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夜に星が瞬けば、  作者: 銀タ
12/28

十二






 静かな眠りを妨害するのは、やはりというか何というか、相変わらず空気の読めないブチだった。


『おい鴇尾!起きろ!起きないと面倒な事になるぜ!』


 耳元でニャゴニャゴと喚かれ、せっかくの眠りを妨害された鴇尾は、低く唸りながら起き上がった。まったく、良い気持ちで寝てたのに何だ、まだ夜じゃないか。


『お前っ、昼からどんだけ寝るんだよっ!昼夜逆転もいい加減にしろっ』


 どこぞの母親かと思うほど口煩く説教してくるブチに、うんざりしながら何事だと、不満気な顔を向ける。そんな反応にイラっとしたのかその猫は、毛を逆立ていきなり大声で喚き始めた。


『お前なっ、俺がせっかく慌てて飛んで来たってのに、何だその態度はっ!』


 寝起きの頭に怒声が響く。ガンガンと鳴る頭を押さえながら、頼むから静かにしてよと手を振ってみる。しかし、そんな態度に益々ヒートアップするのがブチなのである。


『おい、そこに直れ!いいか、俺がどんだけ慌てて……』

『ちょっと、そこまでにしなさいよ。今はそれ所じゃないでしょ、まったく』


 ブチが説教を始めた所に現れたのは、相変わらず福々しい姿のクロだ。その姿を認めた瞬間、これで煩わしい説教から解放される! と訪れを喜んだ鴇尾だったが、無情にも、それは厄介な問題の訪れでもあった。


『鴇尾、大変よ。庭に忍が落ちてるの』

「……は?」

『いいから早く来てっ』


 珍しく慌てた様子のクロに急かされ、いそいそと外へ出る。

 はて忍が落ちてるとはどういう事だ? と首を傾げながら着いた庭には、確かにクロの言う通り、忍が落ちていた。 

 おいおい、忍ってのは落ちてるもんなのか、猿も木から落ちる的なアレなのか、と目を点にしてしまう。


『鴇尾、バカな事言ってる場合じゃないわよ、早く手当てしないと、こいつ死ぬわ。それに、さっきから阿山の忍が飛び回ってる、見つかったら面倒よ』


 なんとっ迷惑かつ厄介な! 庭に転がる黒い塊に有らん限りの罵声を浴びせたい気分だが、そんな事をしている暇は無い。阿山の忍がここに来るのは、何としても避けねばならない。


「ぶちにゃん、ソイツ引っ張って……」

『これる訳ねぇだろっっ!!!』

「ですよねー」


 使えねぇな、とは口が裂けても言わない。人手が足りない今、いかに日頃ブチブチ五月蝿いブチといえども、機嫌を損ねる訳にはいかないのだ。


『おい!いま何か失礼な事考えてなかったか!?』

「ソンナコトナイヨ。……あー、隠蔽よろしく」

『……仕方ねぇな、この血を隠す所からだな、まったく。面倒な事押し付けやがって』


 ブチブチと文句を垂れるその後ろ姿に舌を出し、着物の裾を捲った鴇尾は、裸足のまま庭に降りる。まったく今日は厄日かも、と血溜まりの上にうつ伏せた人間を、足を使って仰向けにする。

 さてさてこの迷惑な奴はどんなツラをしてやがるのかしら、と覗き込んだ鴇尾は、そこにあった黒いお面にポカンと口を開けた。


「……顔、見れない」

『あ?そんなの当たり前だろ、忍なんだから。そんな事より、さっさとソイツ連れてけっ!こっちの作業が進まねぇだろっ!』

「……ケッ」


 もう一度ブチの背中に舌を出した鴇尾は、地面に倒れた忍の背後に回り、舌から脇に手を入れよっこいせっと立ち上がる。


「お、おもっ」

『そうねぇ、明らかに鴇尾より大きいものねぇ』


 呑気に見ているクロに対し、この時ばかりは悪態をつきそうになる。

 それにしても、この忍、デカイ……。恐らく、というより絶対に男だろう。鴇尾の体が少し小さめと言っても、体格差がありすぎる。現にズルズルと引きずるられる男は、お尻の辺りから地面に着いてしまっていた。

