エピローグ
私が目を覚ますと、懐かしい天井が目に映った。ムクリと体を起こし、外に出ると、これまた懐かしい顔の女性が、私を待っていたかのように立っていた。
「お帰りなさい、イリーナ」
「ただいま。アルテナ」
嬉しいお出迎えに、軽く抱擁をかわし、私達は歩きながら話し始めた。
「乾雛としての人生お疲れ様。すごい人生だったわね~。あなたの人生にみんな釘付けだったわよ」
「そうかな? 結局自殺をするっていう運命から外れちゃったけど、ゼウス様怒ってないかな?」
不安を残す私とは逆に、アルテナはすごくはしゃいでいるように見えた。
「ないない! 十分すぎる成果に、褒められることはあっても怒られることはないわ。あ、だけどゼウス様にはお礼を言うのよ? あなたが乾雛として死んだあと、魂は全部あのワンコ君が持って行っちゃったから、あなたここに戻って来れなかったのよ?」
「えぇ~! そうなの!?」
「だからゼウス様が、新たに魂を作ってあなたに与えたのよ」
そうだったんだ。流石ゼウス様。一生ついて行きます! この体寿命ないから言葉通りの意味で!
それはそうと、アルテナの言葉で私はみんなのことを思い出した。
「ねぇ、ゼウス様に報告に行く前に、ちょっと聞いてもいい?」
「いいわよ。少しくらいならゼウス様も許してくれるはず。下界の様子が見える鏡の間に行きましょう」
そう言って、私達の足取りは鏡の間に向けられた。
「私が死んだあと、シロウはどうなったの?」
「すぐに後を追うように大往生したわ。あなた達、死ぬ時まで仲良しなんだから」
アルテナが茶化すような笑みを浮かべている。
「私の友達はまだ生きてる……よね? じゃあお凛ちゃんは? 転生できた?」
「ああ、あなたが死ぬ一年くらい前に成仏していった幽霊ちゃんね? 大丈夫よ。魂の清算を受けて、すでに転生してるわ。裕福な家庭に生まれて、何不自由ない暮らしを送れそうね」
鏡にお凛ちゃんが転生した姿が映し出された。まだ幼く、ヨチヨチ歩きで動き回る姿を両親が優しく見守っている。
「あなたとワンコ君の間には子供ができなかったから、実質あの幽霊ちゃんが子供みたいなもんだったわね」
「そうね……前世があんな人生だったから、今世は落ち着いた人生が送れそうでよかった」
転生を繰り返す魂には法則がある。人を傷つけたり、裏切る行為を繰り返すと魂が穢れ、シロウのような野良犬に転生して苦労をしたり、お凛ちゃんのような悲惨な運命を背負うことになる。
しかし、そんな生涯を懸命に生き、魂の清算が済むと、今度は恵まれた環境に転生する。だが恵まれた環境は人をダメにする。知らず知らずのうちに何かを傷つけ、また魂が汚れていく。それの繰り返しである。
「幽霊ちゃんよりも、ワンコ君の方がすごいよ~、見てよこの転生先。なんと、とある国の第一王子よ?」
「凄い! まぁ、かなり私に尽くすような人生だったからね……」
鏡に映し出されたのはシロウが転生した姿。まだ赤ん坊だ。
部屋は広く、周りの雰囲気だけでもこれ以上楽な人生はないと思わせるほどだ。
「だけど過保護に育てられて、ワガママ王子にとして市民からは嫌われる。贅沢な暮らしで魂が穢れていくのが見え見えよね……」
「あいつなら大丈夫じゃないかな?」
私はゼウス様のいる広間に足を向けてそう答えた。
「なんでそう思うのよ?」
後ろからアルテナが不思議そうに聞いてきたので、私は振り返り自信をもって答えた。
「だってあいつは私の、特別な魂を持ってるんだもん!」
頑張んなさいよシロウ。下手な人生歩んだら、応援してあげないからね。
そうして私は、再び広間に向けて歩き出した。
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「はい、じゃあ転生させるわよ。『あなたが良き生涯を送れますように!』……はい完了!」
一つの魂を転生させて、私は一息ついた。
現在私は魂を転生させる仕事をこなしている。どうも乾雛としての人生がかなりの高評価だったらしく、神の使いから女神に昇格してしまった。
と、いうことは、ここにいれば顔なじみのみんなと会う事ができるということだ。
「シロウとお凛ちゃんは転生したばっかりだから、次にここに来るのは未来ちゃんか、ネコちゃんか、姫ちゃんね……。あ、一応東海林先輩にも教えてあげよう! プププ、驚くだろうなぁ」
ここに来る魂は意思なんて持っていない。だけど、顔見知りのみんなが来たときだけは、体と、当時の記憶を与えて、少しの間だけ思い出話に花を咲かせるとしよう。
それは、みんなが何度転生しても、私がこの仕事を続けていく間ずっと続く。今回の人生は辛かったとか、あのとき別の選択肢を選んでいれば、違った人生になっていたかもしれないとか、そんな愚痴を聞き、笑い合い、そして送り出す……
きっとこれも、ゼウス様の計らいだろうなぁと私は思った。
「早くみんな死んでここに来ないかなぁ~」
仕事に慣れて気が緩み、とんでもなく不謹慎なことを口にしたと私は気付いた。
気を引き締めるように、パンパンと自分の顔を叩いて、よし! と気合を入れる。
そこへ、次に転生させる魂の情報を、神の使いが持ってきてくれた。
「ありがとう」とお礼を言ってから資料に目を通す。
「……え? 何これ? こんな転生もありなの!?」
そこには、今までとはまるで違った転生依頼が書かれてあった。
そういえば、私が乾雛の人生を成功させたことで、神々の規定が少し変わったことを思い出した。私はおもむろに転生のマニュアル書を取り出して、その魂が来るまでに熟読をする。
「ふぅん。なるほどね」
理解した私は、マニュアル書をパタンと閉じた。
「また一つ、下界で大きな奇跡が起こりそうな予感がするわ」
この魂が一体どんな生き様を見せてくれるのか、とても楽しみだ。
――こうして魂は転生を繰り返し、世界は回る。
時に大きな悲劇を起こし、感動を起こし、
またごく稀に、奇跡が起きることも……
それらは神々が、なんらかの理由で引き起こしているのかもしれない。
これにて完結です。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!




