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夜に星が瞬けば、  作者: 銀タ
22/28

二十二

※暴力表現ありますので、ご注意ください。







――バキィッ!!


「ぐはっ!」


 箕雲の国にある凰間忍の隠れ里、その中で一際大きな館の中で不穏な音が響く。


――バコォッゴキッ!


「ぅぐぅぅっ!」

「あー、折角俺の匂いだけになってたのに、台無しだ。それに加えて、茶まで飲んだだと?ん?」


 床に投げ出された足を踏みつけ、容赦なく体重をかける。


「ぅぁ……いっ、いえ、拙者はそのっ!」

「俺もまだ飲んだこと無いのになぁ。狡いなぁ東助、俺は仕事してたってのに。その舌、抜いてやろうか?」


 ぐいっと東助の頭を掴み、顔をあげさせた夜飛は、その血で汚れたぐちゃぐちゃの顔を覗きこむ。


「大体、誰が鴇尾に会っていいって言った?お前はあれと話したのか?あの声を聞いたのか?」


 どうなんだ? と首を傾げる男の背後では、その感情に同調するかのように闇が活発に蠢いている。時折頬を撫でる闇のあまりの禍々しさに、東助は咄嗟に顔をひきつらせて叫んだ。


「あ、あのお方の声は、聞いておりませぬ!あの方は始終口を閉ざされておりましたっ」

「ふん……東助、よかったな命が繋がって」


 シュルシュルと音をさせて、闇が夜飛の影に吸い込まれていく。体を離した夜飛は、倒れる東助のすぐ近くに胡座をかいた。


「だが、その目はくり抜くべきか。鴇尾を見たんだろ?」

「長っ!拙者、命令を無視してあのお方にお目にかかったからには、腹を切る覚悟はしておりますっ」


 慌てて自由になった体を起こし、土下座する。


「はぁ?……腹を切るなんぞ、貴様は武士か?俺たちは忍だ、自死なんぞさせるか。鴇尾を見たのは腹立たしいが、その分お前には働いてもらう。とりあえず、箕雲の翁の所へ行ってこい、わかったな」


 凍てつくような声音で言われた言葉に、はっ! と小さく返事し、流れる血もそのまま、早くそこから立ち去ろうと腰をあげる。ずるずると折れた足を引きずって、部屋から出ようとした所を引き留めたのは夜飛だった。


「あぁお前、鴇尾の目をみたか?」

「はっ、その……見ましたが、やはりあのお方は……」

「あぁ、何の能力かは知らぬが、異能者だ。恐らく、普段側寄る動物共が関係しているだろうがな」

「なるほど、拙者も青の色を纏う異能者など、聞いたことがありませぬ」

「ふふっ、綺麗だろう?」


 自慢するような台詞にもしやと思い、虎の尾を踏む覚悟でおずおずと口を開く。


「そのもしやあのお方自身ではなく、力の方がお気に召したので?」


 そう言葉にした瞬間、刺さるような殺気にさらされ、思わず膝を着く。あまりの気迫に、喉が絞められているような錯覚を覚え、息が上手くできない。


「おいおい、馬鹿言うなよ。俺が鴇尾の力目当てだと?はははっ、そんな訳ないだろうが!」


 ダンッと床を殴り付けた夜飛からは、一度おさまっていた闇が滲んでいた。その様子を戦々恐々と見つめる東助は、今度こそ死ぬかもしれないと覚悟を決める。しかしその覚悟に反し、夜飛の周りで蠢く闇は東助に届くことはなかった。


「……鴇尾に異能はいらぬ。あの動物共が寄るのがその力の影響だとしたら、余計にな」

「は、はぁ……しかし、相談役達は喜ぶと思いますが。異能は子に受け継がれやすいですし、それが強ければ強いほど、子に……」

「なぁ東助」


 言葉を遮った男は、どこかうっとりと宙を見詰めている。その熱に浮かされた様子に、ヒヤリと背筋が冷たくなった。


「可愛い事に、鴇尾は異能者だとバレていないと思っている。忍の目には月明かりも眩しすぎるというのにな」

「は、はぁ」

「なんとも愚かで可愛いだろ?さっきも、俺の言葉に頬を真っ赤に染めていてな……うっかり拐って仕舞いそうになった」

「……はっはい」


 それなら拐ってしまえばよかったのでは、とも思ったのだが、また余計なことを言って寿命を縮めるような事はするまい。利口な東助は口をつぐんだ。


「だが、まだ拐っては来れぬ」

「……ま、まだ、と申しますと?」


 折れた足の事など忘れさり、思わず身をのりだす。勿体ぶるように切らた言葉の先が、気になって仕方がない。


「……鴇尾の部屋がな、まだもう少しかかりそうだ」

「っは!?部屋、ですか?」

「ああ、鴇尾の部屋は、あれの好きなものだけで埋め尽くしてやりたいのよ」


 夜飛の口から思いもよらぬ言葉が飛び出て、ぽかんと口をあける。そこまで徹底して甘やかそうとするとは、まったくその執念たるや恐るべし。すでにその執着心の異常さは里中が知る事であるが、当の本人は自分の異常さを理解しているのだろうか。

 ああ早く鴇尾が欲しい、と呟くその姿は、餓死寸前まで餓えた獣のようで、どこか狂気じみていた。


 そんな夜飛の姿を見つめながら、やはりこれは化け物よ、と一人ごちる。里が丹精込めて作り上げた一人の忍は、その優秀さ故に人としての感情を知らぬまま大人になった。だがここに来て、蛹が蝶になるように、一気に人としての心が孵化してしまったのだ。

