第4話 立証
感情を操作する、それを確固たるものとするため、検証を重ねることが必要であった。
問題はそのやり方であった。実験同様、同業者だと知識が邪魔をしてしまう。
ユウスケは思い悩み、珍しく昼間の食堂の構内に来ていた。
特別、相談出来るような友人もいなかった。談笑する程度の友人はいたが、脳科学や研究のこととなると変人扱いなのである。
「あ、あの、ユウスケ先輩、ですよね?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには猫背で髪がボサボサの男子大学生が立っていた。
「うん、そうだけど?君は?」
「あ、わ、私大学4年で地学を専攻していますシゲタと申します」
「あぁそうなのか、で、何か用かい?」
「あ、あの今ゼミで研究している結果に不満がありまして…ぜひユウスケ先輩の見解を伺えればと…」
こうやってたまにユウスケを頼ってくる生徒も多かった。教授たちからの人望も厚く、信頼されているのだ。
構わないよ、と答えようとした時にユウスケはふと思った。
「不満、悩み…か」
「ユウスケ先輩?」
「あ、あぁすまない。もちろん構わないよ。後で研究室まで来てもらえるかい?」
ユウスケは研究室まで急ぎ足で戻り、パチパチと実験機材の電源を入れ、ブウゥゥゥと鳴き声を上げた。
感情が伝播する可能性は分かっている、では伝播後には元の感情はどうなる?上書きされるのか?それを検証してみる必要がありそうだ。
「実験で手に入れた緊張や不安の波形がある。これを試してみよう」
パソコンをいじり、以前の実験データを取り出す。
「し、失礼します」
先ほどのシゲタがノック音と共に研究室を訪ねてきた。
「やぁ君か」
ユウスケは少しだけ口角を上げて答えた。
「研究結果に不満があるんだったね。その前に少しだけ協力してくれるかい?」
「え、えぇそれはもちろん」
専用の椅子へ座らせ、頭部に脳波を測定する装置を取り付ける。
カチャカチャとキーボードを鳴らしながら測定を開始、今後のために不満の波形も記録した。
そして例の波形に緊張の波形をミックス、シゲタに与えてみる。特に表情などに変化は見られない。
「気分はどんな感じ?」
「そ、そうですね…う〜ん、どうなんでしょう…」
「おかしな事でもいい、素直に教えてくれないか?」
「は、はい、そうなんです。おかしな話なんですが急に緊張し始めて…と、特別先輩に対して緊張してるとかではないんですが…」
ユウスケはよしっと心の中でガッツポーズをした。ユウスケ自身、感情の伝播については少し自身がなかったのだが、これで間違いない!と確信した。
「そうか、それで先ほどまで抱いていた不満感はどうだい?」
ユウスケは落ち着きながら尋ねた。
「ふ、不思議ともう何も不満はないです。そ、それよりも緊張しすぎて汗が…」
「ほほぅなるほど」
感情は上書きされる!そして感情の大きく純粋な部分のみが伝播されるということが判明した。
気分が高揚した。今までにこれほどダイレクトに分かりやすい実験があったものか。この実験は世界を良くも悪くも変えられる。
「せ、先輩…すいません、相談するほどのことでもなかったので、これで失礼致します」
研究室を去る後輩を背に彼は思わず言葉に出していた。
「…神にだってなれる!」