6話 能力インストール
「えっと、こんばんは……」
「ウフフ、こんばんは。導かれし少女」
何かもう色々と訳がわからなくなってきた私はとりあえず猫に挨拶をする。そして返ってくる返事にやはりしゃべっている事に驚きと戸惑いを隠せない。私があたふたしていると、
「お~、マシロじゃないか、どうした? 散歩中か?」
シロウが猫に話しかける。
もしかして真っ白な毛並みだから「マシロ」なのだろうか?
少し毛が長く、モコモコした印象のその猫は答える。
「ええそうよ、といっても、今から帰るところだけど」
「あの! なんで人間の言葉をしゃべれるんですか?」
何だか太々しいとはいえ、猫に敬語を使ってしまう私。
マシロは優雅に微笑んで答えない。代わりにシロウが答える。
「マシロは人の言葉しゃべれないぞ? 今も猫の言葉で話してる。ヒナが猫の言葉を理解してるみたいだぞ?」
「何で!?」
「さぁ? 魂がバターになったから、俺と同じになったんじゃないか?」
そういう事!? とにかく私は動物の言葉を理解できるようになったと!?
「あの、それで審判の時って、導かれし少女って何の事なんですか?」
「フフ、あの真っ赤な夕日、終焉の時は近いわ」
私が不安に問いただすも、マシロは窓から夕陽を眺めている。
「わ~んシロウ! 会話がかみ合わないよー!」
私はシロウに助けを求める。
「マシロは人間の言葉はわからないからなぁ」
「え? さっき挨拶返してくれたけど?」
「挨拶くらいは分かるからな。あとマシロの言う事は真に受けなくていいぞ? 最近ああやってカッコつけるのが流行りらしいから」
厨二病!? 猫にも厨二病ってあるんだ!? ってか私って聞き専門っすか!
「えっと、じゃあ気を付けてお帰り下さいって伝えて」
マシロが特に重要人物(?)ではない事が判明したので、速やかに退場してもらう方向に進める。
「わかった。マシロ、ヒナが気を付けてお帰り下さいだって」
正直シロウとマシロも日本語で会話しているようにしか聞こえないので、私と何が違うのか全く理解できない。
「ではさようなら、道に迷いし少女」
そして迷いし少女って……導かれてたんじゃないんかい!
シロウの言う通り、あまり真剣に受け止める必要はないようだ。
「そうだ! 言葉が分かるなら、ヒナに俺の友達を紹介するぞ!」
「まぁステキ! でもよく考えてシロウ。他の人に見られたら、私は動物に話しかける超痛い女って思われるからね?」
たとえ言葉が伝わらなくとも、話しかけられれば答えるだろう。そこを誰かに見られたらひとたまりもない。
シロウが傷付かないようにソフトに伝える。
「気にしなくていいと思うけどなぁ。よしヒナ! おさらいだ!」
そう言い、ポン☆ っと犬の姿になる。
「どうだヒナ。俺の言葉が分かるか?」
「うん。分かるようになってる。前は分からなかったのに。やっぱり魂のせいなのかな?」
この後しばらく今日の出来事について議論したが、結局確信を得る事はなく、飽きたシロウがオモチャで遊びだしたのでお開きとなった。
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次の日の休校日、私はシロウに連れられて神社に来ていた。
なんだかんだで動物と話せる事に興味が無いと言えば嘘になる。
私ははやる気持ちを抑えつつ、シロウに付いていく。
境内から脇に入ると、緑の多いちょっとした茂みになっており、シロウが言うにはここが溜まり場の一つになっているらしく、少し開けた場所に犬と猫が仲良く日向ぼっこをしていた。
小さな町の、小さな神社は人気がなく、この場所に至っては人の目を気にする必要は全くなさそうだった。
「ようシロウ、そいつが俺たちの言葉を理解できるっていうお前の主人か?」
ワイルドな口調で黒猫が話しかけてきた。声も中々渋い。
現在、犬バージョンのシロウが答える。
「そうだぞ! ヒナって言うんだ。ヒナ、こっちは黒猫のウィス。野良だぞ」
なんだか携帯ゲームに出てきそうな名前に吹き出しそうになる。ウィスに挨拶をして他の子を見ると、マシロもいた事に気付いた。
「マシロも来てたんだね、こんにちは」
「フフ、こんにちは、選ばれし少女」
マシロは太陽の光を浴びて気持ちよさそうに寝そべりながら答えた。
「マシロは飼い猫だな。結構おっきな家だぞ」
そうなんだ。とりあえず相変わらずの厨二っぷりをスルーして、他の子との自己紹介を始める。猫3、犬2で、シロウを合わせれば3:3のバランスのいいメンバーが集まったと思うが、シロウの友達に猫が多いのは流石に驚いた。
紹介が終わるとウィスが話しかけてくる。
「さぁ、次はヒナの実力を見せてもらうとするか。俺たちの仲間になりたいなら、その力を示すために俺と勝負しな!」
「えぇ! 何それ? どういう事って、私の言葉は通じてないんだっけ」
「ふっ、俺は野良としてやっていく為に、ある程度人間の言葉は分かるつもりだ。なんだ? 言ってみな」
「あの私、別に争ったりするつもり無いので勝負とか止めない? そんな事より、みんなでお話しとか」
「そうか! ヒナはやる気まんまんのようだな! なら俺の得意の木登りで勝負だ!」
「全っ然分かってないじゃん!! シロウー! このワイルドの知ったか酷いんですけどー!」
シロウはケラケラ笑っている。
「怖いか? フフフ、俺を前にしちゃそれも仕方ねぇ。けど、それに立ち向かう事に意味があるんだぜ」
「シロウー!! この子人の話しを聞かない系だ! ついでに言うと自分に酔ってる系でもある。なんとかして~」
シロウは爆笑している。こいつぅ……
「ヒナ~、木登りなんて簡単だぞ。頑張れ~」
こいつ他人事だと思って~! 私木登りなんて……
ん? 待てよ? もしかしたら……
(シロウは木登りが得意みたい。魂を共有してて言葉も共有出来るのなら、木登りだって同じ事じゃ!?)
