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月夜の晩に魔女狩りを  作者: 結城ゆきと
序章 狩人の目覚め
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第二話『旧市街地』

 市街地中央部に建つゴシック様式の荘厳で巨大な大聖堂、それが『聖アルブム協会』本部である。

 午前二時、それは魔女の発生する時刻である。この時間帯は一般人の外出は禁止されているため、耳鳴りがするほどの静けさで市街地は包まれていた。



 そんな市街地に向かう三人の影があった。それは『エリオット・ローゼンクロイツ』『グラハム・スカイクロウ』、スカイクロウ家の執事『ヴォルケン』であった。彼らは協会本部へと緊急招集をかけられていた。招集理由は全くの不明、ただ感じるのは強烈なまでの不吉さである。

 ローゼンクロイツ家とスカイクロウ家を伝書カラスすら使わずに、極秘裏に呼び出す、ということがグラハムの嫌な予感を色濃くさせた。




 遠近感を失いそうになるほどの巨大な鉄門が三人の前にそびえ立つ。それはまるで守っているというより、威嚇しているといった方が正しいと思うほど威圧的な姿であった。


「さて、ここから先は聖アルブム協会の認可を受けた人間しか入ることが許されておりません故、わたくしはここで……」


 白髪の執事は燕尾服をはためかせながら、頭を下げる。その姿は実に美しく凛としたイメージ通りの執事像そのものである。

 大聖堂の門には小さなくぼみがあり、そこにエリオットとグラハムは小さな金貨を差し込んだ。

 すると、青白い光が門全体に広がり、その光はエリオットとグラハムのみを包み込む。

 光が消える頃には二人の姿は門前にはなく、残された街並みには、ただ大きな闇が広がるばかりであった。



 協会内部からの人間の手引きと、先ほどの金貨を使用した術式結界の解除を要さなければ絶対に立ち入ることのできない、完全なる要塞、それがアルブム協会本部だ。

 そして、巨大な大聖堂は術式を埋め込む箱に過ぎず、本体は小さな部屋を四つと、礼拝堂で構成された極々小さな領域である。



 二人は、一番奥の小さな部屋へと厳重な警備をした兵士に案内される。部屋に入るとゴシック調の家具や小物が重苦しい雰囲気を増長させた。

 その中央に座するのが聖アルブム協会の象徴、『ルーメン・アルブム』である。ルーメンは協会創設者のシキル・アルブムの息子であり、現在の規模に協会を拡大した偉大な人物であると伝えられている。

 しかし、その実、顔を見せることは無く正体すらも極秘裏にされている人物であった。そのため、魔女狩り師名門の二人でさえ初対面である。

 ルーメン・アルブムは、いかにも威厳を掲げたような上等な衣服を身にまとった、齢六十を超えたハゲ頭の男である。

 ルーメンは下品で耳障りな低音で二人に声をかけた。「ようこそ、顔を合わせるのは初めてだね。私がルーメン・アルブムだ。そう固くなることもない。気軽に接してくれたまえ」

 気軽に接してくれ、とは言うものの喋り方や視線の送り方に至るまで、すべてが二人を威圧しているようである。



 ハゲ頭を少し撫で、また不愉快な声を上げた。「グラハム・スカイクロウ、エリオット・ローゼンクロイツ。君たちには今すぐ旧市街へと向かっていただきたい。これは緊急を要する事態だ」


「旧市街……。あそこは五年前に魔女により陥落した場所ですよね……?」


「そうだとも。旧市街で再び大量の魔女が発生しているようでな。こちら側に侵攻してくる可能性も否定できない。だが、魔女狩り師を大量に派遣しても市民の不安をあおるばかりだ。だから、君たちのみで一定数の処理を願いたい」


「我々だけで魔女を処理しろと、ほう。つまり、援助は無し……ということですか。我々が死ねば、首都もろとも持って行かれますね。実に偉大な任務だ」


「そうだとも。兵士の援助は一切できない。極めて偉大で、君たちの真価が問われるというわけだ。しかも、魔女の行動域も少しずつ近辺に拡大している。まあ、あの辺りは、ほとんど廃墟だから今のところ問題はないがな」


「それなら早急に向かった方が良いですね。今宵は不気味な月夜ですから。……ほかに何か連絡事項はありますか」とグラハムは含みを持って言った。


 ルーメンはいやらしい笑みを浮かべて、「いや、何もない」と言う


「では、偉大な任務に準じた報酬を願いますよ。聖ルーメン」とにやりとグラハムは笑った。


 グラハムとエリオットはそそくさと協会を後にする。協会の鉄門を抜けた瞬間、大きなため息と同時にグラハムは「いけ好かないハゲおやじだ。あいつと同じ空間にいるのは御免被る」と盛大に愚痴る。


「グラハム様、聖ルーメンは何か隠している……。そんな気がしてならないのですが」


「おお、鈍感なエリオット殿でもおわかりとはな。だが、五年前と同じ発生数なら侵攻で首都以外にもほとんどの街が持っていかれるだろうな。どのみち行くしかないということだ」


 パチンとグラハムが指を鳴らす。すると、どこからともなくヴォルケンが現れ、同時に複数の木箱を持っていた。木箱には大きく『魔術屋ニック』と記されている。


「上物を揃えて頂きました。おそらく低級魔女なら一発かと。ああ、そうです。エリオット様の分ももちろんありますよ」そういうと、小ぶりな木箱をエリオットの近くに置く。木箱を開けるとマスケットが収められていた。


