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夜に星が瞬けば、  作者: 銀タ
26/28

二十六

※戦闘、暴力、残酷表現あります、ご注意ください。






「あー、ということですので、各々方、ご協力いただけませ……んでしょうな」


 ポリポリ頭を掻いた東助に対し、今度こそ鴇尾も牙を剥く。心のどこかで信じていた夜飛の裏切りを、実際目の当たりにしたのだ、もう躊躇いはない。


「ご安心召されよ、殺しは致しませぬ。ただ、少しばかり痛みはするでしょうがな」


 そう言って低く構えた敵に、狼達も静かに回りを囲む。グルグルという唸りが響き、それはまるで地響きのようだ。互いに見つめあい、緊張状態が続く、と思った次の瞬間、先に動いたのは敵の方だった。


――ゴウゥッ


 地面から生えた黒い触手が、狼達を襲う。間一髪避けた鴇尾は、敵の首を狙って飛びかかる。


「っぬ!」


 腕を犠牲にその鋭い牙を防いだ男は、噛みつかれた状態のまま、腕を振りかぶった。ズルッと肉が裂けた感触が口に伝わり、直後、背中に衝撃が走る。どうやら木に叩きつけられたらしい。ズキズキと痛む背中と、口に広がる血の味に、何故か気の昂りが抑えられない。


『銀、後ろからいってっ』


 横にいた銀さんに短く叫び、また敵に襲いかかる。今度狙うはその足だ。


「はっ」


――キャウンッ


 後ろから飛び掛かった銀さんを、回し蹴りで吹っ飛ばした敵の背後に回り込む。


「なっ!」

 

 敵がその存在に気が付いた時にはもう遅い、狼の鋭い牙が、その足首を捉えていた。


――ガブッ


 その固い肉に、牙を食い込ませる。ギリギリと強める顎の力に、ドクドクと肉が脈を打つ。


「ぐっ、このっ!」


 食いついて離れない狼に、気が立った男がその右手に闇を集め始めた、その時だった。


「う、うわぁぁぁぁあんっ、ときおーっ!ははうえぇぇっ!」


 今まで大人しくしていた栄次の泣き声を聞き、咄嗟に口を放して振り返る。目の前で繰り広げられる戦闘を目にして、とうとう我慢できなかったのか、菖蒲の背中で大泣きしている栄次。そんな栄次は、鴇尾と目があった瞬間、その涙の溢れる目を大きく見開いた。

 

「と……きお?」

『栄次、なんで……』


 私だとわかったの? と続く筈だった言葉は、最後まで言いきる事は出来なかった。背後からの衝撃に体が横に吹っ飛ぶ。宙を舞う鴇尾が最後に見たのは、手をこちらに伸ばす栄次と、右手を鴇尾の方へ突き出した男の姿だった。





「っぐ!」


 空から地面に叩きつけられたような衝撃に、思わず声がもれる。それまで閉じていた目を開けた鴇尾は、慌てて周囲を見渡した。

 

「ここは……」


 ポツリと呟いた声が辺りに響く。暗くジメジメとした空気に、木で作られた柵、岩肌が剥き出しのそこは恐らく地下牢だろう。先程まで山を駆け回っていた筈だが、やはりあれは夢だったのか……。しかし己の記憶に残る、やけにリアルな肉の感触と血の味に、眉を潜める。あんなリアルな夢があってたまるか、と一人ごちた鴇尾は、ゆっくり立ち上がる。

 キョロキョロと辺りを見てみるが、ズラリと並んだ牢に、同じ境遇の者はどうやら居ないらしい。一人貸し切りの暫定地下牢の中で、特に賢くもない頭を捻ってみる。よし、一先ず状況を整理しよう。


 先程の事が夢でなかったとする。何故鴇尾が金さんの体で彼処に居たのかは分からないが、夜飛が命じた内容は確りと覚えている。ならば鴇尾は、東助に見つかってしまうと、殺されるのだろう。しかしそこで疑問になるのが、鴇尾はすでに阿山に捕まっていたのに、それを夜飛達が知らなかった事だ。

 もしかして、手を組んだと思ったのは、勘違いだったか? そう考えた鴇尾だが、もう一つの可能性が浮かび、首をふる。この時代、電話なんてものが無いのだから、連絡が届いて無かっただけかもしれない。


 一番当たって欲しいのは、手を組んだのが勘違いだった、という事だが、それでは今までの説明がつかない。そう、夜飛の手下が阿山の所へ行ったのも、鴇尾を探し捕らえようとしているのも、これらはすべて事実である。

 だがそれでは矛盾が生じる。阿山は鴇尾を捕まえはしたが、すぐに殺しはしなかった。現に今、鴇尾は生きている。対して、夜飛の方はというと、見つけたらすぐに始末しろと言っていた。……これはどういう事だ?