「じゃあ俺はあの木、ヒナは隣の木で登りきった方の勝ちだからな」
ウィスが一人で話を進めているが、私は意識を自分の中の魂に集中させる。
……小川のようなせせらぎを感じる。シロウの体から流れる情報が欲しい!
もっと、流れを、早く!!
『 魂 の 循 環 』
思いの他うまくいき、魂の流れが急激に早くなる。その瞬間シロウがビクッと体を震わせた。
シロウの体から流れる魂の小川。そこから情報をすくい上げるイメージで!
『 身体能力 インストール 』
「じゃあ行くぜ、よーい、ドンだ!」
自分で合図を出し、駆け出すウィス。私も風のように走り出す。
何かめっちゃ早く走れる!
木を見た瞬間に思うのは、簡単に登れそう、という確かな自信。そしてウィスとほぼ同時に木の根元に到着する。ウィスは流石は猫といったところか、凄い跳躍力で枝から枝に飛び乗っている。
しかし私も負けていなかった。人間とは思えないジャンプ力でタン、タン、と螺旋階段を上るように足だけで巨木を駆け上がっていく。
流石にジャンプ力だけで届かない枝には跳躍力に腕の力を乗せて、枝の上で逆立ちをした後に体を捻り着地する。
「何だアレ! 人間の動きじゃないぞ!」
「おお~! ヒナすごいぞ~!」
見物席からは驚きの声が上がっている。
あっという間にこれ以上はヤバいと本能が告げる位置まで登っていた。隣の木を見ると、ウィスは私に負けじとまだ登っていたが、
「うぅ~、これ以上は無理だ~、ってかもう下りられねぇ! 助けてくれ~」
と、ワイルドの欠片も無くプルプルと震えている。
しょうがないなぁ、と思い隣の木に飛び移り、サッとウィスを抱きかかえ、枝のしなりを利用しながら一枝ずつ飛び降りていった。
ダンッと地面にちょっとカッコよく着地するとウィスを下す。
ウィスは放心状態でくてっとその場に倒れ伏した。そこにシロウたちが駆け寄って来る。
「ヒナすごいな~、忍者みたいでカッコよかったぞ~!」
「フフ、天を駆けるペガサスの如き、美しい舞だったわよ」
周りから歓声を浴び、なんだか照れ臭くなる。
そこに身を起こしたが、まだ少しフラフラしているウィスが歩み寄ってきた。
「ヒナ、俺の完敗だ。お前はすごい奴だぜ」
ウィスに話しかけられて、私はもう一度試してみる事にする。
『 魂 の 循 環 』
『 動物語 インストール 』
「もうあんな無茶な木登りしちゃだめだよ? ウィス」
「お前、俺たちの言葉を! へっ、今日は驚いてばっかりだぜ」
どうやら通じるようになったようだ。
ぶっちゃけ、こっちは日本語で話してるだけなんだけど……
「ヒナ、お前の実力は分かった、言葉も通じる。俺はお前に惚れたぜ! 俺と……交尾してくれ!」
……は?
「あ、ずるいぞウィス! お前ばっかり」
「ヒナさんは僕も狙ってたんだぞ!」
オス共が言い争いを始めている。待て、私を置いて話を進めるな!
すると、ポン☆ っとシロウが人間の姿になり私の肩を強く抱き寄せた。
ドキッ! なぜか心臓が跳ね上がった。
男の子にこんな抱き寄せてもらった事なんてないもんだから、恥ずかしくて顔が熱くなる。
「ヒナは誰にも渡さない!」
キュッと胸が締め付けられる感じがする。
こんな真剣な顔のシロウは初めて見たかも。
(シロウ、もしかしてヤキモチ焼いて……?)
なぜかちょっと嬉しくなる。
「ヒナと交尾するのは、俺だー!」
シロウが叫ぶ。
……は?
「ずりーぞシロウ、自分の主人だからって!」
「おい、勝負だ、勝負しろ」
「早い者勝ちだろ!」
オス共が煙をモコモコあげて漫画のようなケンカをしている。
だから私を置いて話を進めるな! ってか早いもの勝ちって何よ。ありえないから!
こうして私に変な能力がついたり、動物の友達が増えたりと常識ではありえない休日が過ぎて行った。今日の夜もまた、シロウと出る事のない答えを求めて議論する事になるだろう。