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小さな奇蹟の物語  作者: 星ノ雫
第1日 始まりの一日
5/8

④ 家族との会話

 会社を定時に退社しての帰り道。遅刻したのだから残業して帰ると言ったのだが…。


『君にはこれから大事で重要なお仕事が待っている。やるべきことはそっちが優先だ。──違うかい?』


 灯からこう言われてしまっては残業するわけにもいかなくなった。確かにこれから行く場所での説明は自分にしかできない。

 隣で俯いて歩く少女の頭を優しく撫でる。不安そうに震えた肩が視界に入り──


「大丈夫。君にとって大変なことにするつもりはないよ。とはいえ、今日あったことについては少しばかり説明しないとご両親は納得してはくれないだろうから」

「…は、はい…」


 消え入りそうな声で返事が返ってきた。今日は彼女は学園に顔を出せていないし、終業前に知ったのだがスマホの電源さえ落ちていた。

 きっと、声を聞いたら決心が鈍ると考えていたのだろう。ここはあえて彼女のスマホは電源を入れていない。おそらく入れた途端に鳴り響くに決まっている。


「…えっと、ここであってる?」

「…はい」


 見た目は普通の一軒家、といったところだろうか。今時都心に近いところでそこそこ広い庭付きの一戸建てがあるとは思わないが…。

 家を見上げていても仕方ない。とにもかくにも家に居るだろう人にこちらを知らせる必要がある。


 玄関備え付けのチャイムを鳴らす。少しすると少々慌てた様子の女性の声が出た。


『は、はい!申し訳ありません。今、少し立て込んでおりまして!』


 どうやら隣で怯え気味の少女が学園に顔を出していない、しかもスマホの電源さえ落ちていることにすら家人には知られていることがチャイム越しでも十分にわかった。


「えっと、すみません。実は朝方にそちらの娘さんを保護した者です。このような時間になってしまい大変申し訳なくは思うのですが、御取り次、お願いできますでしょうか?」

『えっ!?し、少々、お待ちください!────!』


 チャイムの向こう側で女性が誰かに向かって叫んでいる。受話器は戻されたのか、音は聞こえなくなったが家の中から走り回る音が響いてきた。


「「叶っ!/叶ちゃん!」」


 飛び出してきたのは一組の男女。こちらには目もくれずに隣の少女に二人が集まる。

 「どこにいたのか?」「何をしていたんだ!?」などと矢継ぎ早に出される質問を前に少女はただただ小さくなっていく。


「えっと。お二方。心配でしたのはよくわかりますが、まずは落ち着かれてはいかがでしょう?その、彼女も萎縮してしまっているので…」


 声をかけたことでようやく二人の質問責めが止まる。驚いた表情のままにこちらを向いた二人のうち、女性は謝りながら頭を下げて男性は娘である少女の頭を掴んで下げさせている。このままでは埒があかない。


「とりあえず!!まずは家に入りませんか?」


 最初に大声を出したことが功を奏したのか、男女はようやく周囲の様子に気づいて恐縮したように顔を赤らめていた。




 ◇◆◇◆◇



 落ち着きを取り戻した男女に招かれるように入った家の中は良い生活をしているとわかる程度には整頓されていた。

 階段を駆け上がってしまった少女を追いかけようとする女性を引き留め『説明したい』と言うとリビングへと通された。


 テーブルへと着き、それぞれにコーヒーが置かれて一口飲んで落ち着きを持てたところで男性が切り出してきた。


「その、先ほどは申し訳なかったね。あの子もあれほど引っ込み思案な子ではないはずなんだが…」

「仕方ないと思います。実は、今日は彼女は怖い目にあいましたから」


 そこからの説明には多少の脚色を入れる必要があった。

 まさかいきなり『娘さんは飛び込み自殺をしようとしていた』などと告げたところで、信じてもらうことはできないだろう。

 こちらの説明を聞いた二人の反応としてはおおむね予想通りではあった。母親の方は青くなっているし、父親に至っても落ち着こうとコーヒーを飲んでいる。


「…ふむ。あの子が今日、学園に行けなかった理由はわかりました。なるほど。意図されたことではなかったとはいえ、あの子も怖い思いをしたのだね…」

「はい。朝の混雑時ということもありましたし、相手方もそのまま離れていってしまったので…。とはいえ、電車に遅れも出てしまい、周囲の方々の善意ですが警察の方にも出てきてもらいましたので──」


 幸いにも駅側から後日の出頭のお願いもあったのでこれを『警察』の出頭ということにして、今朝あった彼女の『自殺未遂』を朝の混雑時における『不慮の事故』という形で説明させてもらった。


「本人としても軽々に話せるような話でもありませんし、ましてや死にかけたこともあってかなり動転していましたから。私の方でとりあえず落ち着くまでは引き取らせていただいたのですが…。まさか、スマホの電源が落ちていたとまではこちらも気がつかず…」

「いえ。仕方ないことだと思います。それよりも──ありがとうございました」


 テーブル越しに二人の頭が下がる。


「気になさらないでください、と言ったところで気にはしますよね。ですので、少しお願い…といいますか、ご提案したいことがあります」

「なんでしょうか?」

「今日のことは彼女に聞くことはしないであげてほしいのです。死にかけたことを思い出すことは彼女にとってはかなりの苦痛だと思いますので」

「──確かに。できることなら忘れたい記憶でしょうね。わかりました。私達からあの子に今日のことは話題にしないように努めます」

「ありがとうございます。あの、あとこれは私の連絡先です。今日のようなことにホイホイと出くわすことはありませんでしょうが、明日以降で警察の方へ顔を出さねばなりませんから」

「わかりました。受けとります」


 取り出した連絡先を渡すと、相手方は頷いて受け取る。


「ともかく、今日は申し訳ありませんでした」

「いえ。こちらにはお礼を述べることしかありません。本当に、娘を救っていただいてありがとうございました」


 最後に再び二人から頭を下げられて、蒼真は家を後にした。


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