 元々平凡な頭をフル回転させるが、考えても考えても矛盾が生じ、混乱は増すばかり。一人悩む鴇尾は、うんうんと頭を抱え、人が来たことにも気が付いていなかった。


「おぉう、お嬢ちゃん、起きてたか」

 

 気を失う直前に聞いた声が耳に入ってきて、ゆっくりと頭を上げる。やはりそこに居たのは、鴇尾を捕らえた張本人、保賀宇津時だった。


「……ええ、目覚めは最悪だけど」


 その可憐な口から飛び出たとは思えない強気な言葉に、保賀宇津時はひどく愉快そうに笑った。


「さっきも思ったがお嬢ちゃん、面白いな」


 この状況が怖くないのか? と聞いてくるその男は、厭らしくと顔を歪めた。そんな男にとびきりのしかめっ面を披露し、ツーンと顔を背ける。保賀宇津時に捕まり、夜飛の裏切りも目にしたからには、鴇尾に怖いものはない。何故なら、もう先が見えているからだ。……それも、とびきり最悪な。


「どうせ私の行く先は決まっている。助けが期待できない以上、もう腹は括った」


 そう言って、ふんっと鼻を鳴らす。ここまで来たら、もう為す術もない鴇尾は、栄次の無事を願う事くらいしか出来ない。


「そりゃそうだ。そこまで分かってるなら、もうこの後の流れはわかるよな?……そう、阿山とのご対面だぁ!ひゃっひゃっひゃっ」


 何が可笑しいのかゲラゲラと笑う男は、もはやどこか壊れているとしか思えなかった。そしてそんな男の言いなりになるしかない自分が、ひどく恨めしい。せめて己に牙さえあれば、一矢報いてやるものを。


「あー、あー、お嬢ちゃん。その綺麗なおめめに、殺気がみなぎってるぜ?駄目だなぁ」


――ゴッ!


「ぐフッ!」


 突如体を襲った衝撃は、鴇尾の体を壁に叩きつける。肺から空気が押し出され、背中に痛みが走った。


「っ!」


 ジンジンと痛む背中を丸め、地面に踞る。ぐぅっと唸った口から、涎が垂れた。


「だが悪いなぁ、お嬢ちゃん。残念ながら阿山との対面は、無しになるかもなぁ。俺は別にお嬢ちゃんに恨みも何も無いんだけど、俺の女が、お嬢ちゃんの事が憎くて恨めしくて仕方ねぇんだと」


 女ってのは怖いね~と、どこか呑気に笑った男の言葉が、鴇尾の朦朧とした頭を巡る。

 

――憎い? 恨み? なんの事? この男は、何の、誰の、何時の話をしているの。


「そのおめめ、くり貫いて来いって言われてるんだがな。まぁそれは最後でいいか。……とりあえず、腕、一本いっとくか」

 

 軽い口調で言った男が、鴇尾の右腕を掴む。その直後だった。


「あ゛ぁっ!ぐっ」


 ゴキリ、という鈍い音と共に、自分の腕が折れた事を理解する。痛みに悶える鴇尾の体を押さえ付け、ふんふんと上機嫌に鼻唄を歌う男は言った。


「おー、綺麗に折れたなぁ。流石俺だわ」


 軽い口調で楽しそうに言うその姿は、まるで虫をいたぶる子供のようだ。その場に満ちる狂った空気と、体に走る激痛に、涙が地面に溜まっていく。

 

 ――こんな男に、こんな目に合うならば、愛した夜飛に殺されたかった。


 痛みに朦朧とする意識の中で、ポツリと浮かんだ思いにまた涙が溢れる。裏切られたと分かっていても、それでもやはり、好きだった。


「や……と」


 保賀宇津時の持つクナイが、鴇尾の瞼の上を滑る。ぐったりと動けなかった鴇尾は、その瞼に走る焼ける様な痛みに、絶叫した。


「がぁあぁぁあああっ!!」


――ドッ!!


 突如真っ黒に染まった視界に、生暖かいぬるりとしたものが鴇尾の全身を覆う。その何故か心地よい感触に、強張っていた体の力を抜いた。

 どこか夢見心地にうっとりと微睡む。そして腹の辺りにしっかりとした感触を感じ、ゆっくりと目を開いた。


「…や、と」

「あぁ」


 上手く開かない左目に顔をしかめながら、開くほうの右目を必死に見開き、夜飛の姿を目に焼き付ける。


「や、と……殺して?」


 うっすらと微笑んで、どこか安心したように言った鴇尾を、夜飛がニヤリと笑って抱きしめる。


「あぁ、殺してやる」


――だから安心して眠れ。


 囁くような声に小さく頷き、その暖かい腕に愛しさを感じながら、ゆっくりと意識を飛ばした。







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