二
それが聞こえてきたのは突然だった。
前世を思い出してから一週間がたったが、だからといって別に生活が激変したという事は無い。相変わらずろくに食事を与えない親のせいで腹を空かせた鴇尾は、今日も今日とて、兄の四朗と共に山へ食料を探しに来ていた。
がさがさと茂みを掻き分け、何か食べれるものは無いかと血眼になって探している鴇尾の耳に、どこからか小さな声が聞こえてくる。それがどうにも助けを呼ぶ声に聞こえ、うろうろと探しさ迷う鴇尾に、四朗が不審に思ったのか、どうしたと声をかけてくる。
それに返事を返さずキョロキヨロと辺りを見回す鴇尾に、返事が無いのはいつもの事だと諦めた四朗も、一緒になって周りを見てみる。
「お、雀発見!こりゃ丸焼きだべ!」
見渡した先で、怪我をしたのか地面に落ちていた雀を見つけた四朗が、嬉しそうにそれを捕まえるとほれ、と手渡してきた。
そして手のひらに雀を置かれ、ピイピイと憐れに鳴くその生き物をじっと見つめた鴇尾は、ぽつりと言葉をもらした。
「……痛がってる」
「ん?」
「……足が痛いって」
「この雀がそう言ってるだか?」
その問いかけにこくりと頷いた小さな妹に、四朗は困ったなとポリポリ頭を掻いた。折角見つけた雀だが、どうやら丸焼きにはありつけそうにない。
何年か前にも、七朗がせっかく捕まえた兎を可哀想だから、と逃がした事があった。少し物事が分かるようになってきたこの年頃の子供が、一度は通る道なのかもしれない。
もう少し大きくなったら、その行為がいかに自身の首を絞める事かというのもわかるだろう。生きるか死ぬか、弱肉強食、一々憐れんでいては、飢え死にするのは自分の方なのだ。
「わぁかった、今回だけだど!今回だけは、そいつぁ逃がしてやるだ!でも次からはねぇ、わかったな?」
仕方ないと溜め息をついた四朗に、鴇尾が首を傾げる。
「……なんだべ、言いたいことがあるならちゃんと言えっていつも言ってっべ!喋らんとわからんのぞ!」
「……この子、看病する」
「はぁっ!?持って帰るってぇのか!?」
こくりと小さく頷くいて見せると、目を回した四朗は大きく肩を落とした。
「……しかたねぇ、父ちゃん達には見つかるなよ。食われるど!」
そう釘を刺す兄に、手のひらの雀をじっと見つめて、また小さく頷いた。
実はこの時、鴇尾はひどく混乱していた。何故ならこの手のひらにいる雀が、ピーチクパーチクと五月蝿いからだ。鳴き声が五月蝿いという事ではない、助けてくれと叫んで叫んで五月蝿いのだ。
『お願い!助けて!私を食べないで!』
「……」
『丸焼きはやめてっ!私お肉ついてないし、食べても美味しくないわよっ!』
「……」
『それにほらっ!丸焼きよ、丸焼き!見た目がちょっとグロくなるし、骨々しててきっと不味いわよっ!』
確かに、前世でテレビか何かの映像で見た覚えがある雀の丸焼きは、なかなかにグロテスクな見た目だった。しかし、自分で自分を美味しくないとは、どういう心境なのか。……まぁ、食べられたくないのだろうが。
しかし、この雀の気持ちはそう理解はできても、自分のこの現状はまだ理解できない。
だって可笑しいのだ、雀の言葉がわかるだなんて。
『私はまだ卵も産んだ事がないのよ!人生、いや、鳥生はこれからなの!』
「……」
『今からきっと素敵な雀の雄に出会って、素敵な恋をするのよ!』
「……」
『鳥生これからって時に、まだ死にたくないわっ!誰か助けてーっ!』
先ほどからずっと喧しい雀に、なぜあの時あの声を無視しなかったんだと後悔が襲う。しかし、あの茂みで声が聞こえて来たときは、まさか雀だとは思わなかったのだ。
それが蓋を開けてみればこの様である。人の言葉を話す雀を見た時は、化け雀かと少しばかり興奮したものの、それはすぐに戸惑いに変わった。
超能力のような力を持つ人間が居るのだから、摩訶不思議な雀も居るかもしれないと考えたのだが、ぎゃあぎゃあと騒ぐ雀を前にした四朗の様子からして、摩訶不思議なのは鴇尾の方だったらしい。
まさか雀の声が聞こえるとは思わなかったが、聞こえるものは仕方がない。そして同じ言葉を話す生き物を目の前にして、それを食べる度胸は、鴇尾には無かった。
『おねがいぃぃぃ!はなしてぇぇぇ』
「……わかった」
『足も痛くないからぁぁぁ!はなしてぇぇぇ!』
「……痛くない?」
『もう大丈夫よ!ちょっと躓いちゃっただけだから!……って、えぇ!?話してる!?わかってる!?私人間と話してる!?』
「……そうだね」
『ぅそぉぉぉ!本当に!?わかるの!?』
ピイピイと今まで以上に騒ぎだした雀に、また失敗したと深く後悔する。こんなに五月蝿いなら、会話などせずにとっとと放り出せばよかった。
『マジで!?マジなの!?そんな人間はじめてみたわっ!』
「……話せる人間、珍しい?」
『きゃぁぁぁ!マジだ!マジで理解してる!すっごぉぉぉい!』
わかったから少し静かにしてくれ、と半目になっていると、がさがさ茂みを掻き分けて、何処かに行っていた兄が帰ってきた。
「よし、兎とったど!今日はこの辺で帰ぇるか!」
すでに息絶えた兎を、得意気に掲げる四朗に頷き、これ幸いと雀を放す。
「ん?持って帰るんで無かっただか?」
不思議そうに尋ねてくる四朗に、こんな喧しい雀は御免だ、と心のなかで返事を返す。本人、というより本鳥も大丈夫だと言っていたので、きっと大丈夫だろう。
『ありがとう!この恩は絶対に返すわぁぁぁ!』
元気に羽ばたいて行った雀に、恩を感じるなら二度と現れてくれるなと願いながら、兄と手を繋ぐ。まったくやれやれ、喧しい雀だった。
「この兎はもう死んでっからな、食べるしかねぇど!」
また憐れむと勘違いしているのか、言い含めて来る兄に小さく頷く。鴇尾だって腹が減っているのだ、食べれるなら食べたいに決まっている。ただ、面と向かって人語を話されると、気後れするだけだ。
兄が鴇尾と繋いだ手の、反対側にぶら下がる兎を見てふと思う。
この兎とも、話せたのだろうか?
そんな考えが湧いてくるが、ふるふると頭を振って考える事を放棄した。馬鹿な事を考えても仕方がない。今まで動物と話した事など無かったのだ、あの雀が特別だったか、もしくは前世を思い出してぶっ倒れた事がいまだに効いてるのだろう。
――動物と話せるかもしれないなんて、そんな面倒そうな事は真っ平御免である。
そう考えた鴇尾は、今夜の晩御飯に意識を飛ばす事にした。




