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鬼ごっこ  作者:
1/6

プロローグ・嵐の前の

~プロローグ・嵐の前の~


 ハァ、ハァ……。

 草がこすれる音を立てながら、荒い息遣いで森の中を駆ける一人の青年。

 断末魔の叫びに似た悲鳴が微かに聞こえる中、体を休ませると同時に見つからないように青年は木の陰に隠れた。

 両手で口を押さえ、荒い息遣いと嗚咽を必死に止める。例えそれで意識を失おうとも、この青年は抑える事をやめる気はないだろう。むしろ意識を失う事を望んですらいる。

 今起こっている事が全て夢だ……次に目を覚ました時には変わらない日常が……そんな淡い希望を抱いていると、重量感のある音を微かではあるが青年の耳は拾う。

 ズシン……ズシン……。

 足音のような音が少しずつ青年に近づく。

 張り裂けそうなほど強く鼓動している心臓。どんな小さな音でも立てたくないという意識が反射的に胸を右手で押さえた。

 次第に大きくなっていた重量感のある音が青年の隠れている木の前でピタリと止まり、代わりに獣の息遣いが聞こえる。

 息を呑む青年はそこからジッと動かない。

 ほんの数秒間が青年にとっては何十分、何時間ほどに感じられた。やがて、重たい音と枯れ木が折れる音を立てながら獣は何処かへと去っていく。

 足音が完全に消え、風が草をなびかせる音だけが聞こえる。しかし、青年が緊張させた筋肉を解いたのはそれからしばらくしてからだった。


「………………ハァ……。なんで、こんな事に……」


 自分の運命を恨みながら、青年はここまでの経緯を思い出す。




「講義は以上です」


 退屈な講義から解放された鈴木悠馬は大きく伸びをした後、眼鏡の位置を正す。

 いつもならレポートの課題が出されるのだが、二ヵ月近い夏休み直前の最後の講義だったため出される事はなかった。


「悠馬」


 友人の声が悠馬の背中にかけられると気怠そうに振り向く。


「お前夏休みどうする?」

「特には」


 友人は呆れた様子で大きなため息を漏らす。


「相変わらず大学生活を謳歌しないな。髪も染めようとしないし」

「別に髪を染める必要なんてないだろ。それに今でも十分謳歌してる」


 悠馬の面白みのない返答をつまらなさそうに聞く友人は、本題の話を切り出した。


「……なぁ、最近ある噂が流行ってるって知ってるか」

「どうせ当たり障りのない噂だろ。帰る」


 席を立ち、急いで去ろうとする悠馬を引き留めようと友人は悠馬の手首を掴み、慌てて話をする。


「待てって! さ、最近色んな所で人が行方不明になる事件があっただろ? 実はあれ、“鬼ヶ島”って島に連れ去られてるらしいんだ!」

「鬼ヶ島?」


 桃太郎の鬼ヶ島にしか頭に浮かばず、他にも鬼ヶ島があるのかという小さな興味が悠馬の中に湧く。


「おっ、興味あるか?」

「暇つぶしに聞くだけだ」


 一度席に戻り、詳しく聞こうと友人の話に耳を傾ける。


「さっきも言ったけど、最近の行方不明の事件は全部誰かが鬼ヶ島ってところに連れ去ってるって噂なんだ」

「なんでそんな事が分かったんだ?」


 もったいぶり、ドヤ顔で悠馬を見つめる友人に嫌気がさした悠馬がその場を立とうとすると、肩を掴んで「言うよ言うよ!」と言いながら友人は悠馬を止めた。


「何でも存在しない島のチケットが被害者達の家から見つかってるらしい」

「それが鬼ヶ島……か」

「元々鬼ヶ島にも噂があって、その名前の通り鬼が住む島が何処かに存在してるとか……してないとか」


 少し興味を示していた悠馬だったが結局は噂の上にさらに噂で塗り固めた、どこにでもありそうな都市伝説のようなものだとしか思えない。

 そもそも警察の情報が流れるはずもない事からチケットは誰かが面白半分で付け加えた話だと悠馬が判断するのは自然な事だ。


「やっぱりくだらなかった」

「まぁまぁ。ところで悠馬、話は変わるが昼飯を食いに行こうぜ」

「話変わり過ぎだろ。……この後は用事ないから別にいいぞ」


 二人は講義室を出た後、昼食をとりに学食へと向かっていた。

 いつものように雑談を交えながら友人との食事に充実感を覚える悠馬。その彼を遠くから見つめる一つの人影。その影はゆっくりと悠馬に近づく。彼を横目で見ながら不気味に破顔させ、そのまま通り過ぎて何処かへ消えてしまった。

 悠馬はこの時気づくべきだったのかもしれない……いや、たとえ気づいていたとしても彼の運命は変わらなかったかもしれない。

 通り際に鞄に忍ばされた台風の目。それは悠馬の日常を消し飛ばし、絶望しか残させない理不尽な紙切れだった。


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