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鬼ごっこ  作者:
2/6

日常の崩壊、絶望との遭遇

~日常の崩壊、絶望との遭遇~


「はぁ~、暑い」


 汗を流しながらアパートに帰ってきた悠馬は鞄を適当に放り、ベッドの上に身を投げる。そばに置いてあったリモコンに手を伸ばし、エアコンに向かってボタンを押す。心地よい風が悠馬の体を触り、汗を乾かした。


「涼しいー。そうだ、携帯携帯っと」


 鞄の側面のポケットにしまっていた携帯を取り出そうと悠馬は手を突っ込む。

 指先に触れた携帯を掴もうと、手をさらに奥へと突っ込んだ。すると、人差し指の先に何かの角が突き刺さる。


「ん? 何だ?」


 携帯を離し、人差し指に触れたもの引っ張り出すと一面真っ黒に塗られた紙きれが。何かの切符のように見える。


「切符なんて買ったっけ?」


 何気なく紙切れをひっくり返した悠馬の目に文字が飛び込んだ。悠馬の体がしきりに震え、動機が激しくなる。

「な、なんだよこれ」


 握られた紙きれの正体、それは鬼が住む島へ(いざな)う悪魔の切符。鬼ヶ島への片道切符だった。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! それだけが悠馬の頭の中でこだまする。


「そうだ……きっとあいつが悪戯でやったんだ。全く、手の込んだ事しやがって」


 自分に言い聞かせるように口にしながら切符をゴミ箱の中へと落とす。しかし、乾ききったはずの肌には再び汗が流れていた。


「あれは噂だ。鬼なんているはずが――」


 ピンポーン……悠馬の思考を切り離したのはお客が来た事を告げるインターホンの音。現実に引き戻してくれるような感覚に自然と悠馬は安堵の表情を浮かべた。


「は、はい! 今出ます!」


 悠馬は扉の鍵を開けて、扉の前のいる人物と対面する。

 そして、悠馬は現実に引き戻された。あの切符が噂でも悪戯でもない、正真正銘の悪魔の切符だという現実に。

 意識が薄れていく中、悠馬が最後に見たのは注射器を持って不気味な笑みを浮かべる若い女性の姿だった。



 ひどい頭痛で目を覚ました悠馬はゆっくりと重い瞼を上げて上体を起こす。

 目の前に広がるのは背の高い木々と生い茂る草。日の光は無数の枝を掻い潜って射しているものの森の中は薄暗い。


「っ……ここは……」


 さっきまでいたはずの自宅ではない事に動揺するが頭の片隅に残っている記憶がこの状況を教える。


「そうだ……確か、女の人に注射器を射されて――」


 その時、森の奥からスピーカーの音が響き渡った。


「あー、あー……皆さん聞こえますか?」


 今の悠馬の状況とは裏腹にスピーカーから聞こえる女性の声は明るい。


「えーっと、とりあえず皆さんの現在の状況を伝えたいんで、声のする方に集まってくださーい」


 女性の声に少し気が抜けてしまった悠馬は、指示に従い草をかき分けながら奥へと進む。

 森の奥からしきりに聞こえるスピーカー音を頼りに進む悠馬。音が次第に大きくなっていくにつれて周りからガサガサと音が聞こえると、人影がちらほらと悠馬の目に映る。

 ようやく音の発生源まで来るとそこには三十人近くの老若男女が集まっていた。皆自分の現状を理解出来ていないのか、お互いの顔を見る人も少なくない。

 すると、木に括り付けられたスピーカーから再び女性の声が響く。


「はい! 皆さんこんにちは。あ、でもほとんどの人は起きたばっかだからおはようございます? ま、どっちでもいっか」


 キャハハとスピーカーから笑い声が漏れるが、集められた人達は笑うどころか、怯えや怒りを含んだ表情をしている。


「おい! 何だよこれ! なんで俺達はこんな所にいるんだ!」


 しびれを切らした男性が怒声を上げるが、拗ねたような口調で返ってきた。


「もう! そんなに怒らないでくださいよ! ただゲームをしてもらおうと思ってきてもらったんです。あ、ちなみに人選は無作為ですよー」


 ふざけるな! 家に帰して! と叫びを上げて次第に人々の不満が爆発していく。


「落ち着いてよ! ただ皆さんに鬼ごっこをしてもらうだけで」


 鬼ごっこ。その単語に皆呆気にとられてしまった。悠馬も口を開けてポカーンとしている。


「ふ、ふざけるな! おちょくるのもいい加減にしろ!」


 火に油。不満は一層ヒートアップしてしまい、収拾がつかなくなっていく。スピーカーから話す女性も我慢できなくなったのか大声を上げた。


「もう、うるさーーーーい!! 赤鬼ちゃん出ておいで!」


 突如、上空から大衆の中心めがけて大きな物体が落ち、全員の視線を独占する。

 そこには丸太のように太い脚、肥大化した上半身、茶色の体毛、ぎらぎらとした双眼と右側頭部に一本の白い角を生やす、この世のものとは思えない生物。

 その生物を目の当たりにした悠馬の頭の中を埋めたのはたった一文字……。


〝鬼〟


「みんなうるさいからちゃっちゃと鬼ごっこ始めちゃうね。今回の鬼役の赤鬼ちゃん。名前の通り体が赤いんだ!」

「プッ、体が赤い? 茶色じゃん」


 若いカップルがその鬼に近づくのを見た悠馬は呼び止めずにはいられなかった。


「ま、待ってください、危険です!」


 カップルは悠馬を睨みつける。


「はぁ? お前、これが本物だと思ってんの?」

「チョービビりじゃん! ダッサ!」


 ぎゃははははと悠馬をバカにしたような不快な笑いをすると一層鬼に近づく。一方の鬼は全く動く気配もなくカップルの様子を(うかが)っていた。


「どうせ着ぐるみだ。記念に一緒に写真撮ろうぜ」


 男の方が携帯を取りだし、鬼をバックに彼女と写真を撮ろうとしている。


「確かに赤鬼ちゃんの体は茶色いよ。……けど大丈夫!」


 シャッター音が鳴った瞬間、鬼は腕を振り落す。

 潰れたような、あるいは破裂したような音がしたかと思えば、さっきまでいたカップルの姿は忽然と消え、代わりに地面に赤い肉塊が飛び散っていた。不快なほど鉄の匂いが鼻につく。


「ほら、赤くなったでしょ?」


 血で真っ赤に染まった赤鬼は肉の塊で遊ぶようにしきり触っている。

 あまりの一瞬の出来事に大衆は静まり返り、森の中に静寂の時が訪れた。

 目の前の事に頭が追いつかない。しかし、悠馬は本能的にその場を逃げ出すように離れた。他にも逃げ出す人々はいるが半数以上がまだ目の前の現状に思考が追い付かずに棒立ちをしている。

 飽きたのか赤鬼は肉塊から手を離すと大きく息を吸った。


「ガアアアアアアァァァァァァァァ!!」


 離れた悠馬が耳鳴りを起こすほどの声量。後を追うように聞こえたのは大勢の断末魔の叫び。阿鼻叫喚の雨霰。



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