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33話 魂の記憶

「ここにいたのね。探したわよ、イリーナ」


 名前を呼ばれて私は振り返った。そこには金髪で髪が長く、絹のようなローブに身を包む女性の姿があった。神話に出てくるような女神のような女性に、私はさらに記憶を思い返す。

 彼女の名前は何だったっけ? そう! アルテナだ! 私と最も仲の良かった人物。そしてここは……?

 私は周りの風景を思い出そうとした。

 空の色は薄いピンク色に染まって綺麗な色だ。にも関わらず夕日は出ていない。そもそも太陽というものが無かった気がする。近くには大きな神殿があり、私はその裏手にある小川に来ていた。周りには見た事も無い花が咲き乱れ、とても日本とは思えない光景だ。


 ああそうか、これは私が、乾雛として転生する前の記憶。いわば、前世の記憶なんだ。

 何も脳だけが記憶を持っているわけじゃない。転生を繰り返す『魂』もまた、記憶を持っていて、これは魂に刻まれた、魂の記憶なんだ。


「イリーナ、ゼウス様が呼んでいるわよ。あなたに使命を与えると言っていたわ」

「分かった、ありがとうアルテナ。行って来るね」


 しばらくは合えなくなると察して、軽く抱擁して彼女と別れを告げた。

 神殿に戻り、大きな門を通ると、いかにもRPGの王様の部屋という場所に、ゼウス様は座っていた。


「ゼウス様、お呼びでしょうか」


 私は膝をついて挨拶をする。目の前にいる老人は、威厳のある髭を伸ばし、神々しいローブを身にまとっていた。


――この方が、私の主。世界の創造神、ゼウス様。


 風格のある表情はとても威圧感がある。だけど私は知っている。ゼウス様はとても優しいお方だ。神の使いである私達にも気を配ってくれて、そんなゼウス様に仕える事が私の誇りであり、存在意義だった。


「イリーナよ。今回、そなたに使命を与えたい。辛く、険しい使命だ」

「はい! 何なりとお申し付け下さい」


 私はゼウス様に頼られる事を誇りに思いながら返事をした。


「そなたにもある運命を背負い、人間に転生してもらいたいのだ」

「と、言いますと?」

「うむ、ワシが作った世界、その世界に産まれた人間という種族。これが物凄い勢いで進化を続けている。しかしこの種は、互いに争い、世界の滅びを進めている。非常に嘆かわしい事だ……」

「心中、お察しします」


 ゼウス様が寂しそうな表情を見せた。それだけで私の心も切なくなる。


「そなたも知っての通り、我ら神は、生物に干渉する事は禁じられておる。我らは世界を作り、そこに産まれた命をただ見守るのみ」

「はい。それが神々の規定です」

「しかし、神の使いであるそなた達の記憶を封じて、特別な運命を与え、人間に転生させる。これはギリギリ可能な事だ」

「なるほど、それが最近ゼウス様が進めている計画ですね?」

「左様。ワシは人間には、もっと楽しく生きてもらいたい。星の寿命を縮める行為を出来るだけ抑えたい。そこで今回、そなたを転生させる事を決めた」

「ゼウス様のためなら喜んでお受けします。それで、どの様な使命なのですか?」


 私が本題に触れると、ゼウス様は少し間を置いてから静かに告げた。


「そなたには人間に転生して、『自殺』してきてもらいたい」

「自殺、ですか……?」

「うむ。そなたには生まれた世界で、決して友達が出来ない運命を与える。そして、それによってそなたは寂しさのあまり、生涯の途中で自殺をする事になるだろう。しかしその行為は、少なくともその町で大きな衝撃となり、人々の心に焼き付く事になる。その結果、人々の意識は変わり、同じ過ちを起こさぬよう、優しさが生まれる。我らに出来る事は、このような些細な事だけだ。だが、この些細な出来事を繰り返す事で、少しづつでも人の意識を変える事に繋がると信じて、そなたにこの使命を託したい」

