十四
「それでね、この人は鴇尾のお友だちなんだけど、お怪我が痛い痛いなの。可哀想でしょ?だから、痛いの痛いの飛んで行け~ってしてくれる?」
「わかったー!とんでいけー、するー!」
玉緒の発言には色々言いたい事があるのだが、それはさておき、とんでいけー! と大袈裟に跳び跳ねる栄次が可愛いすぎる。
内心では抱き締めたい! と悶えている鴇尾だが、栄次に嫌われたくないが為に、荒ぶる胸の内などおくびにも出さず、傷が治されていく様子を静かに見守る。
その姿は怪我人を前にしていることも相まって、知らぬ人から見れば物憂げな美少女にしか見えなかった。勿論、見た目だけだが。
「もーいたい、ないかなー?おめめ、ぱっちりー?」
「そうねぇ、いまはまだお熱があるから、お熱が下がったらお目めぱっちりかも知れないわねー」
「じゃあ栄次のお友だちになってくれるかなー?」
「そうね、お友だちになってくれるかもねー」
そんな事は、この私が許しませんけど? と声を大にして叫びたいが、玉緒の睨みが恐ろしくて叫べない。あぁ口惜しや、と嘆く鴇尾は、もう立派な叔母馬鹿である。
「それじゃ栄次、お部屋に戻っててくれる?お母さんは鴇尾とお話するから」
「はーいっ」
またねーと手を振り去っていく姿に、あぁ可愛い私も一緒に行きたい、と切なくなる鴇尾の目の前で、ギロリと睨んでくる玉緒は、きっと幻だと思いたい。
「それで?さっきは急いでたから聞けなかったけど、鴇尾、この人は何なの?危ない人じゃないの?」
「うっ」
ズバリ痛いところを突かれ、言葉につまる。結果的に助けはしたが、この男がどんな人物かわからない上に、忍である。目が覚めた途端攻撃されないとは限らない。
「とりあえず、阿山の忍に見つかる訳にも行かない…ので、熱が下がってきたら、体縛っとくから大丈夫、……と思いたい」
しどろもどろ、何とも頼りない言葉を聞いて、玉緒は大きく息をついた。
「まったく、鴇尾は人に冷たいのかと思えば、こうやって助けたり……なんだかんだ、やっぱり優しいのよね」
呆れながらも嬉しそうに笑うその姿に、いや私も栄次の事が無ければ助けたりしませんけど、とは言えず、曖昧に微笑む。
「そるじゃあ私も戻るけど、ちゃんと面倒みるのよ?お水はそこに置いてあるし、手拭いはそこだからね。ちゃ、ん、と!みるのよ?わかった?」
「……あーい」
その返事を聞いてもまだ信用できないのか、疑わしそうな玉緒の視線を感じ、慌てて近くにあった水差しを構え、どーんと胸をはる。そんな鴇尾の様子に何故か一層不安そうにした玉緒は、何度も何度も振り返りながら、栄次の部屋へと戻っていった。
玉緒の背中が角を曲がり見えなくなった辺りで、鴇尾は持っていた水差しをぽいっと放り出し、床に寝転がる。あー面倒くせー、と呟きながらゴロリゴロリと寝返りをうつ。すると、ちょうど目の前に烏の面が来た。何だか憎らしくさえ思えてきたその面の、嘴を模した所をつんつんとつつきながら、憮然とした声をだす。
「このバ烏め、目が覚めたら放りだしてやる」
いまいましそうに烏面を睨み付け、ケッと悪態ついた鴇尾は、その男の首に汗が伝うのを見つけてしまい、やれやれと起き上がった。
それから三日三晩看病を続けたが、男は目を覚まさなかった。二日過ぎた辺りで飽きてきた鴇尾は、容態が急変したといってどこかに捨てて来ようか、と真剣に企んでみたが、玉緒の監視が厳しすぎて実行に移すことはできなかった。
「ぼくが悪いのかなー?」
「あら、栄次のせいじゃないわ。栄次はまだ力が安定してないだけよ。きっと、もうすぐ目を覚ますわ」
「ほんとー?」
なかなか目覚めぬ男を心配そうに覗き込む栄次は、ちゃんと治癒出来ていなかったのではと悩んでいた。確かに、栄次の力はまだ安定しておらず、その使い方も覚束ない。しかし、傷は綺麗サッパリと消え去っているのだから、ちゃんと治癒は出来ていたのだろう。
「えーと確か、クロが言うには……体内の毒?だったかな、が残ってたんじゃないかって」
栄次を悲しませたくない一心で、朧気な記憶を掘り返して言ってみる。
「ああ、成る程ね。傷を直すより、体内の異常を取り除く方が難しいって聞くものね」
「やっぱりぼく、ちゃんとできてない?」
「そんな事はないわ、栄次。あなたはちゃんと出来ていたんだけど、ちょっと悪い物が体に残ってただけなの。栄次はよくやったわ」
そうだそうだ栄次は良くやった、寧ろ悪いのはこの男だ、毒になんぞ侵されおって情けない! と心の中で罵倒する。実際声になんて出したら、また玉緒に大目玉を食らうだろう。
『鴇尾ー、また阿山んとこの忍がちょろちょろしてやがる。栄次を部屋にもどせ』
またか、と顔をしかめ、するりと牢の柵の間を通り抜け、部屋に入ってきたブチに礼を言う。よっぽどこの男を見付け出したいのか、チョロチョロと嗅ぎ回る忍の多さには、本当に辟易する。小さく溜め息をついた鴇尾は、玉緒に目配せした。
「……また忍?ねぇ、最近思うんだけど、栄次に頭巾を被せるって言うのはどう?鴇尾も目が見えないように深めに被ったら、異能者だってバレないんじゃないかしら」
顔を輝かせ提案してきた玉緒に、首を横に振る。実はこれまでも、そういった事を考えなかった訳ではない。栄次においては、その髪を染めてみてはと考え、様々な情報を集めて見たりもした。しかしそれで分かったのは、異能者を表す色というのは、何にも干渉を受けないという事だった。つまり、染めることは不可能だという事だ。
鴇尾の目にしても、この時代カラコンなんかがある筈もなく、まったくお手上げ状態。玉緒が言ったように頭巾で隠すのも有りかと考えたのだが、逆に怪しまれるだろうとクロに指摘され、それもそうだと納得する。
結局、何をしても探りに来られればバレるのだと開き直り、小細工は諦めていた。
「そうよね、私たちみたいな素人があがいても、忍相手には無駄なんでしょうね。……わかったわ、私も覚悟は決めているの。それじゃ鴇尾、なにかあったら呼んでちょうだいね」
そう言ってすこし笑い、玉緒は手を振り去っていく。同じく手を振り返していた鴇尾は、ふと横からの視線を感じ、振り向いてみる。
『心配すんな鴇尾!何かあったら、俺たちが守ってやるからよ!俺がいたら百人力!いや、百猫力だぜっ!あひゃひゃひゃひゃ』
大口を開けての高笑いにイラッとした鴇尾は、その首を鷲掴み、ぽーいっと勢いよく外に放り投げた。
『ごらぁぁぁっ!投げるんじゃねぇえ』
どこか遠ざかって行くその声が何だか無償に可笑しくて、最近溜まっていたストレスが、少しスッキリとした鴇尾なのだった。




