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月夜の晩に魔女狩りを  作者: 結城ゆきと
序章 狩人の目覚め
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第一話『魔女狩り』

『我らは純潔の聖徒であり、闇を払う一筋の光である』――聖シキル・アルブム



 長い銀髪を揺らし、深緑の瞳をした青年が何年も履き崩したような革製のシューズと、白いコートをはためかせ、月光の明かりのみが頼りの森の中を走っていた。

 その足取りは素早く、まるで誰かに追われているようにも、恐怖を振り払っているようにも見える。



 陰鬱とした森の中、耳をつんざくような悲鳴とも笑い声ともとれる不気味な声が響いた。青年の足取りはさらに速くなる。呼吸を乱し、それでも歩を進める。

 後ろから近づいてくる存在の正体を青年は知っていた。だから、なおさら足を止めることができないのだ。

 気が付いた時には奴は背後まで迫っていたのである。青年は背に装備していた刃先が波打つ奇妙な形の剣を引き抜き、振り向く。

 目の前にいたのはどことなく女性のようにも見える異形の存在であった。



 この異形の存在は二世紀以上前に突如発生した通称『魔女』と呼ばれる存在である。姿は人間のそれとは大きくかけ離れた骨格や形状をしている。だが、随所に女性的な特徴が見られ、ある種の艶めかしさすら覚えることができるのだ。その姿から『魔物の女』という意味で魔女と呼称された。

 長年、魔女に対しての対抗策を一切持たなかった人類は死滅の一途を辿っていた。ある時、とある司教と二つの名門貴族の研究により、人類は一つの希望を見出す。

 その研究を行った名門貴族の一つが、『ローゼンクロイツ家』である。


「ローゼンクロイツ家、八代目当主。エリオット・ローゼンクロイツ。協会の規律で貴方を滅却します」


 銀髪の青年は魔女に聞こえるような声でそう言い放った。

 背後に薔薇十字の紋を刻んだ白いコートのフードを被り、右手に構えた奇妙な形の剣の切っ先を魔女へと向けた。その剣の刃先は例えるなら炎の揺らめきを感じさせる形状だ。

 魔女はゆっくりと動き、エリオットを見つめている。実際は目と呼べるモノは到底なく、人間で言う五感と呼べる器官が付いているのかさえ疑わしかったが、エリオットを観察していることは明白だ。



 魔女はエリオットに向けて、右腕を近づける。エリオットは反射的に剣を振った。二十本以上ある右指をかすめたらしく、美しい見た目とは裏腹にグチャグチャに潰れたノコギリ状の傷口が付く。魔女は異形の姿であるものの、非常に人間的な苦悶を感じさせ、大きな悲鳴を上げた。

 悲鳴を上げた次の瞬間、魔女はエリオットとの距離を取る。ひるんだのか、攻撃を取るためか、それを見定めようと、呼吸を整え静かに剣を構えた。

 結果は後者であった。超高度まで跳躍し、尋常ではない速度で、エリオットの頭上へと急降下を行う。エリオットが捉えたのは、すでに頭上、六フィート弱のところまで迫って来た後だった。

 エリオットの死は確定的なモノに見られた。エリオットは剣を落とし、静かに目をつぶる。



 その瞬間、今まで蒸し暑ささえ感じられた森の気温が一気に下がる。まるで真冬かと思えるほどの冷気だ。

 エリオットは、三秒後には確実に魔女は落下してくると予測したが、十秒経っても落ちてこない。エリオットはゆっくりと瞼を開けた。空中には何もなく、鈍色の空が広がるばかりである。視線を前に移す。するとそこには凍えた表情をした青年が、氷漬けになった魔女と一緒にたたずんでいたのだった。


 エリオットは森の中にひっそりとたたずむ古びた洋館へと招かれていた。

 応接室の一番上座に当たる席に先ほどの青年が座り、下座へとエリオットは座らされる。

 白髪で老年の執事が美しい姿勢で青年の横に立つ。青年は苛立ちとそれ以上のあきれが顔に表れていた。


「薔薇十字のコートにその銀髪。貴様、ローゼンクロイツの当主だな。協会の規律も守れず、敵前で

戦意を喪失する愚か者が当主とはな」


「協会の規律は『魔女狩りは現時点の被害の有無に関わらず、魔女発見後、すぐ対処すべし』。僕何か悪いこと……しちゃいました……?」


 青年の罵声でエリオットの心は折れかけていた。

 青年は深いため息をついて、「ヴォルケン、説明してやれ」と執事に話を移す。

 執事は深い一礼をした後、説得力のある重厚な声で語り始めた。


「ここは貴方様、ローゼンクロイツ家と同じく、『聖アルブム協会』に所属する魔女狩り師『スカイクロウ家』の領地なのです。スカイクロウ家は魔女を滅却するのではなく、封印することを生業としております。そのため、協会との確約で『スカイクロウ家の領地における魔女の滅却を禁ず』とされているのです」


 エリオットは顔色を紅潮させ、興奮した自分を落ち着けるように整理しつつ、青年に詰め寄った。


「ここはスカイクロウ家の領地……。じゃあ……貴方が現当主『グラハム・スカイクロウ』様ということ……ですね?」


 スカイクロウの当主はそれ以外何があるのだと言わんばかりに、指をこめかみに当てて、クルクルと回す。ヴォルケンは苦笑いを浮かべた。

 興奮するのも無理はない。エリオットの目的はスカイクロウ家の当主との接触であった。しかし、先ほどまでの森は半径六十キロメートル近くある、広大な森林だ。その中心部三キロメートル程度がスカイクロウ家の領地である。エリオットが森へ入ってから一週間以上が経過していた。途中で地図を無くし、ほとんど遭難状態のまま歩き続けていた。方角も分からない、現在地も分からない、魔女にも襲われる。そんな状態で偶然にもスカイクロウ家に辿りつけたのだ。