「マスケット本体に火炎術式を仕込んでおり、使用する弾丸も特殊術式を刻んだ銀製のモノとなっております。ローゼンクロイツ家では銃も使うと聞き及びましたので、ご用意させて頂きました」ヴォルケンがにっこりと笑う。


「これ……貰っていいんですか!」ヴォルケンは静かにうなずく。


「こんな大仰なモノをこんな無能に持たせるとはな。死なれたら金を巻き上げられず困る。せいぜい死ぬなよ」


 手慣れた手つきでヴォルケンは協会管轄の馬小屋から三頭、馬を連れ出しグラハムとヴォルケンはそれにまたがった。遅れてエリオットも馬を連れまたがる。

 ムチを叩き込み、猛スピードで市街地を抜け、三人は舗装されていない道へと抜けていった。


 月明かりのみが照らす仄暗い夜に馬ていの音が鳴っていた。それは突如として馬の恐れるような鳴き声でピタリと止んだ。

 三人は辺りを見回す。石畳を裂くように育ったツタと、崩壊しかけの家屋からは巨大な樹木の幹が生えている。まるで古代に陥落した廃墟群のようであった。しかし、ここは"五年前"の魔女被害で崩壊した旧市街である。



「ここで何があったのでしょうか……。とても、五年前にここが市街地だったなんて思えませんよ」


「能力を持った魔女の影響か、それとも魔女が発生すればこうなるのか。原因は不明だな」


「能力を持った魔女……って、名前持ちの魔女ですか」


「ご名答。旧市街崩壊の発端は『紅蓮の魔女』の影響だ。草木が生い茂る現象との関係は不明だが、火炎を操る魔女がいるなら草木を操る魔女がいてもおかしくない」


「グラハム様、エリオット様。観察もそれぐらいに……。魔女の気配が周囲に六体、戦闘準備お願いします」


 そう言った瞬間、棘の付いた腕がエリオット目がけて伸びてきた。エリオットは寸前で躱すが、腕をがれきに突き刺しそれを飛ばし、次はグラハムを死角から狙う。


「よくやったぞ、エリオット。初撃で死なないとは上出来だ」そういうと、衝撃波と同時にグラハムを狙っていたがれきは崩れた。


 どこから現れたのかグラハムの右腕には大型で金属製の武器が装備されている。

 棘の付いた腕を廃墟の壁に突き刺し、まるで空を駆けるように三人に近づく。その魔女は長い腕とは裏腹に胴体はかなり小さく、少女のようである。



 ヴォルケンが持ってきていた木箱をその武器で破壊すると、中から大量の杭が出てきた。

 それを右腕の武器に装填すると衝撃波と同時に杭が魔女に向かって射突される。魔女は再び腕を利用し、杭を避けた。


「何ぼさっと見てるさっさと戦え。この無能が!」


「は、はい!!」


 エリオットはヴォルケンから貰ったマスケットに銀弾を詰め、狙いを定める。しかし、大きく狙いを逸れ、廃墟の壁を炎上させた。

 グラハムの杭は連射性能がなく、一発の装填にかなりの時間を要している。そこを狙い再び死角から腕が伸びる。その攻撃はグラハムの左肩をかすめた。出血に耐えながら装填を終えると、正面に現れた魔女の胸部中央に杭を射突する。胸部に命中した杭から神々しい輝きが溢れ、魔女を杭の中へと封じ込め、杭は地面へ転がった。



 次に現れたのは多量の眼球に覆われた魔女である。

 その魔女は息を切らしたグラハムへと襲いかかる。間一髪、エリオットが間に合い、眼球の一つを波刃の剣で切り裂いた。苦痛からか魔女は身体を大きく仰け反らし、悲鳴を上げる。そこに銀弾を喉元に命中させると、魔女は大きく燃え上がり、焼き焦げる臭いと苦痛の叫びとともに巨躯は地面に伏した。

 ヴォルケンは多方面に視界があるがごとく、すべての攻撃を避ける。戦闘においても紳士的な姿は変わらず、エリオットとグラハムの援護を行い続けていた。



 ひときわ妖艶な乳房を持った魔女がケタケタと笑いながら、腕を振りかざしグラハムに近づいてくる。グラハムはすかさず杭を撃ち込むが、胸部が猛獣の口のようにぱっくりと開き、強靱な牙が杭をかみ砕く。そのまま、長い腕でグラハムの胴体をつかむと、またケタケタと笑いながら握りつぶそうとした。即座にエリオットがその魔女の腕に銀弾を撃ち込む。先ほどのように大きく燃え上がるが、その痛みに耐え未だ握りつぶすのを止めない。口元から赤い液体が垂れ、グラハムの呼吸が浅くなっているのが見て取れる。



 その瞬間、真冬を思い出すような冷気が辺りを包んだ。それはグラハムを中心として、広がり妖艶な魔女の全身を凍らせる。


「グラハム様、根を上げるのが早すぎますよ。もう少し粘っていただかないと」ヴォルケンはそう笑った


「これって……森で僕を助けてくれた術式……」


「そうだとも、全く無駄遣いさせられたものだ」いつもと違いグラハムには余裕がないようにエリオットには見えた。


 息を荒げたまま、「ヴォルケン、後三体は……もしかして全員このクラスか?」とグラハムは問う。


「ええ、ご安心ください。残り三体はこのクラスではありませんよ。……全員が"名前持ち"の魔女ですよ」

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