28話 イカサマ対決④
「はい、4」
三回戦開始直後、先輩の切った手札に違和感を覚えた。先輩は相変わらず手札を一瞬見ただけで全てのカードを伏せながらプレイしているため、お凛ちゃんが手札を覗く事は出来ない。だが、あくまでカードを選択しているのは先輩だ。偽れば声や仕草に僅かな変化が表れる。私はそれを決して見逃さない。
「先輩、ダウトです」
出したカードを表にすると、4と偽り5を切っていた。
「やりました! これで雛さんが一歩リードです」
姫ちゃんの声が聞こえた。他の生徒からの歓声も聞こえる。
「カードを伏せた状態でも言い当ててくるのか……乾さん、君は本当に何者なんだい?」
「失礼ですね。普通の高校生です。ただ、私に嘘は通じないだけですよ。カードを配るイカサマさえされなければ、一度たりとも偽ったカードは通しません」
先輩の問いに適当に答える。
普通なんかじゃない。何者かなんて私が知りたい……
だけど、そんな私を友達として接してくれるみんなのために、自分の出来る事で返したい。だから私はこの勝負に負けるわけにはいかない。私は集中力を維持したままゲームを続けた。
しばらくお互いに手札を切る。私は先輩の手札を増やす事に集中し、先輩は手札を無くす事に全霊を注ぐ、そんな対決。
そんな中、ついに先輩が動いた。私の五感が、いや、もはや六感と言うべきか、先輩の動きに不自然さを感じた。ダウトを宣告しようかと考えるが、そういった偽りの挙動では無い。どこかぎこちなく、何かがおかしいと思う感覚。カードを配った時と同じ、イカサマを行った時と同じ感覚だった。
(お凛ちゃん、この人またイカサマを使った。何か見えなかった?)
私はすぐさまお凛ちゃんと通信する。
(えぇ!? 何も見えませんでしたが……そういえば今の一手だけは自分の胸の高さまで手を振り上げた、大げさな動きだったような……?)
(胸……? もしかするとカードをすり替えたのかもしれない。胸ポケットを調べて)
(わ、わかったです)
「どうしたんだい乾さん。キミの番だよ?」
「……」
私の強化された聴覚が、先輩の声から僅かに不安の色を聞き分けた。やはり間違いなくイカサマを使っている。
(ありましたよお姉ちゃん! 胸ポケットに札が何枚か入ってるです)
私はお凛ちゃんの報告に少しだけ安堵する。
「先輩、今イカサマを使いましたね? 恐らく胸ポケットに隠し持っているカードとすり替えたんじゃないですか? 胸ポケットの中身を全部出してください」
先輩は無言で言われた通りにポケットの中身を全て出した。カードが数枚出てくると、周りの生徒から驚きの声が上がる。
「凄いよ乾さん、僕の『デスティニーカード』を見破るなんて!」
「ちょっと待ってください! 何でイカサマにカッコいい必殺技みたいな名前付けてるんですか!?」
「だけどまだだよ……まだ終わりじゃない!」
「いや終わりでしょ? イカサマ見破ったんだから、もう私の勝ちでしょ?」
「僕の究極の奥義で決着を付けるとしようじゃないか」
「いやいやいや、堂々とこれからイカサマしますって宣言されても困りますから! 恥を知って下さい!」
しかし、これではっきりした。先輩は自分のイカサマに自信と誇りを持っている。これを打ち砕かないと、また他の生徒から犠牲者が出る。
「はぁ……分かりました。先輩の奥義を見破って、もう二度とイカサマを使えなくします!」
私は迷ったが、結局受ける事にした。もはやトランプ勝負というよりは、イカサマを言い当てる事が出来るかどうかの勝負だ。
こうしてゲームは続けられたが、対決の時はすぐにやってきた。
一瞬、本当に気のせいかと思うくらい僅かな違和感を、私の研ぎ澄まされた感覚が捉えた。
しかし今、本当にイカサマを使ったのかと聞かれれば、確かな自信は無い。それくらいおかしな動きは無かった。先輩はごく普通に伏せてある自分のカードを拾い、場に出した。ただそれだけ。なのに私の鋭い神経が脳に危険信号を発している。何かがおかしかったと。
(お凛ちゃん、今イカサマを使ったよ! 何か気づかなかった?)
(ええ~! 全くわからなかったです……ごめんなさい、私あんまり役に立てなくて)
お凛ちゃんが申し訳なさそうにショボくれている。
(ううん、今のはホントに見逃しそうな一手だった。またすり替えてるかもしれないから隠してるカードを探して!)