「分かりました。それがゼウス様の願いというのなら、私は喜んでお引き受けします!」


 私に嘘、偽りはない。心からこの方の力になりたいと思っていた。


「すまぬなイリーナよ。そなたが考えているよりも、ずっと辛い生涯になるだろう。それでもその生涯を終え、ここに戻って来た時には、そなたを皆で祝福しよう」

「ありがとうございます。そのようなお言葉を頂ける事に感謝します」

「では転生の間に行くがよい。そこで魂だけを転生させよう」


 そうして私は転生の間に向かい、そこに肉体を置いて魂だけを転生させた。

 転生した魂は、乾雛として生を受ける事になる。

「私、自殺するために産まれてきたんだ……」


 私が無意識にそう呟くと、シロウが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「ヒナは変わらないって言ったよな!? 友達もいる、だからそんな運命なんて辿る必要なんかないよな!?」


 シロウは必死に私を揺さぶって、肯定するように促している。


「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから……だけど、少し気持ちを整理したいから一人にさせて。シロウは一人で帰って、家で待っててほしいの」

「それはいいけど、ヒナはちゃんと帰ってくるよな?」

「もちろんだよ。心配しないで」


 私はそうシロウに言い聞かせて、一人で町を歩く事にした。


 ダラダラと向かう先も考えず、足の向くままに歩いていると、比較的交通量の多い場所に来た。

 生まれ育った町を歩きながら、私は今までの出来事を整理した。

 そう、私に友達が出来なかったのは、ゼウス様が定めた運命だった。だけどそれが辛くて、はち切れそうだった私は、ただ必死に、そして無意識に、魂に残っていた神の使いとしての力を使い、野良犬だったシロウを人間に変える奇跡を起こしてしまった。その結果、ゼウス様が定めた運命から外れ、ただ人としての人生を満喫している。


 それは、ゼウス様に対する裏切りではないのだろうか?


 きっとゼウス様は、今でも私の事を見ている。神々の住むあの場所には、ここの様子を見れる場所もあったはずだ。

 今の私を見て、ゼウス様はどう思うだろう? 使命を忘れ、のほほんと遊んでいる私に失望しているのでは……?

 そう考えただけでも私は、いても立ってもいられなくなった。私はガードレールに両手を置き、周りを見た。何台もの車が目の前を走り去っていく。

 このガードレールを乗り越えれば、車にはねられ私は死ぬ。自殺をするという任務をこなし、ゼウス様の下に帰る事ができる。……もう、こんなに悩む必要はなくなる。

 私は少しずつ身を乗り出していく。

 ここを超えれば楽になれる。

 ここで自殺をする事が私の使命。

 ここで死ねば……

 私はガードレールに置いた両手に力を込めた。


――あ、死ぬ理由を決めてなかった。


 うん、私の使命は人の意識に優しさを生み出す事。何の理由もなしに自殺したところで、人の意識は変わらない。ふぅ~危ない危ない、危うく無駄死にするところだったわ。

 私は気を取り直して、自殺する理由を考えながら、再び歩き出した。

 もう友達が出来ちゃってるから、寂しさを苦に自殺はダメよね? だったらどんな理由にしたらいいんだろう?

 私が頭を悩ませているとコンビニが見えてきた。コンビニの敷地にはいかにも不良と思われる男子が三人でうんこ座りをしている。私はこれを見て閃いた。

 そうだ! あの人達を怒らせればいいんだ! こう、「そこでたむろうとみんなの迷惑だから、あっち行け」。みたいな事を言えば、相手は怒って暴力を振るうはず。なんならレイプとかされるかもしれない! 私はそれを苦に自殺をすればいい。そうすればその事件がニュースとなり、暴力を振るう事は、人を不幸にするという意識が広がる、結果、人々の心には優しさが生まれる。そして任務を完璧にこなした私はゼウス様に褒められる。よし、これで行こう!

 私は一歩、不良達の所に足を踏み出した。

 そう、これでいいんだ。これが運命。

 なにも怯える必要はない。だって、これが私の使命だから。

 こんな私と友達になってくれたみんな、ありがとう。そして……ごめんね。

 不良のすぐ近くまで歩み寄った私は、


――ん、友達? あ、やっぱこの作戦ダメだ! 今のナシ!!


