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鬼ごっこ  作者:
3/6

壊れゆく理性

~壊れゆく理性~


 何とか木の陰で赤鬼をやり過ごした悠馬が音をあまり立てないようにそっと移動を試みようとしたその時。


「ピンポンパンポ~ン」


 突然響いた女性の声に体をビクつかせた。


「みんな元気? 二十人くらいイッちゃったのは残念だけど、他の皆さんは生きる事諦めないでね! あっ、そうそう。ルールなんだけど、制限時間は日が沈むまでね。それまで生き残ってたら勝ちだよ。まぁー、いないと思うけど。この島を出ようとしても無駄だよ。みんなにつけた首輪は時間が過ぎるまでに一定以上島を離れると爆破しちゃうの。だから逃げるのは諦めてね。それじゃ、はぶあないすた~いむ!」


 プツンという音と共に女性の声が消える。


「何が楽しい時間をだよ。楽しんでるのは赤鬼だろうが」


 ゆっくりと確かめるように悠馬は自分の首元に手をやると、プラスチックのようなものに触れた。手の先には先ほど言っていた首輪が存在している。


「冗談じゃなさそうだ」


 改めて、ゆっくりと音を立てないように悠馬はその場を去っていった。



 森の中を颯爽と駆ける中年の男性。悠馬と同様にすぐにあの場を逃げ出した事で赤鬼の惨殺劇から逃れられた一人。

 高校時代に陸上で鍛え上げられた脚は今も健在なのか、さほど疲れた様子は見られない。


「あまり、音を立てない方がいいか」


 休憩がてら近くの木を背もたれにして座り込んだ。


「この調子なら鬼に捕まらないだろう」


 胸をなでおろす男性。

 ふと、目の前の白い物体が視界にはいる。

 よく見ると小さな子供位のサイズほど丈のある細い木製の人形だった。しかし、輪郭だけかたどられたのっぺらぼう。

 不気味に思いながらも男性がその人形を観察していると、体を男性の方に向けて人形が手を叩き始める。


――パチ……パチ……パチ……パチ……――


 聞こえるか聞こえないかぐらいの音がする。警戒しながら近寄る男性だったが不意に意識が途切れた。



「……いない、な」


 木の陰から顔を出し、周りに赤鬼がいない事を確認し終えると、ゆっくりと陰から出た。

 不気味なほど静かな森に恐怖を抱きながら、頭を冷静に働かせようと試みるが、人はどれだけ残ってるのか……鬼から逃げ切れるのか……脱出は不可能だ……希望をみいだせない思考は不安を煽るばかりで悠馬の心は疲弊していく。

 一瞬の油断が命取りとなる環境に一般人が適応出来るはずもなく、鬼に殺される前に自分自身で自害してしまってもおかしくはなかった。

 そんな環境の中、悠馬の背後から茂みが揺れる音が立つ。突然の事で、一度逃げる事を忘れた悠馬の体は再度逃げる事を試みようとはしない。無意識に悠馬は逃げるのを諦めていた。

 しかし、茂みから現れたのは悠馬よりも背丈が低い影。微かに射す光が影の正体を照らす。栗色の綺麗な髪を肩まで伸ばし、白いワンピースを着た小柄な女性。

 異常な環境に訪れた癒しの妖精に悠馬の視線は釘付けになった。


「あ、あの……」


 女性が怯えている事に気づき、凝視していた視線をすぐに外し、落ち着いて話しかける。


「き、君は」

「わ、私はあさみ……浅見(あさみ)美夕(みゆ)です」

「俺は鈴木悠馬……えっと、よ、よろしく」


 気まずい空気が二人の間に渦巻く。いたたまれなくなった悠馬は空気を変えようと話を振る。


「えっと……浅見さんは元気?」


 現状を配慮しない見当はずれな質問に美夕は答えない。代わりに涙ぐむ声が返ってきた。


「やっと、人に……会えた」


 一人だった不安から解放された美夕はその場に崩れるように膝をつき、嗚咽をしながら堪えていた涙を流す。彼女の心情を理解した悠馬はいつ赤鬼が来るかも分からない危険を(かえり)みずに、そっと彼女の小さな体を黙って抱きしめた。

 しばらくして落ち着きを取り戻した美夕に悠馬は事情を聞き始める。


「浅見さんも気絶させられてここに?」


 その問いに一度頷く。


「と言っても私は自分からここに来たようなものですけど」

「どうゆう事?」


 視線を塞ぎがちに落としながら美夕の口から出てきた言葉。それは、今回の一件に関わるものだった。


「私の父も数年前に行方不明になったんです。そして、父の部屋から鬼ヶ島行きの切符が」


 今回のような神隠しは以前から行われていた。予想外の真実に悠馬は頭を抱えられずにはいられない。

 そして、今回と同じ鬼ごっこのようなものも開催されていたと想像するのは容易だった。ならば、美夕の父親は……。


「私は父がどうなったか知りたくて調べていました。そして最近人が行方不明になる事をニュースで知って、警察に話を聞こうと思ったんですが門前払いされてしまいました。ですが、ある日一通の手紙が届いたんです。中には〝浅見美夕さんが知りたい事を教えてあげます〟と書かれていたんです」

