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夜に星が瞬けば、  作者: 銀タ
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 そうして何やかんやとしている内に、どうやら目的地に着いたらしい。先ほどまでがやがやと賑やかな声が聞こえていたので、恐らくこれまで住んでいたような田舎ではなく、人が多く行き交う街中のようだ。

 こっそり外の様子を伺おうかとも思ったが、僅かな隙間も布で覆い隠され、ちらりとも見ることはできなかった。折角賑やかな所に来たのに残念だ、と呑気に考えていた鴇尾は、いきなり外から扉を開けられ、思わず首を竦めた。


「ほっほっほっ、これはこれは愛らしい猫だの」


 豪華な着物を纏い、ヤニ下がった顔を披露するでっぷりとした男に、これはあかんやつや、と本能が察知する。


「猫や猫、今日からワシが飼い主だぞえ。しっかり役に立つのだよ」


 これは駄目だ、逆らうのは自殺行為だと察し、小さく頷く。どう役に立てば良いのかは分からないが、懸念していた貞操の危機では無さそうだ。男の目にはそういった欲はなく、むしろ本当に猫好きが猫を見ているかのような顔である。

 これはなんとかなる……かもしれない。そう考える鴇尾の肩に、先ほどまでピーチクパーチクと囀ずっていた雀達が止まる。それを見た男は、何故かひどく満足そうな笑みを浮かべたのだった。


 

 結果、なんとかなりそうといえば、なりそうであった。

 鴇尾が駕籠から下ろされ男に連れられて行かれた先は、豪奢な屋敷の一室、これまで住んでいた場所とは比べ物にならぬほど綺麗で、しっかりと作られた部屋だった。……何故か、回りをぐるりと柵に囲われていたが。

 部屋が座敷牢だった、という事はまぁ一先ず置いておいて、なかなかに良い待遇だと思われる。調度品も一目見て高級とわかる物であるし、床にはふかふかと何かの毛皮が敷かれている。何の毛皮かは知らないが、実に寝心地が良さそうだ。


「どうじゃ?気に入ったかえ?愛い猫の為に揃えたのじゃ」


 ぽっこりお腹を突きだして自慢気に語る男に、うんうんと返事をしておく。無駄に機嫌を損ねるのも面倒である。


「猫や猫、お主にはここで生活してもらう。お主の仕事は只一つ。情報収集よな」


 はて、情報収集とな。

 いまいちピンときていない鴇尾に、何を勘違いしたのか猫撫で声を出しながら頭を撫でてくる。


「おお、おお、怖がらんくてもよいぞ。何、簡単な事じゃ!お主はワシの利益になる情報や、商売敵の事を探るだけで良いのよ。そこな雀や、動物を使っての」

 

 まさかこの力を知っていたのかと、驚きを覚えた。しかし、確かに男のいう通り、仕事としてはそう難しい事ではなさそうだ。ちょっとそこらに居る動物達に、お願いするだけで済むだろう。


「ちゃんと仕事をすれば、飢えを知らぬ暮らしを約束してやろ。もちろん、綺麗な着物や飾りもな。悪い話ではないであろ?猫や」


 成る程、これは思っていたよりも良い話のようだ。現代の生活に慣れきった鴇尾は、この乱世では生きていられるだけマシ、とは頭では理解していた。理解は心底していたのだが、眠れぬ程の飢えも、ボロボロの小屋も、雑巾よりも汚い着物も、とてもじゃないが耐えがたい物だった。

 それがこんなにも良い待遇をして貰えるというなら万々歳である。

 別に元からインドア派なのだ、外に出られずとも我慢はできる。それに信用を得れば、外にだって出れるかもしれない。猫という呼び方には気にかかったが、殺される訳じゃないしまぁいいか、と楽天的に考える。

 そんな鴇尾の、籠の中の鳥ならぬ籠の中の猫生活は、こうして始まったのだった。



 鴇尾の雇い主、もとい飼い主の名は、菰乃屋金衛門(こものやきんえもん)と言うそうだ。その名のまんま菰乃屋(こものや)という店をやっているらしい。取り扱うのは、金に成りそうな物なら何でも、と声高に叫ぶ中々な金の亡者である。ついでになんとも三下の小物臭い男だ、という事を付け加えておく。

 鴇尾の仕事は、最初に説明された通り金衛門の利益になりそうな情報を集め、報告する事だ。……勿論、金衛門の指示で何やら物騒な事を調べさせられる時もあるが。


 だが鴇尾も、今の優雅な生活を手放したくないがために協力的だ。なんせ金衛門の破滅すなわち鴇尾の破滅である。

 いやその情報収集能力があるなら、とっとと逃げれば良いだろうと思うかもしれないが、それはそれで面倒だと思ってしまうのが鴇尾である。

 今さら一人放り出されても、上手く世間を渡っていける気がしないし、かといって山で動物達に養われて暮らすのも、この快適な生活を味わってからでは少し辛い。

 結果、動物達にお願いという簡単な仕事をこなしながら、なんとも自堕落な生活を送っている鴇尾であった。




 しかし、何不自由無く過ごしているように思われる鴇尾にも、嫌な事はある。金衛門との会話で、ちょくちょく鴇尾の頭に引っ掛かっていた『猫』である。

 そう、この金衛門という男、何を隠そう無類の猫好きなのだ。

 別にあのおっさんが猫好きでも構わないよ関係ないし、と鴇尾も最初は思っていた。だがしかし、そう世の中甘くは無かった。何をとち狂ったのか、金衛門は鴇尾を『猫』と呼び、『猫』のような格好をさせる事に拘る、なんとも言いがたい変態だったのだ。


 そんな金衛門の拘りから、鴇尾が普段から纏う上質な衣装は、すべて金衛門チョイス。お主は綺麗な黒猫よなぁ、と意味解らん金衛門の美的感覚によって、毎日毎日喪中か! と言うくらい黒い着物を着せられた。そして頭には猫の耳にも見える髪飾りをつけられ、終いには首に鈴付きの赤い組紐である。

 中身は三十路を越えている鴇尾は、その衣装に口をひきつらせながらも、メイド服に猫耳カチューシャじゃないだけマシ! と心の中で百万回唱え、なんとか複雑な心境を乗り越える事に成功した。そして一度乗り越えてしまえば後は楽なもので、それからはもう制服としか思えなくなっている。


 しかしこの格好、今は幼い少女だから良い物の、成長したらどうしてくれる。なんせ、この体が二十歳を迎える頃には、鴇尾の中身は五十を越えているのだ。

 ……下手したら孫が居るかも知れない年頃の女が、猫のコスプレとな。

 五十になった自分が、猫の格好をしている姿を想像した鴇尾は、一気に顔を青くさせた。






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