 こりゃ、私より三十センチはでかいな、と冷静に考えている鴇尾の身長は、およそ百五十ちょいである。という事はこの男、戦国時代だというのに百八十を越える大男だということか。


「……え、それってデカすぎじゃね」

『意味わからんこと言ってないで、はやくいけっ!』


 つい溢れた言葉にとうとう怒鳴られた鴇尾は、口をへの字にまげ、渋々部屋に向かって動き始めた。






『で、どうなんだソレ』

「んー、わかんない。とりあえず生きてるっぽいよ」


 なんとか男を部屋まで運んだ鴇尾は、前世の記憶をフル稼働させ、体中にあった大小様々な傷を応急手当した。しかし医療知識が有るわけでもなく、傷口を綺麗にして適当に薬を塗りつけ、熱が出てきた男の額……と思われる場所に、濡れた手拭いを置いておくという何とも適当なものだ。そのぐちゃくちゃの手拭いから滴る水に、鴇尾の家事及び介護能力はお察しの通りだろう。


『お前な、せめて面を外して直接額に置いてやれよ、まったく適当だな……』


 呆れ返るブチに、むっと口を尖らせる。仕方がないじゃないか、どうやっても男の目元を覆う、その変な黒い面は取れなかったのだから。


『なに?仕方ねぇな、俺が取ってやるか』


 やれやれと首を振りながら、丁度お面と顔の境目、鼻辺りを引っ掻き始める。そんなブチを後ろから見ながら、鴇尾は首を傾げて尋ねてみた。


「それ、何だと思う?」

『あぁん?あぁ、この面か?こりゃ、烏……だな』

「カラス?……ふぅん、綺麗なお面ね」


 男の顔を鼻まで覆った面は、どうやら烏の顔を象っているらしい。狐面はよく見るが、烏とは珍しい。しかも、真っ黒に塗られている。

 ガリガリと面に爪を立てていたぶち猫は、がーーっ!っと苛立たしげに叫んだ。


『どーなってんだこの面はよっ、びくとも動きやしねぇ!こいつこんなんで前見えてんのかっ!?』

『馬鹿ねぇ、見えてるから着けてるんでしょ。忍なんだから、そうやすやすと顔を晒さないわよ』

『そーゆー問題かっ!?』

『もう!煩いわねっ。それより鴇尾、この人熱が出てるみたいだから、脱水症状には気を付けてあげて?』

「ん、脱水症状ね」

 

 まかせろ! と力強く頷く。なるほど脱水症状か、流石クロ、物知りである。しかし気を付けろと言われても、何をどう気を付ければ良いのかさっぱりわからない。首を傾げながらも、まあなんとかなるさ、と開き直っている鴇尾の横で、クロはやれやれと肩を落とした。


『定期的にお水を飲ませてあげてちょうだい。幸い口の所は見えてるから……出来るわよね?』


 有無を言わさぬその態度に、カクカクと頷く。逆らってはいけない雰囲気をひしひしと感じるのは何故だろう。


『じゃあ私たちは引き続き隠蔽工作してくるわ。ちゃんと面倒みるのよ?わかった?』

「はいっ!」


 背筋をピンと伸ばして勢いよく返事をした鴇尾に、クロは満足そうに頷きブチを伴い部屋から出ていく。案外ヒエラルキーのトップは、このクロなのかもしれない。

 やっぱクロは女王様、いやどちらかと言うと女帝? と馬鹿な事を考えていた鴇尾の耳に、どこからか小さな呻き声が聞こえてくる。

 この部屋には、鴇尾とあの忍しか居ない。ああなんて面倒な、と自分の不運を嘆きながら、渋々後ろを振り返ってみた。


「ぐっ、うぁ……」

「……はぁ」


 何やら汗をかいて苦しそうに唸る忍に大きな溜め息をついて、これは汗でも拭いてやるべきか、といそいそと動き始めたのだった。






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