十六
「えー、からすさん、もう帰えっちゃったの~?」
「ぼく、おともだちになってもらってな~い!」
「ほんとねぇ、鴇尾がもうちょっと引き留めてくれたら良かったのにねぇ」
「そーだよときおー!」
「ひどーいときおー!」
「そうよね、ひどーい鴇尾!」
「ぐふっ」
ひどいのはお前らだと、鴇尾は声を大にして言いたい。言いたいのだが、ビシビシ飛んでくる批難の視線が、それを許さない。そしてチビッ子達よ、背中でピョンピョン跳び跳ねるのはやめてくれ、こちとら寝不足で吐きそうなんだ。
「それにしても、首は大丈夫?栄次に治してもらう?」
ぐるぐると包帯を巻いた首を玉緒に指差され、あの男に舐められた感触を思いだしてしまった鴇尾は、ゾワリと背筋を粟立たせる。せっかく思い出さないようにしていたのに、台無しである。
「え~、ぼくやだ~!しんどいもん!」
「そうだよー!栄次はからすさんにがんばって、つかれてるのっ!」
幼い子供達の言葉が心に突き刺さる。
あの男は直ぐに治してやってたのにっ! とシクシク泣き崩れた鴇尾に、玉緒が慌ててフォローする。
「ほら、でも鴇尾の首、いたたーで可哀想でしょう?お母さん、治してあげてほしいなーって」
やんわりと説得するのも空しく、栄次はぷいっと顔を背けた。
「だってときお、からすさんに自分だけさようなら~したもん!」
「そーだよっ!それにときお、いっつも寝てるから、治さなくてもすぐ治るもん!」
止めを差さんばかりに追撃され、もう起き上がる気力すらない。もちろん鴇尾は、寝たら怪我が治るなんて便利な力も持ってはいない。
ショックの余りズーンと床に沈み込む姿には、もはや玉緒も空笑いしかできなかった。
「ほほほっ、えーと、そうね。そろそろおいとましましょうか。鴇尾もほら、忙しいしね」
「えー、もうかえるの?ときお、ねてるだけだよ?」
「ぼくもまだここにいる~」
「こらこら、我が儘言わないの。それじゃ鴇尾、お大事に~」
ほほほ~という笑い声と、何やら文句を言う子供の声が遠ざかって行く。やれやれ本当に何をしに来たのやら、鴇尾にダメージを与えるだけ与えて去っていった三人に、床に沈みこんだままの鴇尾は大きく溜め息をついた。
『おう鴇尾!呼んだか!?』
「おうぶちにゃん、全くもって呼んでない」
『お前っ、喋ったかと思ったらそれかっ!?』
バシバシと頭に猫パンチを繰り出され、寝転がった体勢のまま、なんの用だ、と目で訴える。明らかに面倒そうな空気を出すと、ブチは気に入らなかったのか、グワっと口を開き喚き始めた。
『おっ前なっ!人が汗水たらして情報集めてきたってのに、その態度はなんだ!?あぁん?なんか文句あんのかっ!?』
「……ぶちにゃん、人じゃないし」
『っかー!言うことにかいてそれかっ!?挙げ足とんじゃねぇ!いいか、この俺が、誰の為に必死こいて阿山んトコに忍び込んだと思ってんだ!?いいかっ!それはだ……』
「あいあーい、わかったから。で、どうなの」
『人の話は最後まできけっ!いいか……』
『んもぅ~、あんたは話が長いのよ。あ、鴇尾、おはよう。傷は大丈夫?』
ブチの話を遮って座敷牢に入ってきたのはクロだ。その姿をみた鴇尾は、いそいそと起き上がりクロを抱き寄せる。色々と精神的に疲労してる鴇尾にも、至福の時間は必要である。
『それでぶちにゃん、阿山の所はどうだったのよ』
『ったくお前ぇらはよ~』
未だにぶつぶつと文句を垂れる様子に、クロが睨みを効かせる。その視線にぶるりと体を震わせたブチは、渋々口を開いた。
『あー、あの烏野郎を探し回ってるよ。よっぽどあの野郎を見つけ出したいのか、忍連中は阿須狭の国まで足を伸ばしてるようだ。まぁ今のところ見つかってねぇみてぇだし、烏野郎は無事に帰り着いたんじゃねぇのか?どこが棲み家か知らねぇけどよ』