(分かったです!)
「先輩、今イカサマを使いましたね?」
私は時間稼ぎも兼ねて先輩に声をかけた。
「ほう……僕が何をしたって言うのかな?」
「……」
私は答えられずに黙り込む。頼みの綱はお凛ちゃんだ。しかし
(お姉ちゃんダメです。どこにも札なんか隠し持ってないです!)
そのお凛ちゃんの言葉に愕然とする。すると不意に先輩が笑いだした。
「乾さん、キミは本当にすごい人だよ。僕のこの一手におかしいと気付いたんだから! だけど、何をしたのか説明出来なきゃイカサマを証明した事にはならない。さぁ、僕が今、何をしたのか言ってみたまえ!」
「そ、それは……」
私は考える。今の一手にどんな可能性があったか。だが、イカサマの知識が乏しい私には霧の中を手探るようなものだった。
「何も言えないのであればゲームを続けよう。さぁ、キミの番だ。カードを出したまえ!」
「……ッ」
悔しい。何が悔しいかって、友達の力になれないのが一番悔しい。
未来ちゃんの賭け金、取り返してあげたかったな。
「さぁさぁ早くしたまえ! あまりグダグダさせるのはギャラリーにも悪いからね。さぁさぁ。ほらほら~」
イラッ!
あと、やっぱり個人的にこの先輩が非常に腹立たしい! 絶対負けたくない!
「分かりました! これはあまり使いたくありませんでしたが、私も奥義を使わせてもらいます!」
「なん……だって!?」
私はずいっ! と先輩に人差し指を突き出した。
「私の指を見て下さい。今からあなたに催眠術をかけて、記憶を同化させます。その時に意識を失うかもしれませんが特に問題はないので安心して下さい」
「さ、催眠術!? 乾さん、正気かい?」
先輩は信じられないといった様子だが、おずおずと私の人差し指を見つめた。すると先輩の体から力が抜け、ガクリとうな垂れた。そんな様子に周りの生徒は戸惑いざわつく。
「はっ! 僕は今、気を失っていたのか!? まさか本当に催眠術!?」
「先輩、あなたの記憶を覗いて使ったイカサマが分かりました。山札からカードを手の平に隠し、自分の伏せている手札とすり替える『マッキング』と呼ばれるテクニックみたいですね。カードを撫でるだけで稲妻のような速さですり替えるので、知識が無いと見た目で判断するのは難しい。まさに奥義ですね」
説明すると先輩は驚きのあまり言葉を失っていた。
これはもちろん催眠術なんかでは無い。お凛ちゃんがタイミングを見て先輩に取り憑き、記憶を盗み見て私に伝えたのだ。
(お姉ちゃん、他にもちょっと気になる記憶があったですよ?)
(何? 教えて)
(この人の父親なんですが、ギャンブルが好きだったみたいです。ある日、酷いイカサマ師にやられて自暴自棄になり、犯罪を犯してるです。それが原因でこの人は迫害されて、逃げるようにこの学校に転校してきたみたいですね)
(その当事者が何でイカサマやってるのよ……)
(どうやらそのイカサマ師に復讐するために練習していたみたいですが、イカサマの魅力にのめり込んだみたいです)
呆れた。そんな理由で私の友達をカモにしたなんて許せない。
私は冷めた視線を先輩に送った。
「さぁ、これで私の勝ちです。もう文句はありませんよね?」
「あぁ、僕の負けだ……」
先輩はようやく負けを認めた。さて、ある意味本番はここからだ。
「先輩、イカサマの他にも少しだけ過去が見えてしまいました。あなたの父親の事です」
その事に触れると先輩の顔色がみるみる変わっていった。
「あなたがもう二度とイカサマで私の友達に手を出さないように、この場にいるみんなにあなたのその秘密を暴露しようと思います」
「な、何で親父の事を!? それだけは止めてくれ、頼む……」
先輩は私に縋るが、許すつもりはさらさら無い。
「ダメです。あなたは私の大切なものを傷付けた。その報いです」
「お願いだ。もうイカサマはしない。賭け金も返す。だから、親父の事だけは……」
先輩は頭を机に擦りつけて、土下座のような恰好になった。その必死な態度に私は少しうろたえる。
「も、もう決めたんです。あなたは罰が必要なんです。だから今、ここで言います!」
「この通りだ。頼む……」
