私は私
「学校来んなよ」「まじきもーい」「うっぜ」「やだやだ」
そんな言葉が蔓延している私のクラス。いや、学校。それは時に数人を指し、時に一人を指す。言われる側の気持ちを考えることなく……
私はそんな言葉の対象になるのが怖くて、いつも皆に頷いていた。そのお陰か私が対象になることはなかった。そう、私は自分の意志を出すことをやめたから。
今はクラスの中で浮いていた子が標的になっている。その子はずっとうつむいていた。抵抗することもなかった。その子は諦めたのか? 否、たった一人で戦っているのだ。
その子の名は高山と言う。高山は健気で涙を見せない。だから、あいつらは怒られない。だから、付け上がる。でも、私には関係ないことだ。結局、私も自分が一番なのだ。
その日も結局、何も変わることなく過ぎて、遂には放課後になった。私は帰宅部なのでさっさと帰ることにした。
次の日も、その次の日も標的は変わらない。もう1ヶ月だ。ここまでくると珍しいもんだ。大半が、1ヶ月過ぎる前に不登校となったりする。ここまでくるといじめてる側も飽きてくる。このまま終息すると思われた。しかし、空気を読まない男子が標的に告白したのだ。それも、クラスで人気な方の男子だ。
結論を言えば、いじめは更に広がった。これまではせいぜいクラスの中だった。しかし、いまでは学校中だ。一部仲良くしていた人もいたが、それを境にいなくなった。完全な嫉妬だ。だが、私にはやはり、関係ないことだ。
2限目、作文の宿題が出た。テーマは自由。長さは100文字以上なら自由。期限は明日までだ。
夕方、私はいつも通り帰る。家が近いため徒歩だ。学校を出て、川の横を通り、公園の前を横切っていつも通り家に着く。そんな普通に終わるはずだった。そう、公園の前を横切ったとき、公園からボールが転がってきた。道路に飛び出したりしたら危ないから拾う。
「ごめんなさーい! 」
そう言って駆け寄ってくる、少女。この子がボールの持ち主なのだろうと思い、ボールを渡そうと思った。しかし、私はボールを落としてしまった。
その少女と言うのは、高山だったからだ。相手は私が誰かはわからなかったようだが、制服と私の反応を見て察してしまったらしい。お互いに気まずくなり、固まってしまう。
「おーい! 姉ちゃんまだかよ! 」
そんな声とともに走ってくる少年。姉ちゃんと呼んでいる ところを見ると高山の弟なのだろう。
「……なんだ、姉ちゃんの友達か」
高山と制服が同じだからだろう。弟君の判断基準はそんなものだったらしい。
「そのわりにはなんも話さねえのな。もしかして、いじめられてんの? 」
思ったより、弟君は鋭かった。高山は慌てたように弟君の口を塞ぎ、私に謝る。
「ごめんなさい。ほら、幹太も」
高山の手をどけて私に謝る弟君、もとい幹太くん。別に事実だから私は気にしてもいなかった。
「別に、構わない。あ、またね」
私は用事を思い出したかのような素振りをして逃げ出す。そして、家に着くと、ベッドにダイブした。そして、そのまま眠った。現実から逃げるように……
夢を見ている。
たった一人のか弱い少女。そんな少女が大勢の人に向かって演説をしている。ほとんど誰も聞いてはいなかった。だけど、たった一人、目を輝かせて聞いている小さな女の子がいた。ただ、それだけの夢だった。
朝、ご飯を食べて支度をする。忘れていた、作文を完成させる。そして、家を出た。
ざわざわと騒がしい教室。内容は二つに別れた。高山のことと、作文のことだ。私は後者だ。
4限目が終わり、給食の時間となる。特に、変わったものはでなかった。昼休み、私はお手洗いで魔法をかける。5限目の作文発表に向けてだ。
「よしっ。これで大丈夫」
私は軽く息を吸い込むとトイレを出た。
そして、5限目が始まった――
出席番号順で発表していくので、千葉未依である私は高山の次だ。そして、高山の発表は普通に家族をテーマにしたもので、そこにいじめは感じられなかった。
そして、ついに私の番が回ってきた。
「私の名前は千葉未依。名前の由来は私の、私を、といった意味をもつ英語のmeからだ。そんな名を両親から貰った私だったが、これまでは人の意見に合わせてばかりだった。心から賛同した時もあった。だけど、いつも他の人の顔色をうかがっていた。今、このクラス、いや、学校では、いじめが起こっています。私はそれの標的になりたくなくて、ずっと皆に合わせていた。だけど、それも今日で終わりです。私は青が好きです。でも、クラスで青はタブーだった。だから、ピンクが好きといつわってる。気づいている人もいまるのでは? 私、今日はゴムが青です。私の本当の気持ち、私の本当の好きなもの、周りなんて気にしない! 私は私、それ以外のなんでもない。このままじゃダメだ。周りの顔色をうかがって生きていく人生なんて私の人生じゃない。だから私は変わります。」
