十一
「それで、どうなの?やっぱり栄次の事は……」
「……うん」
不安そうに聞いてきた玉緒は、その答えを聞いて、とうとう涙を溢れさせた。
「そ、そんなっ!どうしよう……栄次が連れていかれるなんて嫌っ!」
ボロボロと泣きながら取り乱す玉緒を、労るように撫でる。鴇尾だって可愛い甥っ子を、みすみす手放すつもりはない。
「大丈夫、まだはっきりとはバレてないから」
「ほ、本当に?」
「光の異能者がこの国に居るって情報をつかんだだけ、まだここに居るとは思われてない」
「それは、阿山様が?」
「面倒な事にね……」
阿山様、というのは鴇尾達が住むここ、日江の国を治める男だ。良い主かと聞かれれば、否というしかなく、戦上手かと聞かれてもまた、否である。
伝え聞く人柄も良いとは言えず、集めた異能者を情け容赦なく酷使する、というのは広く知られた話しだ。しかし幸いな事に、阿山は比較的攻撃重視、つまり、戦で使える異能者を集めているようなのだ。結果、白の異能者、つまり栄次には今のところ興味関心がないらしく、その魔の手は迫っては来ていない。
「やっぱり、ここを離れて箕雲の国へ行った方がいいんじゃないかしら?」
「いや、栄次を隠しながらこの国を出るのは難しい。箕雲の国に入るまでに何ヵ所も検問所があるし、そこを避けるとなると、賊がいるような場所に入らないと無理」
「そうよね……」
箕雲の国は日江の隣、阿須狭の国を越えた所にある。そこの国主は名君と名高く、異能者も手厚く保護され、自由に生活できるらしい。そしてその噂を聞き付け、日江のような国から異能者が逃げ込み、ますます国を潤す結果になっているという。
「私が治癒なんかじゃなく、戦える異能だったよかったのに……」
「それを言うなら私。動物達も一般人は倒せても、名のある武将相手じゃ歯が立たない」
実際、以前菰乃屋に入り込んだ盗人がいたが、それを捕まえるのすら一苦労、小さな動物達が大乱闘を繰り広げてやっとの事だった。その時は、相手が素人の雑魚で良かったと心底思ったものだが、これが手練れの者であったら、と考えただけで背筋が凍る。
せめて山の中ならもう少しなんとかなったかもしれないが、こんな町中に熊なんぞを連れ込む訳にもいかない。すぐに町を監視する忍達に嗅ぎ付けられるだろう。
「でも、阿山様に知られるのも時間の問題よね。あの方は忍連中をたくさん飼ってるっていうし」
「バレたらバレたで私がなんとかする。最悪、栄次を連れて逃げる位なら何とかなると思う。それに今のとこ光の異能者に興味ないからか、忍に探させてはいないみたいだし……」
「そう、それなら阿山様が興味を持たれるまで、何とかもつかしら。ねえ、阿須狭の国はどうなの?あそこは特に悪い噂も聞かないし、山を越えればたどり着けるかも知れないわ」
期待を込めた顔で見つめてくる玉緒に反し、鴇尾は顔を曇らせた。最近寝る間を惜しんで情報を纏めているのは、その阿須狭の国が原因なのだ。
「どうも近頃、阿須狭の国はきな臭い」
「えっ?そうなの?」
「阿山と頻繁に連絡を取り合ってるみたい。裏で手を組んでると思う」
「そんな……それじゃ本当に、箕雲の国へ逃げるなんて夢のまた夢ね。あぁ鴇尾、もしもの時は栄次をお願いね……」
その言葉にこくりと頷く。栄次の存在がバレたら形振り構わず動物達を呼んで、一気に箕雲の国まで走り抜けるしかない。向こうが本気で追手を放つまでに、この国を脱出できるかが勝負所だろう。
『鴇尾っ!また忍がうろちょろしてるよ!』
パタパタと小さな羽音をさせ、小さな窓枠に止まった小鳥が叫ぶ。その言葉にまたか、と眉を寄せた。この国は、最近どうも騒がしい。
「玉緒、今日は栄次を部屋からださないで」
顔をしかめて告げる鴇尾に、玉緒も何かを感じたのか真剣な顔で頷く。
「わかったわ。鴇尾も、くれぐれも気を付けてちょうだいね」
「ん、大丈夫」
その返事にもう一度頷いた玉緒は、小走りで栄次の元へ去っていった。
がらんと静まり返った座敷牢の真ん中で、一つ溜め息をついて寝転がる。鴇尾は未だ昔のまま、座敷牢暮らしだ。別に意地悪されての事ではない、ただ単に、自分が移動するのが面倒だったからだ。
それに鴇尾にとって、ここは少し変わってる部屋だというだけで何の不満もない。滅多に使うことはないが、座敷牢の入り口も鍵は開いていて、出入りだって自由にできる。勿論、玉緒は今でも引っ越しを進めてくるが。
『鴇尾、寝るの?』
先程の小鳥の言葉に無言で頷いて、昔から変わらぬお気に入りの毛皮に小さく丸まった。どうも最近、頭を使いすぎて頭痛がするのだ。
元々頭がいい方でもなかったし、転生したからといって授かったのは、動物と話す良く分からない異能だけ。前世よく聞いたような、所詮チートといえるような物は何も無かった。
もし賢かったら今の異能をもっと活用出来たかもしれないが、平凡な鴇尾には情報を探る程度が限界であった。
あぁもっと己に力があったなら、と考えながら目を閉じる。
――あぁもっと己に力があったなら、栄次のみならず、玉緒も珠子も金衛門も、皆守って見せるのに。




