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小さな奇蹟の物語  作者: 星ノ雫
第1日 始まりの一日
2/8

① 助けた少女

 快速電車が駆け抜けていく。駅のホームには座り込んだ一組の男女。1人はラフな格好の青年。その膝元に収まるように1人の女学生。

 周りの人々は、今目の前で起きようとしていたことがまだ理解出来ていなかった。青年こと俺──藍川蒼真(あいかわそうま)が少女を引き寄せていなければ、今ここで、悲惨な人身事故が起きていたことに。

 やがて、数人の会社員が慌てて駆け寄ってきて「大丈夫か!?」「すげぇな兄ちゃん!」等々、口々に言ってくれるのはいいがとりあえず駅員呼べ。

 ほどなくして女性に連れられて2人の駅員が到着。腰が抜けたのか、立てない少女を運んでもらい、自分は状況の説明。


 その後、駅長室に案内されると先ほどの少女は俯いたまま黙っているのか、対応している駅員はこちらを見るなりお手上げの様子だ。


「ねえ、君。せめて名前だけでも教えてくれないかな?」


 もう1人の駅員が声をかけてはいるがあまり芳しくない。


「俺はどうします?」

「うーん、できれば彼女のことがわかって調書を作れたら行ってくださってもいいんですが…」


 しかし、だんまりをしている相手から言質を取るには時間がかかる。仕事場には遅れる旨は連絡しているとはいえ、あまり時間をかけたくないのも事実。


「調書って今日中に出来ないとまずいもん?」

「えっ。えっと、基本的には…そうですね」

「彼女、話したくないみたいだしさ。今日のところは諦めてやらない?後日、改めて来てくれって言われたら俺も来るからさ?」

「う、うーむ…」


 渡りに舟の提案だろうが、鉄道に関わる者としては安易に判断は下せないのだろう。駅長室にいる駅員3名はあーだこーだ言いながら話し合っている。結論が出たのか、1人の駅員がこちらに向き直る。


「わかりました。功労者である貴方をこのままお引き留めし続けるのは無理だと判断します。後日、今回の件にてお話を聞かせていただく機会を設けることがあることを承知してくださるようお願い致します」

「それぐらいなら。…あと、すみません。彼女も後日というのはどうでしょうか?」

「それはーー」

「こう言っちゃなんですが、このままじゃ話が出来ないのは明白でしょう?ですから、今日のところは身元引き受け人は俺がしますから、家に送り届けたら改めて御両親又は親族同伴で調書を製作する。というのはどうでしょう?」

「そうですね…」


 再び話し合っていたが、今回はすごく短時間で結論を出した。


「本来であれば規則違反とはなりますが、今回は幸いにも電車に遅れはなく、また迷惑を被った方々も笑顔で許してくれております。今日のところはそちらのご厚意に甘えることになりますが、後日よろしくお願い致します」

「了解」


 簡単な書類にサインをし、俯き座る少女の手を取って立ち上がる。少女はされるがままであるが立ち上がる。


「それでは、お騒がせ致しました」


 一礼すると駅長室から出て、蒼真は少女を連れて仕事場へと向かう。




  ◇◆◇◆◇




 そこはとある雑居ビルの一フロア。扉にはゲーム会社っぽい名前が描かれており、蒼真は扉を開ける。


「遅くなりました!」

「いやいやぁ。たかだか30分の遅刻じゃあ、遅くはねーよ。ところで、その子は誰だ?」


 パソコンのモニタに目を向けているはずの男性はこちらを見ずに少女の存在を感知している。いろいろとつっこみたいが今はそこにつっこみを入れている場合ではない。


「えっと、後で説明しますから社長ってもう来てます?」

「奥に居るぞ」

「わかりました。行こうか?」


 俯いたままの少女を連れて社長のいる執務室に入る。


「社長、遅刻申し訳ありません!」

「構わない。1人の命を救ったというのだろう?それが原因では遅刻なぞ気にするな」


 社長として執務室の席に座り書類仕事をしているのは1人の女性。左目に片メガネをかけた女性──虹光灯(にじみつあかり)は書類から顔を上げ、こちらに目を向けた。


「ふむ。その子を助けたのかな?」

「ええ。ただ、名前とかは一切答えてくれなくて…」

「ふん。お前のそのお人好しは今に始まったことでもないから気にはしないが…。わかった。その子はここに置いて君は仕事に入りたまえ」

「すみません、社長」

「気にするな。その分、仕事の成果を期待する」

「はい!」


 少女を応接用のソファに座らせると執務室を辞退する。自分の仕事をするために席に着くと、隣に座る女性がモニタから視線を外してこちらを向く。


「相変わらず、厄介事背負うの好きだね蒼真君は」

「そんなつもりは無いんですけど…」

「君がそんなつもりは無いと言っても説得力は皆無だよ。ああいう子を何度拾えば気がすむのやら…。拾われた1人だから強くは言えないけども」


 苦笑する女性──赤人道江(あかひとみちえ)さん。とある理由で一時期ホームレスをしていたところを蒼真が拾って社長である灯の下へ連れてきた。

 今ではうちの会社の主戦力の1人であり、ホームレス卒業を果たしている。


「灯社長も君みたいなトラブルメーカー、よく置いておくよね」

「その結果に道江さんや銅鐘さんに出会えてるんだからプラスだと思ってくれてるとは思いたいですけど…」

「呼んだかよ、蒼真」


 先ほどの入口付近でこちらを見ずに少女が居ると言った男性──銅鐘白亜(どうがねはくあ)。元ヤクザらしいが詳しい経歴は不明。

 蒼真の拾い人第1号であり、会社の主戦力の1人。義理堅く、今の仕事を紹介した時は年下であるはずの蒼真にすら土下座できるほどの男前。


「蒼真のお人好しは会社に貢献してる以上、問題視する必要はねぇだろ。今や、この会社に勤めるやつの3分の1はこいつが拾ってきた奴等だしな。俺やお前も含めて、だが」

「まあね。みんな、いろいろと訳ありな人だから蒼真には本当に感謝してるだろうし」

「だからな、蒼真。今度のあの子も、俺等の力がいるなら遠慮なく頼れよ?」

「そうね。微力だけど力は貸すわよ?」

「ありがとうございます、道江さん、銅鐘さん。とりあえず今は社長が彼女の名前だけでも聞き出してくれるのを祈るばかりですよ」


 仕事の準備を始めながら少女の居る執務室へと目を向ける。灯が話を聞いてくれているだろうと、思いながら。


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