五
「どうした、猫や。なんぞ気にかかる事でもあるのかえ?」
将来の事を想像し、顔を青くした鴇尾を見て、何故かニマニマと顔を崩して尋ねてくるその男。今日も今日とて鴇尾の部屋に現れた金衛門に、無性に苛立ちを感じた鴇尾は、まともに相手するのも嫌だと、ツーンと顔を背けそっぽを向く。
そんな対応をして怒りを買わないのか、と疑問に思うかもしれないが、そんな態度すら猫のようだと逆に感激される始末。ここ数ヶ月の間に金衛門の性格を理解した鴇尾は、それならばと開き直って、俺様何様猫様と勝手気ままに過ごしている。
金衛門は仕事さえちゃんとしていれば、まさに猫可愛がりしてくれるのだ。
「そうじゃそうじゃ、お主に良いものを持ってきたんじゃ!この間の仕事のご褒美じゃ」
座敷牢の外に控えていた下働きに合図をした金衛門は、どこかわくわくした様子で鴇尾の様子を伺っている。鴇尾が贈り物を喜んでくれるのかが気にかかるらしい。
そんな事などお構い無しの鴇尾は、ふかふかの黒い毛皮に顔を伏せた。柔らかく肌触りの良い毛皮は、鴇尾の一番のお気に入りなのだ。
今までそれを越える贈り物が出来たことがない金衛門は、今回の贈り物には気合いを入れていた。そんな二人を見ていると、どちらが立場が上か分からなくなるが、お互いその状態に不満が無い為、気にするだけ無駄である。
「ほれ!最高級の鏡じゃ!」
なんとっ!?
ゴロゴロとだらしなく寝そべっていた鴇尾は、その言葉に一気に覚醒し飛び起きた。
この時代、いやなんちゃって戦国時代だからよくわからないが、取り合えず鏡なんてものは庶民に手が届くような品ではない。もちろん、鴇尾もこれ迄お目にかかった事など無かった。
前世では日常的に鏡で自分を見ていたというのに、今世では自分の顔すら分からない事にもどかしさを覚え、どうにか鏡は無いかと探してみたがそこら辺にあるわけがない。何となく前世と顔つきが違う気もするが、水に映る程度では、はっきり見ることは出来なかった。
それが、まさか此処で念願叶うとは。
私を売っ払ってくれた今世の父母よ、生まれて初めてあなた方に感謝します。
心の中で気持ちの籠らない感謝を述べ、いそいそと布を被せられた鏡らしき物の前に移動する。
勿体ぶってないで、さっさと布を剥いでくれ! と期待の眼差しで金衛門を見つめる。
「ほっほっほっ、ほれ、鏡じゃ!」
バサリッと大きな音をさせて、鏡が現れる。そこに写った自分の姿に、鴇尾はあんぐりと口を開けた。
――いやいや、超絶美幼女じゃん!
そこには、顎で切り揃えられた黒い艶やかな髪に、綺麗な青い瞳の美幼女が驚いた顔で鏡に写っていた。筋の通った小さな鼻に小さな赤い唇、少し吊り気味の大きな目に、シミ一つない白い肌は真珠のように輝いている。
こりゃ五十になってから『にゃー』と言っても許されるかもしれん、うんうん。
そして座敷牢、万歳である。
こんな美少女、その辺をふらついていたら一瞬で人拐いに合うだろう。事なかれ主義、或いはただの面倒臭がりとも取れるかもしれないが、鴇尾はこの座敷牢から出ることを早々に諦めた。なにも態々自分から面倒を起こさなくても良いだろう。
「ほっほっほっ、どうじゃ?気に入ったかえ?これでその愛い顔も良く見えるじゃろ」
「……にゃー」
ドヤ顔する金衛門は気に入らないが、鏡は素直に嬉しい。仕方なく、米粒ほども無いサービス精神と、前世のオタク文化を思いだし、猫を被って鳴いておく。
それにしても、なんとも綺麗な顔である。マジマジと鏡を眺める鴇尾は、その芸術的とも言える自分の顔に、そう言えば前世はどんな顔だったか、と思いを馳せてみる。確か、平凡な人生に似合う平凡な顔だった筈だ。間違っても青い瞳などではなかったし、こんなに整ってもいなかった。
……かなり今更だが、青い瞳というのは普通なのだろうか?
確か、今世の両親も兄弟も、ごく平凡な黒い瞳だった筈だ。金衛門も黒髪黒目だし、鴇尾の世話をする下働きの者もそうだった。ふと疑問を抱いた鴇尾は、金衛門の方を向いて、目を指差す。ついでに小首を傾げれば、一発で傾国の美幼女が完成である。
自身の容姿を冷静に客観的に理解できていた鴇尾は、そんな自分を見た人間が、どういう反応をするのかも大体わかっていた。しかし別に、今はその効果を確認していた訳ではない。ただ単純に、瞳の事を聞きたかったのだ。
それに金衛門を垂らし込んでも良いことは無いしな、と若干腹の黒い事を考える。そんな鴇尾の思考など知る筈もなく、金衛門及び下働きの男は、デレデレと相好を崩した。
「ん、どうしたんじゃ?」
一回では理解できなかった金衛門に、もう一度瞳を指差し、首を傾げる。ようやく合点がいったのか、金衛門は大きく手を叩き、大袈裟に頷いた。
「そうじゃろそうじゃろ、綺麗じゃろ?お主の様な綺麗な目は、初めてじゃ!異能の者はみな属性の色が目か髪に出るというが、お主はやはり特別じゃな。青の瞳なんぞ聞いたことはないわ!ほっほっほっ」
まるで自分の事であるかのように胸を張る金衛門に、実に冷めた一瞥を送り、今一度鏡に向き直る。じっと透き通る瞳を見つめるが、見れば見るほど綺麗な瞳だった。
異能の者は皆このように綺麗な瞳を持っているのだろうか。
また湧いてきた疑問に、尋ねてみようと後ろを振り向いたそこには、金衛門の姿は無かった。どうやら、鏡に夢中になりすぎて、金衛門が出ていったのに気が付かなかったらしい。
まぁそれはそれで構わないが、と冷めた目で座敷牢の扉を一瞥し、次に外に向かって首を巡らせた。




