サクサクふわふわなテンプレ
危ない。
夕焼けに染まる帰り道、不意に道路に飛び出した子供を助けるべく、俺は咄嗟にわが身を投げ出した。
そして、最後に感じたのは背中から伝わる衝撃と、地面に叩きつけられる鈍い音だけ。
「……は!」
それからどれ程意識を手放していたのか。
意識を取り戻し気がつけば、いつの間にか見ず知らずの場所に寝かされていた。
何やら白いもやのようなものが立ち込めて視界がはっきりとはしないが、少なくとも、ここは病院ではなさそうだ。
「一体ここ何処だよ」
と、独り言を零した矢先。
不意に、目の前から光が溢れると、次いで、光の中から人影らしきものが現れた。
「だ、誰だ!?」
「ふぉふぉふぉっ」
光が収まり目の前に現れたのは、杖を持ち染み一つない白いローブを身に纏い、立派な白髪に髭を蓄えたお爺さんであった。
「あ、貴方は一体?」
「ふぉふぉふぉっ、ワシを誰かじゃと問うか。では逆に問おうぞ、お主はワシを誰じゃと思うとる?」
「うわ、質問を質問で返した……めんどくせ」
「お主、心の声が駄々漏れじゃぞい」
「……」
「極端なやっちゃな」
さて、こうして何だか謎のやり取りを経て、お互いに自己紹介を始めるのであった。
「もしかして、貴方神様とか、そんなベタな事ないですよね」
「ふぉふぉふぉっ、ベタもベタベタ、夏場に常温放置したチョコレートのようにベタベタなワシは正真正銘の神様じゃよ」
ふん、何だか謎の例えを持ってこられたが、さらっと凄い事言ったよねこの人。
しかしやっぱり神様か。何とかに雰囲気とか、ローブにでかでかと『神』って書かれてて何となく察しはついてたけど、まさか当たってたとは。
にしても、てっことは、これってあれか。所謂小説なんかでお馴染みの、異世界へレッツラゴーの流れか。
「して、主の名は何と申す?」
「タロウと言います」
「何と! 何の特徴もない名前じゃな!」
「それ神様が言っていいことじゃないでしょ」
「さて、では今回お主の前に現れた理由じゃが」
「あ、誤魔化したよ、この神様」
他人にツッコムのは良くても自分にツッコミ入れられるのは嫌なのか、なんて自分勝手なんだこの神様。
「おっふぉん!! さて、今回ワシがお主の前に姿を現した理由じゃが、それはズバリ! おぬしをお主の生前とは異なる世界。所謂異世界に転生させてやろうと慈悲深いワシが思ったからじゃ」
「自分で慈悲深いとか言っちゃう、普通……」
そう言うのって周りから自発的に言われるから効果があるのであって、自分から言っちゃうのって効果半減な気がしなくもないんだが。
「ごほんっ! 兎に角、お主は異世界行き決定!! と言うわけで、転生するにあたってお主に向こうでの生活が困らぬようワシから一つ、お主に与えようと思うのじゃが。……何がいいかの?」
さて、さらりと俺のツッコミが流された所で、お約束の俺ツエーを貰える時間がやって来た。
何がいいかな、最強の魔法が使えるとか、無尽蔵に金を作り出せるとか、パワーマックスとか。あれこれ頭の中で候補を思い浮かべる。
「出来れば早く決めてくれんかの。ワシ、この後町内会のゲートボール大会に出る予定なんじゃて」
何だよそれ、もうそれ神様じゃなくて完全にご近所にいるお爺ちゃんじゃないか。
「んーっ、もうちょっと待って、今考えまとめるから」
「早くしてくれんかのー、早くハケたいんじゃ。巻きでしてほしいのー、巻きで」
えぇい、何業界用語使ってんだよ。あんたは深夜収録中の大御所か。
あ、駄目だ。神様が余計な事と言うから考えが余計にまとまらなくなってきた。
「だぁーっもう! ならテンプレな奴でいいよ!」
「テンプレ?」
「そう。俺ツエーだよ、俺ツエー! パラメーターマックスとか、最強魔法使いとか、兎に角色々マックスなやつ!! ストレスフリーの快適異世界ライフに必須な!」
「あい解った。テンプレじゃな。……では、与えるもんも決まった所で、いざ、転生の始まりじゃ」
刹那、急に眠気が襲い掛かる、それはもはや立っていられないほどだ。
「それでは頑張るのじゃぞ、勇者タロウよ」
意識が夢の中へと飲み込まれる寸前、神様の見送りの言葉が耳に届いた。
「……、ん?」
次に意識を取り戻し、目を開けると、そこはまたも見た事のない光景が広がっていた。
ただし、今度は白いもやなど立ち込めておらず。むしろ、地平線の向こうまで見張らせるほど視界は良好だった。
何処かの丘の上の大樹の根元だろうか。
遠くには、生前ではヨーロッパの片田舎で現存していような、石造りと思しき住居が立ち並ぶ街が確認できる。
風が流れ、感じる風の音や木々の香り。
思い切り吸い込んだ空気は、生前では味わった事がないほど、澄んで美味しいものであった。
「あ、そういえばテンプレ!」
と新鮮な空気を味わい終えたところで、早速神様からのプレゼントを探す。
絶対この世界の住人に見られれば怪しまれるほど、俺の格好は生前の時のまんまだが、とりあえずポケットなどを物色する。
すると、ポケットから何やらビニール袋が一つ出てくる。
「え、何これ?」
怪しみながらも恐る恐るビニール袋を開けて中身を確認すると、そこには一本の海老の天ぷらが。
「……何じゃこりゃ」
とりあえず取り出して隅々まで確かめてみるも、何処からどう見ても、何の変哲もないただの海老の天ぷら。
「……、いただきます」
見た目に変化がなくても、味には何か特別な変化が現れているのかも知れない。
意を決し、海老の天ぷらを一口食べると、口の中でその変化を確かめてく。
「うん、サクサクの衣にプリップリッの海老が舌で踊って。……これは良い油使ってますわ」
その美味しさに、結局尻尾まで綺麗に食べ終えて。
そして、あの海老の天ぷらが一体なんだったのかを考え始める。
「あれ? 天ぷら……。てん、ぷら、テンプラ、て、て。テンプ、れ?」
考えを煮詰めていく内に、俺はふとある考えに到達してしまう。
それは、絶対に当たっていては欲しくない可能性そのものであった。
「まさか! 神様テンプレと天ぷら聞き間違えたぁぁぁっ!!!?」
丘の上に響き渡る俺の悲鳴。
こうして俺の、新しいセカンドライフはスタートしたのである。
文字通りゼロから。