 感涙を浮かべていると、グラハムは露骨に嫌悪感を抱いた表情となり、ヴォルケンに始末を任せようとする。ヴォルケンは静かに首を縦に振り、話を本題へと進めるようグラハムに目で命令される。


「エリオット様、この森にはなぜお越しに?」


「聖アルブム協会から、スカイクロウ家とローゼンクロイツ家に招集がかかっており、グラハム様へと接触を命令されたのです」


「協会への呼び出しなら、伝書カラスでも飛ばせばいいことだろう。わざわざ、ローゼンクロイツの当主に呼びに来させる理由が分からない」グラハムは質問した。


「伝書カラスを飛ばせば、市民を不安にさせてしまうため、この森を抜けられるのは僕だけという判断だそうです」


「なるほど、だが当主がこんなに無能とは予期できなかったわけか……。で、招集日はいつだ」

 エリオットは困り果てた顔をする。嫌な予感がグラハムとヴォルケンによぎる。


「まさか、今日……なんて言わないだろうな」


 エリオットは申し訳なさそうにうなずいた。


「エリオット、開催の時刻は分かるか?」グラハムは強い口調で聞く。


 午前二時だとエリオットは答えた。予定時刻まで三時間もない。この暗闇の森をスカイクロウのみが知る最適ルートを通ったところで、四時間は確定だ。どう考えても、"常識"だと間に合わない。

 グラハムはエリオットの頭を小突くと、応接室を小走りで抜け、自室に戻り着替え始めた。

 ヴォルケンはナイトガウンを手際よく脱がし、グラハムは威厳のある軍服姿へと変貌を遂げる。軍服は純白で、背後には真っ黒なカラスの紋が大きく刻み込まれいている。軍服が純白である理由は、ローゼンクロイツ家と同じく純潔の聖徒であることを示しているのだ。

 応接室で申し訳なさそうな顔をして、小さくなっているエリオットの前に正装に着替えたグラハムが現れた。


「さて、向かうぞ。ヴォルケン、"アレ"を使え。確実に間に合わせるぞ」


 少し部屋を離れたヴォルケンは応接室に大仰な金属製の拘束具を二セット持ち込んだ。拘束具には術式が刻み込まれている。エリオットにはそれが防御術式であることしか理解できない。

 だが、それだけでも理解できることが一つだけあった。それはこれから起こることへの危険度だ。


「ヴォ、ヴォルケンさん! この拘束具は何ですか!?」


「エリオット様、これから行うことは危険度が高すぎる故、致し方ないのです」


 ヴォルケンは当たり前のような顔でほほ笑む。

 気が付くと、エリオットの全身は拘束具で完全に固定されており、エリオットは軽いパニックを引き起こしていた。


「パニックを起こすな鬱陶しい。全部お前が招いた責任だ。不安がるな、拘束具さえ着けておけばあ

る程度の安全性は確保できる」


 ヴォルケンはグラハムにも同じ拘束具を着け始めた。二人とも完全に全身を拘束されたが、ヴォルケンは何も着けず燕尾服のままである。

 拘束された二人はヴォルケンの先導の元、屋敷の一室へと案内された。扉は鉄製で、これにもまた術式が刻まれている。

 ヴォルケンが鉄扉に触れると、ゆっくりと扉は開き、そこにあったのは窓一つない真っ暗な部屋だった。

 三人が入室すると、扉は自動的に閉まる。扉は仄かに青い光を放ち、術式が起動したことが分かった。そして、術式が起動した瞬間に僅かに漏れていた光が完全に遮断されたのだ。

 隣にいる人間の顔すら認識できない暗闇と無音、それがエリオットに恐怖を与えた。

 少し経つと、室内に変化が現れる。地面から水が溢れるような感覚が足元に漂う。その量はどんどん侵食していき、アッと言うまにエリオットの首元まで達した。

 エリオットのパニックは限界点を突破しようとしていた。呼吸は浅くなり、エリオットの呼吸音が乱れ始める。


「ゆっくり深呼吸をしろ。奇妙な感覚だろうが、こいつは水じゃあない。呼吸は可能だ」


 グラハムが安心させようと、声を掛ける。そこには鬱陶しさもあったが、優しさも少なからず含まれていた。

 完全にエリオットの全身を不思議な感覚が包む頃、景色は一転していた。

 眼前に広がるのは、市街地の風景だ。エリオットは胸元に入れておいた懐中時計を見る。時間にすれば数分のことだ。


「間抜けのミスをカバーするのも一苦労だな、ヴォルケン」


「協会の人間同士協力しておいて、支障はないと思いますよ」


 間抜けのミスという言葉に対しては一切否定しないヴォルケンに少しムッとした顔を見せるエリオット。ヴォルケンは「冗談ですよ」と笑んだ。エリオットもそれに対して、優しく笑んだのだった。


「協会がわざわざ、伝書カラスを通さず当主同士を接触させ、協会本部へ呼び出したんだ。しかも、魔女が湧く時間帯に。こんな冗談が言い合えるのもここまでかもしれんぞ」グラハムが冷たい表情でそうつぶやいた。


 急速に重くなる当主たちの足取り、それでもなお、三人は進み続ける。聖アルブム協会本部へと……。

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