「なんでそんな手紙が」


 今度は首を横に二回振る。


「分かりません。ただ、私は父の事が知れるのであればと思い。紙に書かれた場所に行ったんですが」

「気絶させられた、ってわけか」


 事情を聞いた悠馬だが、彼女に何か気の利いた言葉をかける事が出来ない。今彼が出来る事は鬼から逃げる事だけだ。

 それを自分自身に知らしめるかのように聞こえてくる獣の声。木々がざわめき、二人の体を硬直させる。


「あ、あいつだ」

「は、早く隠れなきゃ」


 その場を静か、かつ迅速に離れる。声は少しずつ遠ざかっている事から赤鬼は悠馬達に気づいていないようだ。

 休みなく歩いていると、目の前には一本の大樹を見つける。裏に隠れればしばらくは見つかりそうにはない。

 休息のため大樹の裏に回ると、そこには一人の若い女性と中年の厳つい中年男性が身を潜めていた。


「なんや。まだ生きてるやつおったんか」


 豚のように肥えた中年男性は重たい腰を上げて、美夕に近づいてく。


「あんさん、えらいベッピンさんやな」


 美夕の体を下から上に嘗め回すように見る。咄嗟に美夕は体を抱き、悠馬がその(よこしま)な視線を遮った。


「やめてください! 彼女が怯えています!」


 悠馬の態度にあからさまにへそを曲げた中年男性が、舌打ちをして美夕から離れる。


「まぁ、ええわ。それよりもあんさんらの持ってるもん出してもらおうか。そうすればここにおってもええ」


 命に関わるゲームに参加させられている中でもがめつく取引を提示され、悠馬はイラつきを覚えずにはいられなかった。


「こんな状況であるわけないでしょが!」


 悠馬の態度を気に食わない中年は鋭い眼光でにらみ返す。


「ないやと? なら、代わりのもんで許したる」


 横目でもう一人の女性を見ると、つられて悠馬も視線を女性に向ける。意識して見ると女性の衣服は乱れ、涙を流し、声を押し殺すように呻っていた。


「あんた……」


 キッと睨み返す。この中年の言葉が、行動が、醜態が、何もかもが悠馬の気に障る。


「さ、佐藤さん!」


 名前を呼ばれた中年が振り向く。茂みから現れた顔中が青痣だらけの男性。おそらくこの佐藤と言う人物につけられたものだろうと悠馬は思った。


「なんか見つかったか?」

「見つけはしましたが……」


 男性は抱えているものを見せる。腕に収まっていたのは真っ赤な木製の人形。そして輪郭だけかたどられたのっぺらぼうだった。木製だが鉄の匂いが鼻につく。

 一定のリズムで手を叩く姿は不快感や恐怖心を煽る。


「気味悪いなぁ。何とかせぇ」

「と、言われましても」


 困り果てた様子で声を漏らす。

 一方の悠馬はその人形から目が離せない。何かが引っ掛かり、何かが自然と口から出てきそうだった。

 人形が奏でる一定のリズムに乗せて悠馬の口はゆっくり言葉を呟く


〝おに さん こち ら ての なる ほう へ〟


 直感が警笛を鳴らす。そこから離れろと。悠馬は美夕の腕を引っ張り、身を隠した。


「なんや? あいつら急に――」


 言い終える前に後ろから強い衝撃を受ける。背中から腹部にかけて生暖かさを感じた。視線を落とすと腹部から真っ赤になった爪が伸びている。

 何が起きたかを理解すると中年はその場に倒れ込んだ。

 人間を貫いたばかりの爪に舌を這いずらせて血をなめとる赤鬼の姿に恐れる男女は生き延びようと全力で走り去る。が、()しくも同じ方角に向かう二人を赤鬼は逃がさない。悠馬達に気づかず二人を追った。

 美夕に出来るだけ見えないように、聞こえないように強く抱きしめ、安全を確認すると美夕を離して、赤い血で塗られた中年に近づいた。白目を剥き、呼吸もしていない。誰が見ても死んでいる事は分かりきっていた。


(目の前でまた人が死んだ。あのカップルみたいに。あのおっさんが、がめついおっさんが、クズなおっさんが、ゴミみたいな奴が、死んだ…………ざまぁみ――)


 大樹に頭突きし、額から血が一筋流れ落ちる。

 突然の奇行に美夕は悠馬を後ろから抱きしめて止めた。


「何してるんですか! 止めてください!」


 美夕の必死の呼びかけと流血したおかげか、冷静になった悠馬はその場に尻餅をつく。

 さっき何思ったのか、悠馬自身でも恐ろしかった。人の死を目の当たりにして平然とし、あろう事かその死を喜んですらいた。

 少しずつこの異常に毒され壊れていっている事に実感していく悠馬。


「ごめん。もう落ち着いたから大丈夫。行こうか」


 平然を装うも顔色は悪い。心配の色を浮かべながら後ろについて行く美夕。だが、美夕も死体の姿を捉えていたため手足は微かに震えていた。

 そして遠くの方から二人の男女の悲鳴がこだまする。


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