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小さな奇蹟の物語  作者: 星ノ雫
第1日 始まりの一日
6/8

⑤ 帰宅途中

 彼女の家を辞してから小一時間。家に帰る道すがら、蒼真は電話をしていた。


『──それで、ご両親には納得してもらえたのかい?』

「ええ、まあ。一応の納得はしていただきました。スマホの電源が落ちていたことも状況の説明に一役買った形で…」

『ふむふむ。とりあえず、今日のところは問題が発生しなかったところか。しかし、問題は明日からのこと…だね』

「そうですね。しかし、今出来ることは俺や社長にはありません。後手に回るハメにはなってはいますがこればっかりは仕方ありません」

『仕方ない、か。そうだね。今のところ、私達に出来ることはせいぜいがこの程度だろう。これ以上の手出しは明らかに先走りになる』

「はい。本当に…」

『──だけど、あんたは納得しきれていない。そうだろう、蒼真?』

「───っ」


 それはそうだ。これで出来たことはひとまずのところ彼女に本来の日常へと戻ってもらっただけだ。


 ───おそらく、彼女にとっての『地獄という日常』の中へと…。


『それでも、今の私達には何もできない。それは、お前自身がしっかりと理解してくれているようで安心したよ』

「納得、できることではないんですけどね…」


 思わずスマホを握る手に力が入って軋んだ。音だけでこちらの様子に気づいたのか、灯は小さく笑ったようだ。


『ふっ。まあ、焦り過ぎないことだ。急いては事を仕損じるともいうしな。今回は特に、彼女の場合はな』

「…はい」

『だが、会社でも言っているとは思うが何かあれば遠慮などせずに私達を頼れ。君一人の力など、たかが知れているのだからな』

「肝に命じておきます。今日は、ありがとうございました」

『ああ。明日からまた頑張って仕事に励んでくれ』


 灯との通話が切れると蒼真はすぐに新しい電話番号を打ち込んでいく。コール音はしばらく続き、10回を越える頃に相手が電話に出た。


『…も、もしもし…?』

「えっと、すみません。藍川蒼真です。叶ちゃんのスマホで間違いないかな?」

『えっ、は、はい。あってます。あってます…けど。あの、私…、番号は…』


 少し不安そうに聞き返されることよりも叶の声が仕事場に居た時よりも明るい。それに気づいて安堵するも、説明しないのはよろしくないだろう。


「ごめん。君にスマホを返す前に盗み見て、今は確認のために電話しました」

『そ、そうなんだ…』

「ごめん。驚かせて」

『い、いえ…。よく考えたら助けてもらった恩人に私は何もしてませんでした…』

「まあ、そこは気にしなくていいよ。自分の性分だから。ところで、叶ちゃん。俺の方から一つお願いしたいことがあるんだ」

『お願い、ですか?』


 とても不思議そうに声が返ってくる。仕方ないのかもしれないが、蒼真はここで彼女のフォローをしないのは収まりが悪い。


「もし、今日みたいに『死にたい』だとか『いなくなりたい』って思ってしまったら、この番号に電話してほしい」

『───ぇ?』

「どんな時でもかまわない。夜遅くでもいいし、早朝でもかまわない。もしかしたら俺が出ないかもしれないけど、その時は留守電を入れていてほしい。一言『電話がほしい』とかでもかまわないから」

『えっ、あの、どうして…』


 まくし立てるようなこちらの声に彼女が動揺していることはわかる。でも、これはやっておかなければいけないこと。


「俺が君の事情に飛び込むことは正直なところ難しい。でも、もしかしたら君の最後の一線に対する防波堤にはなれるかもしれない。今日、偶然とはいえ君を助けた俺に恩義があると言ってくれるのなら、お願いしたいな」

『わ、たしは…』

「まあ、そうは言うけど難しいよね。最初はちょっと愚痴を言いたいとかの電話でもいいよ。朝でも夜でも付き合うからさ」

『あっ…。その、──わかり、ました』

「うん。じゃあ、今日のところはこれくらいで。またね、叶ちゃん」

「あっ、はい。おやすみ、なさい…」




 ▽▲▽▲▽▲▽




 通話が切れたスマホを枕元に置いて、叶はベッドに寝転がる。


「藍川蒼真さん、か──」


 名前を呟いて、叶は今日あったことを思い出していた。


 ───死ぬつもりだったのか、今でもあの時の自分の気持ちはわからない。ただ、一歩踏み出せば『終わってしまえる』なんていう考えに囚われたのは事実だった。


「──でも、私は、生きてる…」


 そんな私を、『藍川蒼真』という人は手を差しのべてくれた。

 『終わりたかった』私を、彼は直感だけで助けてくれた。


「───うん。助けて、くれた。けど…」


 それは、明日から再びあの憂鬱な日々に戻らないといけないということ。無意識にも『死にたい』と思ってしまっただろう日常に…。


「…でも、藍川さんは、頼っても、いいのかな…」


 愚痴を聞いてくれると言った。『死にたい』と思ったら一度は自分に電話してほしいと言った。

 助けてくれるかなんてわからない。きっと、話をして終わってしまうことしかないのだろう、って。


「──でも」


 難しいことかもしれなくて。それでも、手を差しのべてくれた。今から振り払うことなんてすごく簡単で──


「辛くなったら、頼ってみよう、かな…」


 差しのべてくれた手を、今なら握ってみてもいいかとは思える。


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