二十七
※暴力、残酷表現あります、ご注意ください
ぐったりと動かなくなった鴇尾を抱き締め、その血に濡れた頬を舐める。今は閉じられた左目の傷横をなぞり、折れた右腕を優しく手に取った。
「……殺す、殺す殺す殺す、コロスッ!」
ゾワゾワと闇を纏い、上を向いて咆哮した夜飛は、強く鴇尾を抱き締める。そしてうっとりとした声をだし、頬擦りした。
「俺の鴇尾、可哀想に……お前をこんな目に合わせた奴は、ちゃんと殺してやるからな」
安心しろ、と優しく呟いて、ゆっくりと鴇尾を己の闇に溶け込ませていく。鴇尾の姿が完全に見えなくなった後、その闇を空中に霧散させた男は、ゆっくりと振り返った。
「保賀宇津時、お前は殺す。殺して殺して殺し尽くして、また殺す。何回でも、だ」
夜飛から放たれる殺気と怒気に、対峙する男は喉をひきつらせる。自身も手練れの忍である筈なのに、夜飛を前にして恐怖しか覚えない。きっと口を開いた瞬間に首が飛ぶ、そういう確信が何故かあった。
薄暗い地下牢が、闇に染まる。ゴボリゴボリと湧き出る闇は、やがてその場を埋め尽くした。
「……東助、あれは捕らえたか?」
人だった、と思われるその物体を無感情に見つめながら、背後に控える東助に尋ねる。男をいたぶっている途中から現れた東助は、夜飛の邪魔をしないように、端の方にわきまえて控えていた。……繰り広げられる光景がおぞましすぎて、声がかけられなかっただけかもしれないが。
「は、はっ!先ほど捕らえまして……」
真っ青な顔で告げられた答えに、ニンマリと口をつり上げる。それを見た東助は、ますます顔を青くした。
「そうか、ちょうどいい。ここに連れてこい」
「は、はっ!」
汗を垂らしながら、慌てて己の影を操る。そしてその影の中に手を突っ込み、一人の女を引きずり出した。
「キャッ」
縛り上げられた体のせいで上手くバランスが取れず、無様に転がり落ちたその女は、東助と同じ忍装束をしていた。
「あ、や、夜飛様ぁ!」
目の前に仁王立ちするその姿を見つけた女は、猫なで声で夜飛を呼ぶ。それを後ろで見ていた東助は、愚かな、とポツリと呟いた。
呼び掛けられた夜飛はというと、首をコテンと傾け、不思議そうな声をだす。
「さて、貴様は凰間の忍のようだが、名は何だったか」
心底不思議そうに言った夜飛に、女は必死で媚をうる。
「そんな、ひどいわ夜飛様。私たちは、決められた許嫁じゃありませんか」
上目使いで見つめる女は、何とかして体を起こす。そして起こした体をくねらせ、首を傾げて見せた。
「相談役の父が、私たちを夫婦にと。夜飛様もご存じでしょう?」
「さて、知らんな」
「そ、そんなっ!他の相談役達も、私ならば夜飛様に相応しいと!何回もお会いしたではありませんかっ」
「ふんっ、お前なんぞが妻になれる筈ないだろう。俺に相応しいのは、鴇尾だけだ」
夜飛の言葉を聞いて目を見開かせた女は、次いでその顔を鬼の形相に変えた。
「そう、鴇尾!あの女っ!あの女が現れてから、貴方は可笑しくなってしまわれましたわっ!あの変な目!気色の悪い色!どこの誰とも知れぬあんな女、死んで当然で……」
「そういえば……」
「……っ何ですの?」
必死な形相で不満を叫んでいた女は、言葉を途中で遮られて不満顔だ。そんな女を嘲笑い、東助の方へ移動しながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お前の男だが、悪いな、こんなものになってしまった」
「……っキャァァァァアアっ!」
今まで夜飛に夢中で、その後ろを気にもしていなかった女は、初めてそこに転がる物を目にする。途端に噎せ返るような血の匂いが鼻に付き、思わずえずいた。
「……ぅえっ、ぐっ、ゴホッゴホ」
何故今まで気がつかなかったのか、自分の膝元まで広がる血に涙を溜める。
「可哀想に。恋人を失ってさぞ悲しいだろう。安心しろ、お前もすぐに送ってやろう」
酷く楽しそうに言葉を謳った夜飛は、そのまま両手に闇を作り出す。両手から溢れ出た黒い闇が、ボトボトと地面に落ち、足元に染みが広がる。
「あ、あ、嫌っ、死にたくないっ!」
染みから逃れようと後ずさる女に、容赦なく闇は近付いていく。そしてその爪先に闇が触れた瞬間、あまりの恐怖に顔を歪ませ絶叫した。
「嫌っ!助けて夜飛さまぁっ!」
ズルリ、ズルリと闇に呑まれていく女を、腕を組んで眺める夜飛は、うっそりと嗤う。
「女、俺の名を呼んで良いのは、愛する鴇尾だけだ」
その言葉を最後に静寂が広がる。そこにあるのはただ、真っ暗な闇だけだった。
「長、その……あの者を始末しては相談役達が五月蝿いのでは?」
おずおずと切り出したのは、ずっと側に控えていた東助だ。やっと終わったおぞましい光景に、少し気を持ち直したらしい。夜飛は東助の方へチラリと顔を向けた。
「あぁ、東助、ちょうどいい。お前折角此処まで来たんだ、阿山の首を取ってこい」
「は、はぁ、それはまぁ、構いませんが」
「あと、相談役共も最近喧しい。あれも全部処分しとけ」
「は、はぁっ!?せ、拙者がでござるかっ!?」
いとも容易く言われたその言葉に、思わず目を剥く。五人ほど居る相談役達は、年老いては居るものの、皆過去その名を馳せた腕利き達である。それを全部処分しろとは、東助の命がいくつ合っても足りない。
「なんだ東助、できぬのか?」
ならば死ね、と続きそうな雰囲気を感じ、慌てて首を振って否定する。
「も、勿論出来ますとも!拙者これでも凰間が忍の二番手でござるっ!……ところで長は、その間どうなさるので?」
チラチラと伺う東助の本心とは、どれか一人位やってくれないかなぁ、という思いに尽きる。
「俺か?俺は鴇尾の世話をするのに忙しい」
「はぁ、世話、ですか」
「あぁ、あれには以前看病して貰っているからな。俺も看病をしてやらねば、拗ねるだろう?」
うっとりと甘い声で嘯いた夜飛は、先ほどまであの凄惨な光景を作っていたとはとても思えない。
あぁ早く行ってやらねば、と呟いた夜飛の後ろで、東助はその差異の激しさに、ぶるりと身震いした。




