一
鴇尾が違和感を覚えたのは、まだ赤ん坊の時だった。
いや、普通赤子の時を覚えている筈がないだろうと思うかもしれない。だが、鴇尾は覚えているのだ。ボロボロの着物を着た父と母を目にして、何かが違うと感じたことを。
次に違和感を覚えたのは、二歳になった頃だった。
母親に連れられて、畑でせっせと作業する父や兄弟達を見たときに、その光景がえらく原始的だと思えた。
はて、原始的とはなんぞや。
ぽつんと浮かんだその言葉は、到底二歳の幼子が考える物では無かったが、そんな事を理解できるはずもない。ただ、その時に感じた違和感は、ひっそりと胸に染み付いた。
そして鴇尾がはっきりとその違和感を理解したのは、三歳を過ぎた頃だった。親や兄達が、また戦じゃ、と不安気に見つめる小さな山の向こうで、どでかい火柱と雷がぶつかり合うのを見た瞬間だ。
いや、あんなデカイ火がぐねぐねと動くはず無いだろう、ましてこんな晴れた日に雷とは、天変地異にも程がある。
そう思った瞬間、鴇尾の小さな頭の中に、いきなり前世の記憶が流れ込んできた。怒濤の勢いで流れ込むその余りの情報量に、特に出来がいい訳ではない頭では処理が追い付かず、鴇尾は顔面から畑突っ込んで三日三晩寝込む羽目になった。
ぱちり、と次に目を開けたときには、もう只の三歳児では無くなっていた。歴とした、見た目は女児、中身は妙齢の女という、例のアレな感じの子供である。
平成の世で平々凡々なアラサーOL生活を送っていた筈の鴇尾は、何の因果か、なんちゃって戦国時代に生まれ変わっていたらしい。
いつの間に死んだのやら、自分の家族はどうしたのやら、食べる事が出来なかった冷蔵庫の期間限定コンビニスイーツやらはどうでもいい。それよりも今考えねばならぬのは、ここが"なんちゃって戦国時代"である、という事だ。
特に勉強が出来た訳ではないし、歴史が得意だった訳でもない鴇尾だが、これだけは断言できる。
戦だからといって、火やら雷が空中激突大爆発だなんて、歴史で一度も習ったことは無いし、そもそも科学が発展した現代でもありえない、と。
詰まるところ、ここはきっと異世界なのだろう。
これまでの生活や両親や兄弟達の会話、着ている物や生活様式から考えると、戦国時代かもしくはそれに近い時代だとわかるが、しかし鴇尾の居た世界の戦国時代ではない。
誰もが知る武将の名もさっぱり聞かないし、なにより超能力者が戦で堂々と超能力を発揮している時点で、異世界確定である。もし過去にそんな人間が居たとしたら、絶対に学校で習っていた筈だ。そして万が一、万が一にも、大衆に知られていないだけだとしたら、鴇尾には歴史学者達を殴る権利が十分ある筈である。お前ら仕事のサボりすぎだ、と。
「かぁちゃん!チビが目ぇあけたど!」
ボーっと物思いに耽っていた鴇尾の顔を覗き込み、二番目だか三番目だかの兄が叫ぶ。
「うっさいど五郎!そんなでえけぇ声で叫ばなくたって聞こえとるってぇ!」
どうやら五番目の兄だったらしい。七人居る兄達はどれも良く似ていて、鴇尾には違いが全くわからない。ただ、少し大きいか小さいかの違いである。
「チビ!起きてたんなら声くらいかけなっ!まったく、この子はちっとも喋りゃしないんだから。只でさえ女は働き手にならねぇってのに」
ぶつぶつと文句を言いながら鴇尾の様子を見るのは、今世の母である。いや、母の筈だ。
生まれてからこの方、鴇尾の面倒を見てくれたのは専ら兄達で、この母にしろ博打の好きな父にしろ、ろくに育てて貰った覚えはない。生む予定の無かった末子だからか、ろくに労働力にならぬ女児だからか、両親の鴇尾に対する扱いは雑で、名前すら付けて貰っていないのだ。いや、兄達の名前にしても上から順番に一郎二郎なのだから、元々子供は労働力位にしか思っていないのかも知れない。
ちなみに鴇尾という名は、前世の名前である。前世を思い出さなかったら、鴇尾は一生チビのままだっただろう。寧ろ、名前という概念を持たずに死んでいった可能性もある。
そんな自分を想像し、現世の常識を持つ鴇尾は身震いした。
「どうしただチビ、寒いだか?兄ちゃんのこれ着ろ!」
もうじき冬になろうかという時期、このすきま風が吹くボロ屋では自分も寒いだろうに、いそいそとぺらっぺらの上着を脱いで渡してくる三郎だか四朗だかに、見た目は三歳でも中身は立派なアラサーである鴇尾は、うっかり涙が溢れそうになった。
「ど、どうしただ!兄ちゃんの上着は臭かったか!?」
涙を浮かべた鴇尾に対してあわあわと慌てる兄に、なんて優しい子! と、涙が頬を伝う。ちょうどその時、外から帰ってきた何番目かの兄が、泣いている鴇尾を見て、その前に座る三郎を思いきり殴った。
「こら五郎!なぁにチビを泣かしてるだっ!」
「いってぇ!三郎兄ちゃん、おらぁ別に何もしてねぇだよ!」
ぎゃんぎゃんと吠える弟に、ジトリと睨みを聞かせる兄。
……成程、こっちの彼が本物の三郎だったらしい。
自分の兄を適当に覚えている時点で、鴇尾も大概人でなしである。これではあの親にとやかく言う資格はない。
いきなり前世を思い出し、生き延びるのにも苦労しそうなこの時代と、ろくでなしの親に軽く絶望を覚えていた鴇尾。しかし、この自分を可愛がってくれる兄達の名前くらいは、ちゃんと覚えてやろうと考える鴇尾なのであった。




