九
金衛門に手をひかれ、またくるわね~と朗らかに去っていったその人は、まさに台風のような人だった。出来ることならもう二度と会いたくない、と冷めたことを思いながら、鴇尾は仰向けに寝転がって天井を眺める。
「……あー、誰かいる?」
『チュチュッ!いるよー!』
小さく呟いた言葉に、天井裏からねずみが返事をする。鴇尾の周りには護衛の動物を含め、必ず何匹かの動物達が控えている。
「悪いんだけどぶちにゃん呼んできて」
『はーい!』
カサカサと小さな物音が遠ざかって行くのを聞きながら、また意味もなく天井を眺める。
そのままの体勢で、お、あんなところにシミがある、と考えていた時だった。
『何だぼーっとして、何かあったのか?』
いつの間に来たのか、ブチが上から顔を覗きこんでくる。一瞬きょとんとなった鴇尾だが、すぐに真顔に戻ってブチを押し退け、体を起こす。
「玉緒がきたよ。金衛門と恋人になったって。……怪しいから調べて」
ぶっきらぼうに言い放たれたその言葉に、今度はブチがきょとんとする。
『それならもうとっくの昔に調べてあるぜ?』
なんとっ! 思わず口を開けたまま固まる鴇尾に、ブチがにやにやしながら言った。
『自主的に行動したまでの事さ。できる奴ってのは、言われる前に動くもんだぜ』
キランッと牙を光らせ、胸を張っているブチに思わず拍手を送る。今回ばかりは素直に感心した。これはご褒美をやらなくては、とガサゴソと引出しを漁り始めた後ろで、ブチは勝手に話を進めていく。
『まぁ、結果から言うと白だな。それもまったくの白、怪しい所はねぇな』
それは意外だ、てっきり菰乃屋に何か仕掛けようと企む輩だと思っていた。
『そりゃそうだろうな。なんせ金衛門が相手じゃ、どこに惚れたのかさっぱりわからんしな』
まったくもってその通りである。あんな優しそうな美少女が金衛門に惚れるなんて信じられない。しかも、稀少な光属性の異能持ちというおまけ付きである。
『まあ、あの色からわかるだろうが、力はほんの僅かな物らしい。ちょっとした擦り傷を治せる程度だそうだ』
そりゃそうかも知れないが、それでも金衛門には過ぎた人だろう。容姿だって痩せたとは言ってもパッとしないし、何度も言うが、叩けば埃しか出ないような男なのだ。
『そこは俺も不思議だよ。なんで金衛門なんかにってな。だが本気で惚れてるみたいだし、別に猫被ってる訳でも無いみたいだな』
と言うことは何だ、聖女みたいに心清らかなあの少女は、男の趣味だけは最悪だと言うことか。
『おいおい、そこまで言ってやるなよ、金衛門は弟みたいなもんなんだろ?』
確かにそう思ってはいる。思ってはいるが、金衛門の幸せそうな姿を想像すると、とてつもなく腹が立つのは何故だろう。
『あーそれはあれだ、所詮独り者のやっかみ、ってやつだぜそれ』
そんなデリカシーの無いその言葉にイラっとした鴇尾は、ガサゴソと折角探し出した煮干しを、無言で引き出しの奥深くに押し込んだのだった。
「ごめんなさいね、また押し掛けちゃって!今日は鴇尾ちゃんと二人でお話しようと思ってきたの!」
そう言ってにこやかに笑ってみせるのは、もちろん玉緒だ。日を開けず今日も顔をみせた彼女に、お前は暇人かっと思いながらも、決して邪険にはしない。
玉緒を案内してきた金衛門にすがるような目で見られては、何だかんだとその男に甘い鴇尾は、大人な対応をするしかないのだ。
「実は私、鴇尾ちゃんとお友だちになりたいの。金衛門さんが居ない今だから言えるんだけど、金衛門さんとお付きあいする事は友達や家族に猛反対されていて……」
さもありなん、鴇尾は大きく大きく頷く。最近は玉緒にかかりきりで、悪事を働く暇も無いようだが、以前はなかなかの小悪党ぶりを発揮していたのだ。それは世間にも知られている為、周囲が反対するのも当たり前である。
