十
さて、将来を誓いあった金衛門と玉緒だったが、二人の結婚話がとんとん拍子に進んだかというと、勿論そうは問屋が卸さなかった。
金衛門の周囲は諸手をあげて歓迎したが、玉緒の方はというと、親類知人友人、果ては近所の子供達までもが大反対。二人が無事に夫婦になるまで、なんと三年もの月日がかかった。
「ときお~、もうお昼すぎたよ~!遊んで~、とぅっ!」
「あちょんで~、っえいっ!」
「グエッウェッ」
蛙のような声を出すのは、花も恥じらう乙女……な筈、見た目だけ一級品の娘、鴇尾である。もう十八にもなったのに、相変わらずゴロゴロとだらけたその背に、小さな怪獣達が襲いかかる。
「あーちょーぼーっ!」
グラグラと鴇尾を遠慮なく揺さぶるのは三歳になる男の子、金衛門と玉緒の二人目の子供、栄次だ。
「ときお、またねてるのー?ぐーたらー!」
三歳児に無抵抗でシャッフルされる鴇尾を、指差しながら失礼な事を言うのは永次の姉、つまり金衛門と玉緒の長女、珠子である。
「こらこら、また鴇尾の所にきてたのねっ!鴇尾はお仕事中なの、邪魔したらいけませんよ!」
パタパタと廊下を駆けてきたのは、八年の歳月を経て、美少女から美女に進化した玉緒だった。
「しごとしてないよー、ねてたよー?」
「ねんねーよー?」
母に注意されたのが不服なのか、むっとしながら反論する。そんな子供達に、最近母としての貫禄が出てきた玉緒は、腰に手をあて怖い顔をした。
「鴇尾はゴロゴロするのが仕事なのっ!いまこの瞬間も働いてるのよっ!」
そんな馬鹿な話があるかっ! と流石の鴇尾も飛び起きる。
「いや、流石にそれはちょっと………」
「そっかー!ときお、すごーい!」
「しゅごーいっ!」
「お、おぅ」
キラキラとした目で鴇尾をみてくる二人に、大人としての尊厳やらなにやらが、ガリガリと削られていく気がする。そして、ずーんと床に沈みこんだ鴇尾に、おしごとがんばってー! と邪気の無い言葉が止めをさした。
ドタドタと大きな音をたてながら、走り去った小さな台風の後に残るのは、瀕死の状態で床を這う乙女らしきものである。
「もう、鴇尾ったら、また遅くまで情報収集してたの?もうそんな事しなくていいって言ってるのに……」
床に散らばる紙を拾い集めながら、床に伸びたままの鴇尾に困ったような視線を送った。玉緒のその言葉が聞こえない筈はないのに、何も反応しないその姿に小さく溜め息をつき、集め終わった紙をまとめて机に置く。
「金衛門さんも、昔みたいに悪い事はしてないし、最近は恨みを買ってないでしょう?わざわざ、危ない情報を集めなくてもいいのよ?……それとも何か、気になる事があるの?」
玉緒の心配そうに見つめる視線を感じ、モゾモゾとひどくゆっくりとした動作で起き上がる。ぴょんぴょんとあちこちに跳ねた髪を乱暴に整えながら、鴇尾は決まり悪そうに目をそらした。
「まぁ、ちょっと」
言葉を濁すその態度を目にして、玉緒はますます表情を曇らせる。
「やっぱり、栄次の事?そうなんでしょう?」
「……」
返事をしない鴇尾に何かを理解したのか、やっぱり、と小さく呟いた玉緒は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、私が迂闊だったから……。まさかこんな事になるなんて……」
深く後悔し涙を浮かべるその姿に、酷くやるせなさを感じた鴇尾は、小さく首を振った。
事の発端を話し始める前に、まずはこれまでの話をしよう。
周囲に反対されながらも二人の結婚の決意は固く、金衛門は三年もの間、毎日かかすことなく玉緒の親に頭を下げに行った。その甲斐あってかようやく結婚を認められた二人は、夫婦になったその年に珠子を授かった。
金衛門も汚い仕事はすっぱりやめ、玉緒に支えもあってか菰乃屋は大繁盛。そして良いことは続くもので、幸せ溢れる家族に新たな命が宿ったのは、それからすぐの事だった。
そして周囲に祝福されながら生まれたのが、二人目の子供、栄次である。
元気に産まれた待望の跡取りに、皆は大喜びだった。しかしその喜びも、栄次が成長するにしたがい不安に変わっていく。――栄次の髪が、綺麗な白だったのだ。
色つきの容姿は異能者の証し、というのは常識だ。しかし異能は遺伝する可能性が高いとはいえ、僅かな力しか持たなかった玉緒から、こんなにも強い力を持つ子が生まれるのは非常に珍しい事である。そういった子供は、異能者をその血脈に積極的に取り込んできた権力者や、武将の元に生まれるのが世の常だったからだ。
己の子が強い異能者であるとわかった玉緒の嘆きは、見ているこちらが辛くなるほどだった。強い異能をもつ子はほぼ全てといって良いほど、その国の権力者達に召し上げられるという。
しかし召し上げられるとは言っても、実際には物心つかぬ幼子を親から強奪してくるようなものだ。良識ある者が治める国であったなら、無理矢理といった事は無いらしいが、残念ながらこの国を治めるのはあまり良い噂を聞かぬ人物であった。
そこで金衛門と玉緒は、栄次を世間から隠す事にした。産まれた子供はすぐに死んでしまったと偽り、数少ない信頼できる者には真実を話し、他言しないよう言い含め……そして家から出す事なく育て始めたのだ。
その作戦が功を奏し、順調に過ぎていた時の中で事件が起こったのは、栄次が無事に三歳を迎えた頃だった。二つ上の姉と活発に遊ぶようになっていた栄次は、なんと大人の目を盗んで家の外に出てしまったのだ。そこに大人達の気の緩みが無かったとは、間違っても言えないが。
「私が、私が目を離したから……」
「玉緒だけのせいじゃない、私も油断してた」
俯く玉緒の肩に優しく手を添える。そんな鴇尾の顔にも、苦々しさが浮かんでいた。
栄次が外に出たのは、人通りの少ない時間帯だった。金衛門は目撃者全てに金を握らせ、栄次の事は忘れてくれと頼みこんだ。そして幸いな事に、その目撃者達はよく知った近隣の、それも話のわかる人ばかりだった為、皆が快く承諾してくれた。
しかし、目撃者が本当にそれだけだったかと言われれば、はっきりと頷く事は出来ない。だから鴇尾は用心に用心を重ね、積極的に情報を集めていたのだ。




