい、おもいっきり寝ました。
すんません、教授。分かっているんです、分かってはいるんですが、なんか、こう、うとうとしてですね。。美しく、そして心地よいお声が睡魔を誘うのですよ。えと、一応ほめてます。すんません。
さて、大学構内の学食にて八宵と昼食タイムだ。
今日の私の選んだメニューは、現在人気No.1のロコモコ丼だ。うーん、最高。美味しいって正義。
視線を感じて顔をあげると、本日二度目の八宵の呆れ顔。ニヤっと笑うと、大きなため息をされた。
「まあ、いいわ。いつものことだしね。それよりも、七緒の夢の話なんだけど」
「うん?」
「えっとね、それを小説に書きたいな~、なんて。七緒がよければなんだけどね」
手を合わせてくる。
「小説ーーー!?」
ちょっと大きな声を出してしまった。
「しっ」
周りの目線が痛い。
そっと、心の中で謝る。
「 あ!もしかして、ゼミの課題? 」
「うん、そうなのよ。今までも書いてきたんだけど、ダメ出しされてて」
「えーっ、八宵の書くお話、どんなジャンルでも、面白いと思うんだけどね。伏線をうまく入れているから、最後にどんでん返しあるし」
「ありがと。でも、教授からみると、わくわくさせるものが足りないとか、世界観が伝わってこないんだとか。自分でも分かってはいるんだけど、もう散々で」
もうお手上げ、というように八宵が大きくため息をつく。何でもささっとこなす八宵にしては珍しい。
本当に困っているようだ。八宵のゼミの教授は、今までに何百万部という売上を出した小説家でもある人だ。だからこそ、言葉や文にこだわりをもっていて、厳しいのかもしれない。
「そっかあ。でも、何で、私の夢?」
「 今回の課題が、ファンタジー」
「 あー、ね。でもさ、 八宵がいつものように作ればいいんじゃないの?」
「そうなんだけど、自分に足りてないところを補うためにも、七緒の夢がいいなって」
「どういうこと?」
真面目な顔で 彼女は言った。
「ファンタジーって読むのは、好きなんだけど、どう書いたらいいか、正直わからない。でも、七緒の夢の話聞いているのは、面白いと思って。場所のことだったり、そこにある生き物だったり、人だったり。とても、リアルだよね。だから、それを小説に書き表せられたらって。資料探しも、七緒にインタビューすればいいし」
顔をこてんと傾けて、斜め右下から見上げてくる。
「ね、お願い?」
ずるい。美少女にこうされては、断るわけにいかないじゃないか。
あれ、さっき「七緒がよければ」っていってなかったか。むむむ、知能犯め。
「はぁー、わかった。いいよ、何か恥ずかしいけど。昨日、メールで言わなかったのは、このためか」
「ありがと♪そうそう。だって、メールじゃ、七緒のことだから、断るでしょ、絶対。あ、協力者に名前、入れておくからね」
「いやー、逆にそれはやめてー」
「えー。分かった。じゃあ、まぁ、これまでのこと、それからこれからのこと、見た夢のこと詳しく教えてね」
八宵は、私の見る夢のことをばかにしない、私の唯一の夢の理解者だ。大抵の人は、ばかにしたり、取り合ってくれたりしない。家族が、そうだ。「ばかなこと言ってないで」と一蹴された。でも、八宵は、違った。10歳のころ、思春期を迎え戸惑い悩むばかりだった私に、「私、七緒の夢のファンよ」なんて言って、支えてくれた。5歳からみはじめて、15年。今でも続くその夢の話を知っているのは、私と八宵だけ。
今夜も、私はやはり夢を見るだろう。
いつも見るあの世界の夢だ。私の任務は、こと細かく、夢を覚えて八宵に伝えること。
しかし、この日から、私のただの夢が、夢ではない 現実の世界へとかわっていくことになるとは、この時の私は予想などしていなかった。