 何食わぬ顔で不良の横を通り過ぎた。

 忘れてた。もし私が暴力を受けたと知ったら、シロウや姫ちゃんが黙っちゃいない。特に姫ちゃんだ! 彼女なら極道を引きつれて、必ず十倍返しで仕返しをするに決まってる。優しさを生むどころか乱闘が生まれ、一生消えない傷跡が残るところだったよ!

 私は再び歩き出したが、携帯がさっきから鳴っている。中を確認すると案の定、友達からだった、今は話す気分ではないので放置して、考え事に集中する事にした。


 ブラブラ歩いていると、川沿いの土手に出た。そこに掛かる橋の真ん中まで進んでいき、足を止め、橋の上から川を眺めた。

 自殺をする理由に、寂しさもダメ。イジメもダメ。他には一体何があるんだろうか?

 考えれば考えるほどに訳が分からなくなり、迷走している気分になった。

 もう政治的な理由でいいんじゃないかしら? 将来、年金がもらえそうにないとか、そんな未来に絶望して自殺をすれば、今の総理大臣がショックを受けて、国民に優しい制度を作ってくれるかもしれない。日本政府の内側から優しくなるというのが、この作戦の狙い。あ、結構いいかも。もうメンド臭いし、これでいいや。

 そう決めた私は、橋の手すりに両手を置き、身を乗り出した。

 この川に身を投げる。そうすれば全てが終わる。

 今まで友達と、色んなおしゃべりをしたっけ……

 全部、私の思い出にして、向こうに持っていくから……だから……

 みんな、さよなら。

 私は手すりの向こうに体を傾け、


――あ、遺書を書いてなかった。ダメじゃん。


 また危うく無駄死にするところだった。遺書を書かなきゃ何で自殺をしたのか分かるはずない。

……というか、また死に損なった。そんな私の頭に浮かんだのは『何やってんだ私は……』という自分自身に呆れた感情だった。

 そもそも遺書以前に、よくよく考えてみれば年金がもらえそうにないから自殺する高校生って、そんなの居る訳がない。私はバカか? 何考えてんの私……

 正に、迷走していた。


「雛さん! ここにいたんですか!?」


 唐突に名前を呼ばれて我に返った。もはや顔を見なくても誰かなんて、声としゃべり方で簡単に分かる。


「どうしたの、姫ちゃん……」


 私は顔も向けずに答えた。


「どうしたのじゃありません。急にいなくなって、携帯にも出ないから心配してたんですよ!? 何か分かったんですか?」

「……」


 そんなの困るよ……。だって、私は今から死ななきゃいけないのに、そんなに優しくされたら心が揺らいじゃうよ……


「そういうの、迷惑なの……」

「え……?」


 私は川を見つめたまま、言いたくも無い言葉を無理やり口にした。


「私は本当は、友達なんていらなかったの……。うるさくて、面倒臭くて……」

「雛さん、何を……」


 戸惑う姫ちゃんの言葉が胸に刺さる。だけど、これが私の決意だ。


「だから、もう二度と、私に関わらないで!」

「雛さん、本気で言ってるんですか……?」


 姫ちゃんの声が低くなった。怒ったのだろうか、それとも失望しただろうか。

 私の胸が、痛みを増した。


「本気に……決まってるでしょ……」

「なら、どうしてこっちを向かないんですか!?」


 何で? 何故だろう、姫ちゃんの顔が見れない。


「泣いているのを見られたくないからじゃないですか?」

「……え?」


 言われて気が付いた。私の頬に、一筋の涙が伝っていた。


「雛さんが嘘を付くのが下手なの、知ってますよ」

「……っ! 嘘じゃないよ! 本当にもう、関わってほしくないんだから!」


 そう言って、私は逃げるように駆け出した。後ろから呼び止めるように私の名前を呼ぶ声が聞こえるが、立ち止まる事なんてできなかった。

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