『はぁーん、あの烏、よっぽど重要な情報でも入手してたのかしら?日江の重鎮が殺されたって話は聞かないし、恐らく諜報で来てたんでしょ?』
『そうだな、恐らくそうだと思うが。問題は、だ。あいつが本当に約束を守るやつなのかって事だ』
厳しい声音で言われた内容は、鴇尾に重くのし掛かる。横に居たクロも真剣な面持ちで頷く。
「栄次の情報が漏れた様子はまだないのよね?」
『ああ。あの男の事も探ってはいるんだが……流石は凰間忍、なかなか尻尾をつかませやしねぇ。猫連中じゃ追い付かねえから、鳥や鼠共も総動員したが、さっぱりだ』
『関心してる場合じゃないでしょ。でも栄次の情報がバレてないなら一安心ってとこかしら?』
『ああ、今ん所な。それに、栄次については情報が広まる事は無いと思うがな』
どこか自信あり気に大丈夫だと言う姿は何故か確信があるかのようで、そんなブチの態度に首を傾げる。
『どういう事よ。なにかわかってるの?』
鴇尾の気持ちを代弁した言葉に頷きながら、訝しげな視線を向ける。それに対し、ブチは胸を張って得意気に語りだした。
『だってよ、考えてもみろ。せっかく知った異能者の存在を、わざわざ他の奴にバレるようなヘマするか?俺があの野郎なら自分の手下にしようと、逆に情報を隠すがな』
なるほど、言われてみればそれもそうだ。何も貴重な異能者の存在をわざわざバラして、争奪戦にするメリットはない。
『でもそれって、自分の配下にする前提じゃない。結局栄次は連れてかれるって事でしょ?それって何も解決してないけど?』
ズバリ指摘された内容に今更気がついたのか、目を大きく見張る。それにクロは、呆れたように溜め息をついた。
『結局、栄次や鴇尾の運命はあの男にかかってるって事でしょ。それに、あの男が鴇尾の異能に気が付いているかも問題よ』
確かに、あの男の前で動物達と会話したりはしていないが、明らかに鴇尾を守る動物達には気が付いている筈だ。幸いな事に鴇尾の髪はよくある黒で、あの暗闇の中では異能者とは判断できないだろう。……それも、青い目を見られていなければの話だが。
『どちらにせよ、あの男もしくはあの男の主に興味を持たれたら栄次も鴇尾もお仕舞いだろうよ。晴れて本物の囚われの身って訳だ』
『ちょっと不吉な事言わないでよ!まだあの男が、約束を守るっていう可能性だってあるのよ!?』
『ばっか、それはねぇだろ!すでにあの男は鴇尾に興味持ってると思うぜ。だってよ、首舐めたんだぜ首!それって匂い付けみたいなもんだろ』
『馬鹿はそっちでしょ!匂い付けってなによ匂い付けって!アンタじゃあるまいし、そんな事するわけないでしょう、このケダモノがっ!』
『はぁぁ!?当たり前だろ、俺は猫なんだから獣だっつーの!大体なぁ、男なんて皆そんなもんだよ!あーあーそうだな、俺なら囚われの美少女に助けられたら、絶対その子を連れ去って嫁にするね』
『はぁぁぁ!?そんな馬鹿な話がありますか!だいたいね、男は皆そうとか言うけど、アンタは雄!人間の男と一緒にしないでちょうだい!』
『っはぁぁぁぁ!?お前、わかってねぇな!人間の男も雄だっつーの!』
何だか別の話になりつつも、ヒートアップする二匹。その話の内容は心底どうでもいいが、ここで喧嘩するのは止めてほしい。何だか疲れが押し寄せて溜め息をついた鴇尾に、二匹の視線が集まった。
『どうしたのよ鴇尾?』
『なんだ、なんか言いたい事があるのか?』
「……もう寝る」
そう言って二匹を外に放り投げ、鴇尾はようやく静かになった部屋で久しぶりの深い眠りについたのだった。