「でも私、金衛門さんと結婚したいと思ってるの!だから鴇尾ちゃんに、相談したくって……」
「マジか!」
玉緒の爆弾発言に、鴇尾もつい口を開いた。普段のだらけきった様子からは想像もつかない程素早い反応だったが、それだけ衝撃的な言葉だった。
「ま、まじ?……えーっと、そうよ!まじなの!本気なの!」
「………何でまた金衛門と」
呆然とする鴇尾に、玉緒はクスクスと笑い声をあげる。
この小さな少女は喜怒哀楽が極端に少ないのかと思っていたが、案外感情豊かなのかもしれない。この子とならきっと仲良くなれる、と安心した玉緒は、満面の笑みになる。
「だからね、鴇尾ちゃんには応援してほしいの!……その、あなたは金衛門さんの事、恨んでなさそうだし……えーっと、恨んでないわよ、ね?」
笑顔から一変、困った顔になった玉緒に合点がいく。そりゃこんな部屋に、見るからに訳ありそうな子供が閉じ込められているのだ、何かあると思わない方がおかしいだろう。
「別に、恨んでないよ。手のかかる弟みたいなもんだし」
珍しくハッキリと喋った鴇尾に、玉緒も少し目を丸くする。次いで、顔を輝かせた。
「そう!そうなのよ、弟みたいな感じよね!なんだか放って置けないというか……私もね、金衛門さんの悪評は聞いてるのよ。鴇尾ちゃんも、きっとその関係でここに居るんだろうなって……」
「……」
「珍しい異能持ちで美しい子だから、守る為に牢で囲ってるんだって言ってたけど、そんな筈ないわよね……。本当はね、なんだか怪しいと思って、もし酷い事してるなら、助けようと思ってここに来たの」
きんえもーん、バーレてーるよー! と叫ぶ。もちろん声に出しはしないが。
「でも二人の様子を見て、私の考えすぎだってわかったの!貴方達、なんだか姉と弟みたいだったもの!ふふっ、鴇尾ちゃんの方が年下なのにね」
クスクスと口に手を当て、上品に笑う玉緒に乾いた笑いがでる。
「それにね、私も鴇尾ちゃんには、これくらいしなきゃいけないって思ったの。金衛門さんから聞いてるけど、動物と話せる力なんてこれまで聞いた事ないわ。私みたいにちっぽけな異能でも、偉い人達から声がかかるのよ?貴方は絶対に狙われる」
悲しそうに話すその姿に、過去に玉緒も苦労したのかもしれない。まあ鴇尾は大した苦労はしていないのだが。
「貴方の存在はバレたらいけないわ。外に出たいかもしれないけど、家にこもってた方が安全ね。……まあ、この柵はちょっとどうかと思うけど……でも忍とかもいるから、あった方が安全かもしれないし……」
一人でブツブツ呟く玉緒に、慌てて声をかける。
「別に外でたくないし、気にしない」
「ええっ!?出たくないの!?買い物はっ!?年頃になったらお洒落とか興味あるでしょっ!?」
「……別に」
「ええ~!そんなぁぁぁあ!私一緒に買い物とか行きたかったのにぃぃぃ!」
がくりと項垂れ、盛大に嘆き始めた玉緒。そんな玉緒の声が聞こえたのか、どこからか金衛門がすっとんでくる。
こいつ近くにいたな、と白い目になる鴇尾などそっちのけで、金衛門は必死に玉緒を慰めていた。
「鴇尾ちゃんを可愛く着飾りたかったのにぃぃっ」
「だ、大丈夫じゃっ!ワシはいつも鴇尾には色々渡しておる!」
「お化粧だってしたかったのにぃぃ」
「よし、最高級の化粧道具を揃えよう!ここで化粧してやったらいい!」
「……鴇尾ちゃんと、仲良くしていい?」
「もちろんじゃ!」
「……もう悪いことしない?」
「せんっ!悪いことなんて嫌いじゃっ!」
「私と結婚してくれる?」
「もちろんじゃ!……ん?え、えっ!?えぇぇぇえっ!?」
なるほど、手のひらで転がすとはこの事か。
将来の二人が想像できた鴇尾は、驚きすぎてひっくり返った情けない金衛門の姿に向かって、静かに手を合わせるのだった。