全部で356文字の大作だ。皆、気づいていたみたいだった。昼休みの魔法はこれのことだったのだ。青いゴム。これが私の魔法のアイテムだった。
流石に授業中と言うだけあって、あいつらは何も言って来なかった。その日はそのまま何もなかった。とても不思議だった。
翌日、謎は解けた。その日は流石に先生が見張っていたからだ。机に殴り書きされていた。
「まじないわ」「お前のせいだ」「ぶりっこ」「死ね」
一つ一つ丁寧に雑巾消していく。中にはマジックで書かれていたものもあった。ポトリ。俯いた私の顔から水滴が落ちる。そんな私を見て、笑っているあいつら。
そんな時、高山が教室のドアを開けた。そして、私の方を見て、はっとしたかのように駆けてくる。
「ごめんなさい、私のせいで……」
ああ、そうだよ。お前のせいだ。お前がいじめられてなければこんなことにはならなかったな。私は、お前のせいでこんな辛い思いをしたんだ。そうぶつけてしまえば楽だろう。本当は違うのはわかってる。だから、私は言い返す。
「あんた関係ないじゃん。私の自業自得だよ」
顔を見られるのが嫌でそっと顔をそらす。幸いにも私の席は窓側で、隣に誰もいなかったので、本当に誰にも見られることはない。
「ウソつきですよ。そんなわけないです。私をかばわなければ、貴女は傷つかずにすんだはずです」
だって、泣いてたじゃないですか、そう付け加えて言う高山は真っ直ぐにこちらを見つめているのが曇り空を見せる窓に映っていた。
「うるさい。あんたには関係ない。私はあんたを庇ったわけじゃない。自意識過剰じゃん」
こうまで言えばもう私に関わろうとは思わないだろう。案の定、引き下がっていった。
「別に、後悔なんてしてないし」
そう私は呟いて、その後の授業を受けるのだった。
翌日、晴れ渡る青空を見上げながら登校する。不思議と、今日は良いことが起こる気がする。青空だからだろうか。
ああ、今日も書かれてるんだろうな。そう思いつつ教室に着く。なぜか落書きはなかった。しかし、皆の視線はいつも冷たかった。
そんな日が一週間続いた。今日はしとしとと雨が降っている。教室の戸を開ける。私の席には高山がいた。私の机に何かをしているようだった。高山は私に背を向けており私が入って来たことに気づかなかったようだ。
「なにしてんの」
私がそう声をかけると初めて気づいたようだ。
「ふえ、なんで……」
その声は上ずっており、怯えた目で私を見ている。高山は立ち上がり、両手を胸の前で握る。その手には雑巾が握られており、何をしていたのかはわかってしまった。
「あ、あの」
おどおどと私に話しかける高山。あまりにおどおどしすぎて、何を話しているのかわかりずらかった。ただ一つわかったことは、これまでずっと落書きはあったと言うこと、それを毎朝早く来て高山は消していたと言うことだけだ。
「なんで……」
私の心からの問いだ。今は私に攻撃が向かっていて、高山にはいってないはずだ。なのにどうして私に構うんだ?
「変わりたいって、思ったからです。ただ、それだけです」
ああ、なるほど。こいつも馬鹿だったのだ。そう、私と同じで変わりたいと思って一歩踏み出したは馬鹿なのだ。無駄な正義感で勝手に動いた私。いらない感謝で勝手に動いた高山。二人ともただのお人好しだったのだ。
「つまり、似た者同士だったんだ……」
私の呟きに笑って
「そうですね! 」
と返す高山。もう、その瞳には怯えた色はなかった。雲間から、日が差す。クラスの皆がやって来る。だけど私達は気にせずに喋り続けた。
それから私達は一緒にいることが多くなった。最初は戸惑うこともあった。だけど、今はもう慣れてしまい、隣にいることが当たり前になった。もう、俯くようなことはなかった。
「ねえ、未依」
いつからかお互いに名前で呼ぶようになった。あれからまだ1ヶ月だ。なのに、もう一年位経った気がする。
「なぁに、湖子」
あのじめじめした梅雨も過ぎ去り、今は夏休みだ。あの公園にやって来ていた。
「私は変われたかな? 」
湖子のそんな問いに私は答える。
「当たり前じゃん」
そう、それは青い空に入道雲が浮かび、蝉の煩く鳴く夏の日のこと。出会いは最低だった私達は今では親友になりました。
ありがとう、湖子。これからもよろしくね。