八
そういえば前世では、眼鏡を取ったら美形だったとか、前髪を切ったら一気に垢抜けて美しくなる、なんて話があったな、とふと思い出す。
「どうだ?ワシは今日まで必死の思いで痩せたのだぞっ!店の者もこれなら大丈夫と太鼓判じゃっ!ほっほっほっ」
――なんと言うことでしょう、以前は只の肉の塊だったものが、人のよさそうな青年になっているではありませんか。
遥か昔に聞いた覚えがあるような声で、鴇尾の頭にそんな台詞が流れてくる。
ここ数ヵ月、金衛門の姿を見ないな、と思っていた所に現れたこの青年。鴇尾の目の前にこの男がふんぞり返って立った時には、誰だコイツはと訝しく思った物だが、下男の金衛門様っという呼び掛けにその人物の正体を知った。
まさかとは思ったが、あんなに蓄えていた脂肪をどこに捨ててきたのか、えらくスッキリした体格になっている。顔も無駄な物が無くなったお陰か、美形とまではいかないがそこそこ見れる容貌で、人間やれば出来るもんだなと少し感心した。……実を言うと、この人物が本当に金衛門か少しだけ疑っていたが。
「これでもう一度結婚を申し込んでくるわい!今度こそあのじじいも何も言うまい!ほーーっほっほっほっ」
折角まっとうな青年に見えていたのに、なんとも言えぬゲスっぽい表情で笑う男に、ああやはり金衛門かと納得する。外見は変わっても中身はそのままである。小物臭さが内面から滲み出ている様子に、鴇尾はやれやれと首を振った。これではまた門前払いだろう。
「ん?まだ駄目か?もうちっと痩せねばならんか?」
痩せればモテると思っているのだろうかこの男は。まったくお話にならないが、こんな男でも養って貰ってる義理もある。
やれやれ仕方がない、これはお姉さんが一肌脱いでやろうじゃないか、と鴇尾は口を開いた。
「中身が駄目だと思う」
「何?中身とな……どういう事じゃ?」
「……優しくして好感度あげたり」
「ほうほう!なるほど、一理ある。しかしワシはあの娘に、会うことすらままならんのじゃが……」
ずーんと床に沈み込んだ金衛門の後頭部を勢いよく殴り付け、足を蹴って部屋から追い出す。
「ぐはっ!なんじゃっ!」
「毎日張り込みでもしろっ!」
「なるほど、その手があったか!わかった、行ってくるわい!」
前世なら所詮ストーカーと言われる方法を伝授され、顔を輝かせ走り去っていく後ろ姿に、まぁ無理な物は無理だろうがと首を振る。
最近は金衛門が恋に現を抜かしているせいで、鴇尾の仕事が減って暇で暇で仕方がないのだ。だからと言って仕事をさせられるのも面倒なのだが、と天の邪鬼な事を考えながら、モゾモゾと毛皮に丸くなる。
こういう時に限って、暇潰しになりそうなブチは現れないのだから使えない。
……それにしても、金衛門はあの調子で大丈夫だろうか。
今更ながら、少しだけ心配になってきた。もう精神年齢アラフォーの鴇尾は、ゲスだ三下の小悪党だと言いながらも、最近は金衛門の事を手のかかる弟のように思えていたのだ。
「案外早く泣きついてくるかも」
静かな座敷牢の真ん中でポツリ一人呟いて、今度来たときは優しく慰めてやろうか、と似合わないことを考えながら、鴇尾は静かに目を閉じた。
なーんて思っていた事もありましたね、と意識を遠くに飛ばす鴇尾の前に座るのは、あれからまた数ヵ月程姿を現さなかった金衛門と、おっとりと微笑む灰色の髪をした絶世の美少女である。
「猫や!紹介しよう、ワシの恋人の玉緒じゃ!なんでも、是非そなたに会いたいと言って聞かんでのぅ」
デレデレとしながら頭を掻く金衛門に、なぜか無性に腹が立つ。グツグツと殴りたい衝動が湧き起こるが、おっとり微笑む少女を前にぐっと堪えた鴇尾は、ツーンと澄まして猫を被った。
「まあ、ねこやちゃんって言うの?よろしくね。金衛門さんから可愛い妹が居ると聞いて、是非会わせてくれって我が儘を言ってしまったの。急に押し掛けてごめんなさいね?」
微笑みながらも少し眉を下げるその娘は、どこから見てもいい人そうで、金衛門の恋人だと言うのは何かの間違いだと思う。
むしろ騙されているぞ、と懇切丁寧に教えてやりたい気もするが、玉緒の後ろから懇願するような視線を送ってくる金衛門に、渋々諦めた。
しかしこれだけは訂正しておかねば、と真面目な顔になって口を開く。
「……私の名前、鴇尾」
「あら、ねこやちゃんじゃないの?本名は鴇尾ちゃん?あらあら、そうだったのね、ごめんなさい。私てっきりねこやちゃんかと思っていたわ」
心底申し訳なさそうな玉緒に、え、名前あったの? と顔にでている金衛門。分かりやすすぎる金衛門の失態に、やれやれと思いながら、出来の悪い弟をフォローしておく。
「……あだ名」
「ああ、なるほど!あだ名だったのねぇ。やだ金衛門さんったら、ちゃんと教えておいてくださいよ」
やだもうっ、と金衛門の背をパシパシと叩きながら恥じ入るその姿は、鴇尾から見ても非常に愛らしかった。本当に何をとち狂ってこの男の恋人なんぞをしているのか、心底不思議に思う。
むくむくと沸き起こる好奇心に、直接本人聞いてみようかと悩む鴇尾に対し、金衛門は汗をかき顔を真っ青にしている。どうやら、鴇尾がいらぬ事を言わないか心配らしい。
鴇尾を妹だとか抜かしていたのだ、きっとまともな説明などしていないのだろう。……まぁ金で買って色々情報を探らせてます、とは口がさけても言えないだろうが。
「あの、さっきから気になってたんだけど、鴇尾ちゃんってもしかして……」
言い辛そうに言葉をきった玉緒に、金衛門は滝のように汗を流し始めた。上手く取り繕えないなら何故ここに連れてきたと呆れ顔の鴇尾に、金衛門は玉緒の後ろで必死に口許にバツを作っている。
わかっている、お口にチャックなんだろう? だが生憎、言っては不味い事が多すぎて、どれの事を言いたいのかさっぱり不明だ。
「……その、もしかして話すのが苦手なのかしら?」
その台詞を聞いて、あからさまにホッとしている金衛門とは反対に、鴇尾は頭をフル回転させていた。
別に大した理由もなく、ただ話すのが面倒なだけだったが、そんな事を馬鹿正直に話していいものか……。何だか人として駄目な気がするし、どう言い訳するべきか、と悩むその姿に、今度は玉緒がおろおろし始める。
「御免なさい、失礼な事を聞いて!言いにくい事なのね?不躾に聞いて良いことじゃなかったわよね……」
しゅんと悄気かえる姿に、その後ろからビシビシと殺気が飛んでくる。あぁこの野郎なんて面倒な、と思いつつも、鴇尾は渋々口を開いた。
「話すの、苦手なだけ」
ポツリと響いたその言葉に、玉緒はぱぁっと顔を輝かせる。
「そうだったの!良かった、私いらないことを言ってしまったかと思って……」
ほっとした様子の玉緒に、まったくもっていらん発言だったよ、と内心悪態をつきながら、チラリと金衛門を伺う。満足そうに笑うその姿に少しほっとしながらも、厄介事に巻き込みやがって! と恨みを込めて睨んでおくのを忘れない鴇尾であった。