 里の相談役達はそんな夜飛に恐怖を抱き、東助はその狂気に、これぞ最強の忍よ、と憧憬の念を抱いた。そして男を変え、男に見初められてしまった鴇尾に、感謝と哀れみを覚えるのだった。



 そんな東助など眼中にない夜飛は、今も鴇尾の事を考えていた。あの可愛い可愛い鴇尾には、どんな部屋が相応しいだろうか。

 寝ても覚めても鴇尾の事しか頭にない夜飛は、自分の異常さを正しく理解している。理解しているのだが、その狂気を止められなかったし、止める気もなかった。


 幼少からその能力を発揮し、次代の長にと一際過酷な訓練を経てきた夜飛は、今まで感情というものを知らずに生きてきた。それを変えたのは鴇尾だ。

 初めて鴇尾に会った瞬間から、この世界に色があることを知り、自分に心があった事を知る。そしてその心はただひたすら鴇尾を求め、鴇尾にしか動かされない。

 初めて自分の世界を変えた鴇尾を、もう離す気はなかった。 


「しかし、早くせねば冬になります。冬になれば、あのお方を連れてくるのは難しいのでは?」


 凰間の里は、人知れぬ山の奥にある。冬になれば深い雪に覆われ、よく鍛練された忍ならいざ知らず、只の人である鴇尾には険しい道のりになるだろう。

 

「あぁそうだな。鴇尾には少し厳しいか。ならば東助、お前さっさと阿山の首を取ってこい」


 いともたやすげに言われた言葉に、思わず目を剥く。何を突然無茶を言うのか。


「いやっ!流石に拙者には、その……保賀宇津時は荷が重いかと……」

「あの男か……まさか奴が阿山なんぞの所に居るとは思わなかったな。正直、あの時は油断していた」


 風を操る男の事を思いだし、苦々しげに吐き捨てた夜飛に大きく頷く。


「まったくです。今まで接点は無かった筈なのですが……」

「下忍どもに調べさせているのだろう?」

「はっ、ですが結果は芳しくなく……」

「情けない。お前、箕雲の翁の所へ行ったらそのまま阿山の所へ行け。下忍では話にならん」


 俄に殺気を混じらせ、目の前で頭を下げる東助を睨み付ける。はやく阿山の事をどうにかしなければ、落ち着いて鴇尾を迎え入れる事も叶わない。いや別に夜飛としては部屋さえ準備できれば強行し、今すぐにでも鴇尾を迎え入れたい。

 だが約一名酔狂な事に、夜飛を孫の様に可愛がる男が、自分が祝言を取り仕切るのだ! と張り切ってしまっているのだ。そして厄介な事に、その男とは箕雲の国の主、つまり夜飛の主なのである。


「東助、お前翁に鴇尾の事を話したろう」


 ギロリと睨まれた東助は、内心ギクリとし、ダラダラと汗を流す。


「いぇ、その拙者は、翁が長に嫁を宛がおうとしておられたので、その……」

「はぁ?嫁だと?どこのどいつだそれは」

「いえ、まだ誰も候補は上がって無かったのですが、とにかく翁が張り切っておられまして……。それでその、もう長には良い方が……」

「……いると言ったのだな?」

「はっ、はぃぃい!」


 申し訳ありませぬぅぅ! と土下座した男に舌打ちをし、頭を振った。


「それで、鴇尾の事はどこまで話した?」


 余計な事まで話してたら容赦しない、と言わんばかりの視線が突き刺さり、ジクジクと胃が痛む。


「も、もちろん何も言っておりませぬ!ただ、そういう方が居る事だけをお伝えしましたっ!」

「その割りには張り切っていたがなぁ」


 小躍りせんばかりに己を祝ってきた主を思いだし、目を据わらせる。滲む殺気に体を強張らせる東助は、いずれ汗を流しすぎて枯れてしまうのではないだろうか。


「お、翁は長を殊更気に入っておられます故」

「まったくなぁ、何がそんなに気に入ったのか……」


 少し呆れた様にそう呟くが、実は内心満更でもなかった。何処をどう気に入ったのか知らないが、翁は昔から夜飛を大層気に入って可愛がっている。そして夜飛もまた、そんな翁をなかなかに気に入っていたのだ。

 忍など使い捨ての駒もしくは家畜だと、声高に言う大名や武士が多い中、自分達を大切に扱う変わり者。そんな主を持つせいか、箕雲の国の者は忍に対しても傲らず、同じ仲間として接してくる。別に粗雑に扱われても何とも思わないが、人間可愛がられれば少しくらいは情が湧く。それが仕えるべき主だというなら尚更だ。……勿論、鴇尾とは比べようが無いのだが。

 

「まぁ翁はあなた様の祖父のつもりのようですし」

「……ふんっ」


 面倒そうに鼻をならす夜飛だが、実は鴇尾と出会ってから、翁に対して少しばかり丸くなっていた。今も嫌そうな態度を表面に出しているが、頭の中では一度位爺に花をもたせてやるか、と似合わぬ事を考えていた。

 

「あの方をご覧になった、翁の小躍りが目に浮かびますな」

「……」


 そのいらぬ言葉で、よぼよぼのじじいが跳び跳ねて喜ぶ様を想像してしまった夜飛は、やはり鴇尾を会わせたくない、とたちまち顔をしかめたのだった。






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