二十四
『なあ鴇尾っ!山越えか検問突破、どっちにするよっ!?』
緊急事態だというのに、どこか楽しそうに言うのは金銀兄弟の兄、金さんだ。そんな兄に、弟の銀さんが呆れた声を出す。
『おいおい兄貴、楽しんでる場合じゃねぇだろ』
『そうだぞ金さん、これは遊びじゃないんだ』
弟ばかりか山風にも責められ、金さんはムッとした。
『だってよ、どっちにしろ鴇尾に決めてもらわねぇと、もうすぐ別れ道だぜ?』
確かに、山風の駿足のお陰で町中はとっくに通りすぎ、もうすぐ山か検問かの別れ道に差し掛かる。
『俺は山越えを推すぞ。ちいっとばかし険しいが、最近は山賊共も大人しい。検問越えよりも勝算はあるはずだ』
『ぶちにゃんの言うとおりだな。それにそっちの方が仲間達もいる』
『おい銀!俺はぶちにゃんじゃねぇっ!』
なるほど、山に入れば狼や熊も居る。味方は多い方がいいだろう。
「ぶちにゃん、山の皆はどうしてる?」
『ぶににゃんじゃねぇってばっ!あー、さっき鳶のやつに伝令頼んだからな。もう皆待ってるんじゃねぇか』
「それなら山へ行こう。山を越えたらすぐ安須狭でしょ?そこから尾登羽に向かおう」
『そうだな、安須狭から尾登羽までは山道が多い。人の多い場所を通るよりいいだろう』
鴇尾とブチの会話から、山風が山に続く道へと進路をとる。ここから山は案外近い、もう目と鼻の先だ。
「と、ときっときおぅ」
自分の胸の辺りから聞こえた声に、視線を下に向ける。そこには必死に山風にしがみつき、舌を噛みそうになっている栄次がいた。
「栄次、喋らないで舌を噛むから」
落ちそうになっている栄次を抱え直し、忠告する。勢い良く走る馬上は、衝撃が凄まじい。
『……さっきから気になってたんだけどよ、何で鴇尾は普通に会話できんだよ?それに馬に乗るのも上手いし』
ブチが不思議そうに聞いてくるが、それは鴇尾自身も不思議だった。ただ、何故か山風の動きが自分の動きの様に感じるのだ。
『あーん?それって何だ、どういう事だ?』
釈然としない答えに、ブチは益々首をかしげる。そんな事言われても、本当に動きがわかる、ただそれだけなのだ。――まるで山風に乗り移ったかのように。
『おい!もう山に入るぞ、俺の背中から落ちないでくれよ!』
その言葉を聞いて気を引き締める。まずはこの国を出なければ。
山を激走する一行の周りに、いつの間にか狼達が群れて並走している。その光景を横目で見て、鴇尾は少しばかり心が休まった。味方が増えるというのは、頼もしいものだ。
「追手はっ!?」
『ちょっとまて……疾風っ!』
『あいよっ』
呼び掛けに答えたのは、大きな隼だった。鴇尾の横を低空飛行するその姿は、実に優雅で美しい。
『こっちは今の所大丈夫だな。相手も馬を駆って追いかけて来てるが、かなり遅れている。なに、山に入ったら妨害もあるからもっと遅れるだろうよ』
「そう……玉緒達の方は?」
『あっちも何とかやってるぜ?金衛門が城に連れていかれたが、玉緒が方々に手を回していたからな。直ぐに打ち首って事にゃならんだろうよ』
「……わかった、ありがと」
『いいってことよ』
そう言ってまた大空に舞い上がっていく姿に目を細め、少しだけ笑みを向ける。どうやら疾風の言葉を聞いて、余裕が出てきたようだ。鴇尾の笑みを受けた疾風が、空中アクロバット飛行を披露する。そのすぐ上には、太陽が燦々と輝いていた。菰乃屋を飛び出したのは朝だったが、いつの間にかもう昼になっていた。
『鴇尾、悪い!この辺りで菖蒲と交代させてくれっ』
「山風っ、大丈夫?」
『ああ、止まるぞ』
山風の言葉で一行は緩やかにスピードを落とし、近くの木陰で止まった。
『っ悪いな、もう菖蒲が来る筈だ』
荒い息を吐く山風に、鴇尾は首を振った。金銀兄弟も他の狼達も皆、かなり息があがっていた。
「皆も栄次も、大丈夫?」
近くに居た銀さんの頭を撫でながら、心配そうに訊ねる。今まで休憩無しに駆け抜けたのだ、皆かなり疲れていた。
「ときお、ぼくたちどこにいくの?」
栄次が不安そうな顔をして聞いてくる。菰乃屋を飛び出してから、まともに説明すらせずここまで来たのだ、不安になるのも仕方がないだろう。
「今からね、尾登羽の国へいくの。玉緒の従姉妹を覚えてる?」
「うんっ、多江おばさん!」
「そう、多江おばさんの所に行くの」
目的地が自分の知っている人の元だとわかったからか、先程の不安そうな顔も一変、今は満面の笑顔になっている。子供とはなかなか立ち直りが早いな、と密かに感心していた鴇尾の耳に、軽快な音が聞こえてきた。
『おっ、菖蒲が来たな。今のところ順調だ、このまま行くと、無事に尾登羽の国に着きそうだ』
ブチが嬉しそうに言った言葉に、俄にその場が明るくなる。栄次もそんな動物達の雰囲気がわかったのか、キャッキャとはしゃいでいた。
『おまたせ~!山風が情けないから、ここからは私が代わるわねん』
軽やかに蹄の音を響かせて、山の奥から颯爽と現れたのは栗毛の雌馬、菖蒲だ。そのなんとも言えない軽い調子に、山風が目を据わらせる。
『おい菖蒲、もっと真面目にしろ』
『やだやだ、山風ってば五月蝿いんだからぁ』
小言を言われた菖蒲は、後ろ足で山風に砂をかけた。真面目な山風にそんな態度を取るとは、菖蒲はなかなか心臓が強いようだ。
「さ、栄次、今度は菖蒲に乗って?」
「はいっ」
喧嘩する二頭は放っておいて、鴇尾は栄次を抱き上げる。背の低い鴇尾が必死になって栄次を持ち上げる様を、周りの動物達が笑った。
『ぶははっ、鴇尾っ、全然持ち上がってねぇぞっ!』
『がははっ!こりゃ鴇尾がもう一人いねぇと、菖蒲の背中にゃ届かねぇよっ』
その無神経な台詞に、鴇尾の中の何かが切れる気がした。
「五月蝿い馬鹿共っ!」