決して頭を上げずに懇願する先輩に、私の気持ちが揺らぐ。本能は言うな、言えば後悔する事になると告げている。だが、これは本能が決める事では無い。私の意思が決める事であり、私の意思はもう決まっている。
そう、こういう人は痛い目を見ないと分からない。私は決して悪くない。悪いのはこの人で、私はただ守りたいものがあるだけ。
……なのに言葉が出ない。
私は立ち上がった。そして息を大きく吸い込む。息を吐くと同時に言えばいい。そう、最初の一言が出れば後はドミノ倒しのように言葉は続くだろう。私は拳を握り、決意を固めたその瞬間。
――ポンッ
私の肩に誰かが手を置いた。
神経を研ぎ澄ませていた私は驚き、すごい勢いで振り返る。そこに立っていたのは未来ちゃんだった。
「イヌちゃん、笑って?」
「へ?」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、未来ちゃんが私のほっぺたを両手でにゅ~っと伸ばしてきた。
「ふ、ふみゅ?」
なんか間抜けな声が出てしまった。ほっぺたは別に痛くない。むしろムニムニされて気持ちがいい。
「イヌちゃん、今めっちゃ怖い顔してたよ。だからもうこの話はおしまい!」
「え!? でも……」
「私にはイヌちゃんが何を言おうとしてたのか分からない。だけど迷っているように見えたの。私のために言いたくない事を言って、後で後悔する友達の姿なんて見たくないよ」
「未来ちゃん……」
そう言われると、頭に上っていた血がスーっと引いていき私は冷静さを取り戻していく。
何だか自分が暴走していたような感覚に恥ずかしくなり、椅子にペタンと座り込んだ。
「東海林先輩、約束通り私が賭けた物、返してもらえますか?」
「ああ、助かったよ。すまなかった……」
未来ちゃんに言われて、先輩は何かを取り出して手渡した。
気になった私は覗き込むと、それは一枚のカードだった。何やらジャニーズの写真が見える。
「……ねぇ、何これ?」
「イヌちゃん知らないの? 今、女子の間で超流行ってる『デュエル・ジャニスターズ』っていうトレーディングカードゲームだよ。全てのジャニーズがカード化されていて、私のこのカードは人気グループ、小嵐 ―こがらし― のリーダー小野君。ステータス、スキル共にチート級で超激レアなの!」
「いやいや、そうじゃなくて! 先輩との勝負に何を賭けたって聞いた時、未来ちゃん何て答えた?」
「ん? 私何て言ったっけ?」
未来ちゃんは本気で覚えてない様子で首を傾げている。
「誇り、尊厳、全財産って言ってましたね」
姫ちゃんが補足してくれた。
「そうそれ! 私はそれを、『通帳、印鑑、家の権利書』、くらいの代物だと思ってここまで来たんだよ!?」
私のその言葉に、「はっはっは!」と先輩が笑いだした。
「いくら何でも、高校生がそんな物を賭けて勝負なんて出来ないよ」
「いやそうかもしれませんけど、それに近い何かだと思ったんです!!」
「ん~、私的にはそれくらい価値のある物なんだけどなぁ。家宝にしようと思ってたし」
私は頭が冷静になるどころか、血の気が引いて青ざめる。
「先輩の持ってるレアカードも欲しかったんですけどねぇ。イヌちゃんにもう一回勝負してもらおうかな?」
「はっはっは! もう勝負事は止めるとするよ。どの道、乾さんには勝てる気がしないし」
未来ちゃんと先輩が仲睦まじく話す内容を聞いて、青ざめている私は目まいすら覚える。
ココはどこ? 私はダレ?
(ここは二年生の教室で、お姉ちゃんはそれにケンカを売った一年生です)
私の心象を察したお凛ちゃんが丁寧に答えてくれた。
そう、私は生意気な口と態度で先輩にケンカを売り、それを周りで見物していた上級生に見られている。きっと明日から、生意気な後輩だとイジメられるに違いない。
さらには能力インストールやお凛ちゃんをふんだんに使い、もはやトリックですと言っても納得出来るレベルを超えている。
未来ちゃんのカード一枚のために完全にやり過ぎた私は、椅子からポテッ! と転げ落ちた。周りにいた生徒は驚き、放心状態の私はそのまま保健室へ運ばれる事になる。
――今回の教訓。頭に血が上っても、確認を怠ってはいけない。
次はもっと動物達と戯れるような話にしたいと思います。
まだオチすら考えていませんが……




