十三
「それで、この人を昨日の夜から連れ込んでる訳ね?」
「いや、連れ込んでるという言い方はちょっと……」
「なぁに?」
「いえ、何でもありません」
何で私がこんな目に合わねばならんのだっ! 寝不足で朦朧とする鴇尾の胸にふつふつと怒りが湧き、今だ目覚めぬその男に舌打ちをする。
「んまっ、鴇尾!女の子がそんな悪態を付くものじゃありませんよ!」
「……あい」
玉緒に叱られた鴇尾は、ふて腐れて返事をした。
まったく、うちの庭なんぞに倒れよって、なんて迷惑な奴なんだ。栄次の事が無かったら、その辺に捨て置くものを……。心の中でギリギリと歯軋りする鴇尾に、またもや玉緒の説教が飛ぶ。
「それに何ですかこれは!手拭いはびちゃびちゃ、服も汗だく泥だらけ、応急処置は薬をぶっかけただけ!?」
それでも女の子なのっ!? と叫ばれて、ぐうの音もでない。
これでも鴇尾なりに頑張ったのだ、その努力は誉めてくれてもいいじゃないか。心の中で口を尖らせ、石を蹴る。その石が男に当たればいいのに、なんて馬鹿な妄想を繰り広げてみるが、所詮は妄想、現実には成り得ない。
「他にも色々言いたい事はあるけど、まずは栄次を呼んでくるわ。この人の怪我を治してもらわなきゃ。鴇尾、ちゃんと彼の様子を見てるのよ?わかった?ちゃんとよ?」
「……」
「鴇尾っ」
「あーい」
すっかり臍を曲げ、こいつのせいで散々だ、と寝転がる男を睨み付ける。こんな奴拾わなければよかったと後悔していた所に、ブチがするりと部屋に入ってきた。
『鴇尾、阿山の様子を探らせてきたぜ。どうやらその男、阿山んとこに忍び込んで、追われてたみたいだな』
「……どんくせっ」
『そう言ってやるな。最近阿山の所には、手練れが増えてるって話だからな。まあ十中八九、阿須狭の国からの応援だろう』
「……面倒事が多そうなら、捨て置いた方がよかったか」
『そうとも言えないぜ。うちの庭であのまま見つかったもんなら、一通りこの家の中も探られるだろうよ。そしたら芋づる式に、栄次もお前も阿山行きだ』
やはりそうなるか、と渋面をつくる。だからこそ、隠蔽工作をしてまで家に入れたのだが。
『それにこいつ、黒髪だし』
「……黒髪だと何かある?」
突然変わった話の流れに首を傾げる。黒髪なんて、その辺に掃いて捨てるほど居るではないか、別に珍しくとも何とも無い。
『ばっか!お前、黒髪だと異能者の確率が半分になるだろっ!』
「はぁ…?」
『って事はだな、危険度も半分だ!』
いや、そういうものなのか? と頭に疑問が溢れるが、熱くなっている所に反論するのも面倒そうなので、賢くお口はチャックする。無論、空気は読める方だと自負している。
『って事はっ、て事はだなっ!阿山の忍よりも安全ってことだ!』
『……なんでそんな馬鹿な結論になるのよ。でも、さっきから気になってたんだけど、もしかしてだけどこの男、凰間の忍じゃないかしら?』
鴇尾の横で寛ぎながらブチに呆れ返っていたクロが、男の顔を覗き込みながら言う。
『ぬぁぁにぃぃいっ!凰間だとっ!?……あ、確かにこの装束は凰間忍のものに似てるな。……ん、ちょっとまて、確か凰間忍の頭領は烏面じゃなかったか?』
『あっ、確かそうよ!何で忘れてたのかしら、この間近所の三毛に聞いた所だったのに。やぁね私ったら、年かしら~』
『ってことは、こいつが頭領って事かっ!?うっひょ~!ほら、よかったな鴇尾、見捨てないで!凰間忍は頭領に絶対服従って有名だぜ?そんな奴を見殺しにしたら、後で手下に何をされるかわかったもんじゃねぇ』
俺っち危機一髪! と盛り上がっている所悪いが、鴇尾はさっぱり話について行けない。まず凰間忍とはなんぞや?
『まぁっ!まぁまぁまぁまぁ!』
『おい~鴇尾よ~。この間さんっざん、説明したじゃねぇかよ~』
はてそうだったか? と首を傾げて考えていると、二匹の猫が大袈裟に溜め息をつく。
『いいか~?よく聞けよ~?凰間忍ってのは、数ある忍集団のなかでも最強と言われる奴等だ。あー、確か箕雲の国に仕えてる筈だぜ』
ほうほう、ならばこの男は、なかなかに凄い人物だと言うことか。しかしそんな人が、なぜボロ雑巾のような状態で庭に落ちていたのか。
『そうねぇ、そこは不思議だけど、阿山の所には最近、保賀宇津時が居るって話だし』
『なにっ!それってあれか、忍の中でも五本の指に入るっていう、風の異能者、保賀宇津時か!?』
『他にどの保賀宇津時がいるのよ。そんなにポンポン保賀宇津時が居たら困るでしょ、この馬鹿!まぁ、噂だから本当の事はわからないけどね。だけどそれならこの男がヤられたっていうのも、あり得る話だわ』
なるほどねぇ保賀宇津時か、要注意だな。トントンと指で床を叩きながら、特に詰まってもいない頭を回転させる。そして暫く考え込んだ後、ポンっと手を叩いた。
「取り合えずぶちにゃん、保賀なんちゃらの情報よろ。クロは凰間忍の方よろ。何もしないでボーッとしてるよりマシでしょ」
珍しくテキパキと指示を出す鴇尾に、二匹もそりゃそうだ! と景気よく返事を返し、外に飛び出して行く。
そんな後ろ姿を眺めながら、ポツリと呟いた。
「……さて、皆が帰ってくるまで、ボーッとするか」
することないし、と付け加えた鴇尾は、もしその場に玉緒が居たのなら、真面目に看病しろ! と大目玉を食らう事間違い無しだった。




